ペニスマン

終焉の愛終(しゅうえんのあいうぉあ)

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22.「弱くなったヒーロー」

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 声が聞こえる。 
 泣いているのだろうか? その声は酷く悲し気で、何度も真弓の名を呼んでいる。

「──先輩っ! 有式先輩っ! 起きて……起きてください」

 雨が降っていた。酷い大雨だ。顔に当たる強い風と雨。その雨風がなぜか悲痛を含んでいる気がした。
 
「起きて……せんぱいぃ…っ……起きてください……いやです、こんなの」

 分かっている。もうすぐ起きるから、そんなに泣かないでほしい。
 だけど、体が動かない。頭から大量の血が流れているのか、ボーっとして意識がはっきりしない。
 もしかしたら、本当にマズイ状況なのかもしれない。真弓はそう思いながら、

「……いい加減泣くな、雨宮」
「せん、ぱい……?」

 頭に柔らかい感触がしていたのは、雨宮が雨に濡れながら真弓のことを膝枕してくれているおかげだった。
 雨の中に、雨宮の大粒の涙が混ざって真弓の頬に落ちる。

「だから、泣くなって……僕は、大丈夫だよ……大丈夫じゃないけど」
「……先輩。有式先輩っよかった……! 生きててくれたっ……」

 真弓は重い頭を持ち上げて、上半身を起こす。体がだるい。正直に言うと、このまま寝ていたい。
 上半身の服がびりびりに破れていた。赤い巨人になったせいだろう。
 あれから、何が──たしか僕は負けて……。と、真弓が曖昧な記憶をたどっていくと、思い出したくない記憶が次々と流れ込んできた。
 頭が痛みで悲鳴を上げる。

「雨宮さん……どうして、ここに?」
「塾がありますから……、その帰りで駅を使って帰ろうとしたら……先輩が倒れてて……」
「そっか……、それで」

 雨宮に説明されて、真弓は今こうしている現状が納得できた。
 自分が相手に吹き飛ばされて、気絶したのも今になってようやく思い出した。
 肌が鋼鉄に覆われた大男。赤い巨人の攻撃が通用しなかった恐ろしい相手。
 
『……ん。……さん。……兄さん』

 ザザザとノイズ混じりの声が、真弓の片耳に着けてあるイヤホンから届いた。
 天気はいつの間にか、大雨から小雨に変わっていた。
 雨宮つばめが泣き止めば、じきにくもりへと移るだろう。
 雨宮つばめは感情によって天気を操る力の持ち主だ。
 
「聞こえるよ、剣太」
『兄さんっ! 大丈夫なのっ!? そっちは今!?』
「うん……なんとか、大丈夫ではないけど……今、はどうなってる? 街の状況は……僕はどれぐらい意識を失っていた?」
『大男は依然繁華街で暴れ回っている。兄さんとの接続が途切れたのは、およそ十五分程度。だからまだそんなに経ってないよ。ただ、被害は拡大中。犠牲者多数』

 剣太からの報告に、真弓の眉間は皺が寄った。
 犠牲者多数。その言葉を聞いて、後悔する。──僕が止められなかったから、誰かが傷ついている。死人すらも……もしかしたら。
 憤りが沸いてくる。どうしてあんなことをするのか、と。文句を言いたい。

「剣太……あいつは何故、あんなことをしているんだろう……?」
『そんなの知らないよ。どんな思惑があろうが、被害を増やしているのは変わりない。兄さん……止めないと……』
「止めるって……? 誰が……?」
『それは……』その先を剣太が言おうとして、気付いた。通話越しに、真弓の声が震えていることに。──兄さんは赤い巨人になって、初めて相手の攻撃を受けたんだ。怖くないはずがない……俺の馬鹿か! 現場にいる人が、一番怖いって決まってるのに......!

『ごめん……兄さん……』
「こ、怖いんだ……剣太……赤い巨人は……無敵じゃなかった。僕、てっきり無敵だと、勘違いしてたっ」
「先輩……? 何話して……?」
「雨宮……僕は、ヒーローになんてなれなかった。誰かを救えるのは……自分が無敵だと思ってたから……自分が傷つかないって確信してたから……」
「有式先輩……」

 雨でぐしゃぐしゃになったアスファルトの上で背中を丸めるようにして蹲った真弓は、 恐怖で震えていた。
 怖かった。あいつが。赤い巨人の力が通用しなかったあの化け物が。
 違う……ヒーローとして立ち上がれない……自分の臆病さが怖かった。
 結局、自分の本質はヒーローではないと分かるのが怖かった。

