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10.恐怖の課外授業2
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博物館に閉じ込められた真弓、古屋敷は鍵を得るため、館内のどこかにある管理人室を探し始めた。
探すと言っても、部屋の位置が分からないので、その方法はやみくもに館内を動き回って探し当てるというのが二人のやり方であった。
博物館内は、絵画ゾーン、模型ゾーン、歴史展示ゾーンの主に三つのエリアがある。
二人の入口から始まった管理人室探しは、まず絵画ゾーンに足を踏み入れることとなった。
「ふ、古屋敷……気のせいかと思って黙っていたんだけど、さっきこの辺りの、そう……そこの女性肖像画の目が、動いたような気がしたんだ」
「ほう、この女の人の目が、動いたとな」
「女の人って……人じゃないんだから、絵だよ……絵だっていってくれ」
「ビビりだなーまゆみんは、絵の中の女性が、動くわけないじゃん~」
「そうなんだけどね……本当に動いた気がしたから」
艶がある長い髪。身にまとっている服は布の襤褸切れ。
半分裸のエロティシズムを描いているこの作品は、古代ギリシャ時代の絵だろうか。
真弓は女性の半裸という、本来直視して興奮するかもしれないものを見て、興奮の一切を抱かず、美しいだとか不気味悪いだとか、そんな別の感想を抱いていた。
ずっと絵を見ていると、描かれている女性の瞳に吸い込まれそうだ。
絵なのに、本当に人がいる。そう思ってしまうほど、目の前の絵画はリアルで神秘的だ。
「確かにまゆみんの言う通り、目を離した隙に動き出しそうな、絵なのに本当に生きてるんじゃないかって、そう思わせる絵だね~。女のあたしが、この女性に見惚れちゃう」
「古屋敷の家って、確かお金持ちでこういう絵を小さい時から見てるんでしょ? 価値が高いとか、偽物の絵とか分かるもんなの?」
「うーん、分かるよ。この絵は本物で、絵の質から見て、ギリシャ時代のもの。かなり価値が高い作品」
「すっご、やっぱり分かるんだ。ごめん古屋敷、馬鹿にしてて悪かったよ。もっと絵を『可愛い』だったり、『きれいー』だったり、そんな小学生程度のことを考えてるんだと思ってた」
「まゆみん……あたしのこと何だと思ってたの、あたし、これでも歴史ある名家のお嬢様なんだからね~」
「考えを改めるよ、ちょっと」
「ちょっと~?」
「うん」
古屋敷のぞみは、古屋敷財閥という大金持ちの家の生まれで、彼女はお嬢様だ。
古屋敷財閥と言ったら、大宮区どころかさいたま市全体を支配している商業会社で、日本の