『ちっ……現場にテレビ局のヘリコプターが来たみたい。そんなことしたら……危ないのは目に見えてるのに。警察も集まってる。あっ、警察の車が爆発した!』
「……剣太……もういいんだ、状況なんか説明したって……僕は、もう行かない」
『兄さん……でも、兄さんしか! 兄さんしか、あれを倒せるのは!』
「無理だよ……僕は勝てなかった。僕の力じゃ……赤い巨人は負けたんだ」
『それでもっ、兄さんしかいないんだ! 兄さんはヒーローだろう!?』
「……知らないくせに……殴られるのがあんなに痛いなんて知らなかったっ! 剣太は家の中にいるから分からないよ、あいつの怖さは……」
『兄さん──』

 怖い。痛い。痛いのはもう嫌だ。血だって出てる。もう一回あんなの喰らったら、死ぬ。死んじゃうかもしれない。
 だったら、辞めよう。痛いのはやめよう。ただの学生で、ただのか弱い少年には難しいことなのだ。ああいった事件は警察に任せるのが一番だ。大人に任せよう。自分は子供なのだから。
 ──弱さを言い訳にするのか? 
 そんなの知らないよ。僕は、もう無敵じゃない。
 ──無敵じゃなくたって、力はあるじゃないか。
 力があるからって、何なんだよ! 力を持ってるからって、そんなの苦しんでいい理由にはならない!
 そんなこといったら、力を持ってる雨宮さんだって、助けに行くべきだ。そうだ……雨宮さんの力をコントロールすればもしかすれば──そう、雨宮つばめの顔を真弓が見つめる。
 その顔は、そんな最低な真弓のことを信じているものだった。

「有式先輩は、私のヒーローです」
「え……?」
「有式先輩は私のことを救ってくれました」
「それは……たまたま力があって……」
「それでも、私は先輩に救われました。先輩が私の話を聞いてくれて、私をどん底から手を引いてくれて引っ張ってくれて……助けてくれて……だから、私にとって、雨宮つばめにとって、有式真弓くんはヒーローなんです──」
「──僕が、ヒーロー……?」

 有式真弓は、雨宮つばめのヒーロー。
 その事実が、もしも揺るがない確かなものであるとするならば。
 その幻想を、事実のままにしておくために。
 無敵のヒーローはいない。赤い巨人は無敵じゃない。それはもう知ってる。
 それでも、ヒーローはいるんだとしたら。
 無敵なんかじゃなくても、ヒーローがいるとするなら。

「雨宮……、謝るよ、先に言っておく」
「先輩……? 何を──え?」

 真弓は雨宮にキスをしていた。
 キスをしながら、両手で雨宮の胸を鷲づかみにして揉んでいた。
 性欲が、高まるのを感じる。急激に、力が戻ってくるのを感じる。
 エロスエネルギー。赤い巨人の力の源。
 赤い巨人は興奮すればするほど、エロスエネルギーが高まるほど強くなる。以前、剣太が予想していた赤い巨人の仕組み。
 もし、そうだとすれば──無敵なんかじゃなくても、あいつを倒すことはできる。

 まだ足りない……だったら!
 真弓は絡ませていた舌を糸を引きながら戻して、雨宮の制服である上半身を強引に脱がせた。
 ぶるん、と零れ落ちた雨宮のBカップほどの胸を、その双丘のてっぺんにある乳首を真弓は勢いよく口の中に入れる。そして、吸った。

「せ、先輩っ!? な、なななにをして!???」
「あ、めみや」
 
 母の母乳をむさぼり喰らう赤子のように、強引にがむしゃらに吸っていく。
 来た、来た来た来た来た来た──! あれが来る。

「あ、あンっ、せん、ぱい……!」
「ウァ……ああああああああ!!!!」

 白い蒸気が急激に真弓の体から噴出し、その体が膨れ上がっていく。
 より筋肉質に、巨大に、密度が高く。
 より、赤く。より、巨大に。前よりももっと。デカく。
 そこに、赤い巨人が仁王立ちしていた。

 雨宮は初めて対峙する、赤い巨人の前で、なんだか安心感を覚えていた。怖いはずなのに、恐ろしいはずなのに、なぜだか、彼は自分を傷つけないと分かっているから。

「先輩……なんですね……?」
「…………」
「行って来てください、先輩……先輩は私のヒーローですから!」
「ぐゥ……ガァーーーーーー!!!」

 雨宮のその言葉を聞くと、赤い巨人は跳躍した。
 ──無敵のヒーローはもういない。ただ、ヒーローは存在する。と、そう信じて。

=====

 鋼鉄を纏った男は、パトカーを盾にして拳銃から放たれる銃弾を何の防御もせずにただ歩きながら防ぐ。その鋼鉄のボディに銃弾如きは通用しない。無駄である。
 笑った。その男の口があざ笑うかのように歪んだ。
 鋼鉄の男はパトカーがある位置まで歩いて進むと、そのパトカーの底面を片手で持ち上げて上空にあるヘリコプターに狙いを定める。

『こちら中継中です! は、犯人は依然警察に対して抵抗中! 見えていますでしょうか!? 銃弾が男に当たっても、効いていません! こんなことがあっていいんでしょうか!? 犯人がこちらのことを見つめているようです! 何か──』

 持ち上げられたパトカーが、その放送ヘリコプターに向かって勢いよく投げられた。
 トンを超える鉄の塊が、銃弾の速さでヘリコプターを貫くはずだった。しかし、その鉄塊は、赤い巨大な腕に明後日の方向へ弾かれる。
 赤い巨人はパトカーをはじき、地面に衝撃波を生みながら落着した。

『こ、これは……なんということでしょう! あの、正体不明の謎の赤い男は……一体何者なんでしょうか!? 見た目は恐ろしいですが!?』

 赤い巨人はそのアナウンサーの言葉を無視して、鋼鉄の男をわずか数メートルという距離で対峙する。
 鋼鉄の男は、鋼鉄で顔が覆われているため、表情が分かりづらいが、驚いているような顔をしていた。まさか、戻ってくるとは思ってもみなかったのだろう。
 まず、赤い巨人が走り出す。その超速度のまま、鋼鉄男に体当たりを敢行する。だが、百メートルのところで鋼鉄男は足を踏ん張って、立ち止まった。──これも、予想の範疇。
 立ち止まった隙を見て、赤い巨人が拳を振り上げた。だが、赤い巨人の攻撃は相手に通用しない。
 鋼鉄の男はそれを知っているため、その行動を馬鹿にしたように笑う。
 ──打撃なら、通じない。だけど。それだったら?
 赤い巨人の拳は開いていた。そう、これは殴りではなく、掴み!
 
 真弓が選んだのはボクシングではなく、柔道。いや、レスリングの方が近いだろう。
 全身を鋼鉄の男の四肢に絡ませるように、赤い巨人が張り付いた。
 こんなことをしても無駄だと、鋼鉄男がその巻き付いた体を吹き飛ばそうとしたその時、異常がやってくる。
 熱い。途轍もなく、熱い。鋼鉄男は、異常な熱さを体に感じた。
 ──まさか、こいつ!? 鋼鉄を、熱で!??

 赤い巨人は熱を発する。白い蒸気が赤い巨人から漏れ出ているのも、超高熱の体温のせいだ。
 そして、意図して、その熱を高くする。更に、更に、もっと高く──。
 こんなことができたのか、と真弓は自分でも驚きながら、超高温となっていく赤い巨人の体が赤く光っていく。

「や、やめろ…は、離せ!? それ以上したら鋼鉄が熱で溶けてしまうっ!!!」
「がァあああああああああああああ!!」

 その張り付いた赤い巨人の頭部を何度も何度も高威力のパンチで連打される。そのたびに、赤い巨人が傷ついていく。血が舞う。鮮血が飛び出る。
 だが、それでも──もう離さない。お前を溶かすまで! 
 そうして、決着がついた。赤い巨人が倒れる前に、鋼鉄が溶けだしたのだ。
 鋼鉄の鎧が脱げ、中から飛び出してきたのはもやしのような細い男だった。
 鋼鉄の鎧が無くなれば、その者は簡単に赤い巨人の力によって気絶した。

 最後に立っているのは……赤き巨人。
 上空から見下ろすようにして、ヘリコプターの中からカメラを向けられる。
 世間は、たった今、赤い巨人を認知したのだ。
 光を当てられて、赤い巨人の体が揺らいだ。たたらを踏むようにして、その体が傾く。
 どん、という重い音を立てて、赤い巨人が地面に倒れこんだ。その赤い巨人を囲むようにして、警察官が拳銃を向けながら包囲する。じりじりと、その包囲が狭まりつつあった。
 その包囲の中から一歩前に出たのは、肩幅が広い男。警察の上官だろう。名を赤塚千治と言った。
 赤塚千治は片手を上げながら、その手を振り下ろすか迷っていた。
 ──こいつは、敵なのか? だが、化け物なのは変わりない! 撃つべきだ! もしまた起き上がって、暴れられたら収集がつかん!

 その時、竜巻が起こった。赤い巨人を中心として。

「な、なんだぁ!? この竜巻はぁ!? 全員、ただちに撤退! 市民の非難を優先!」

 数十秒後、その竜巻が止むと、その中心にいたはずの赤い巨人の姿が消えていた。
 警察は、それを冗談だろう? という顔で見合わせた後、元鋼鉄の男を身柄を抑えるため、行動に映った。
 
 
 

 
 


  
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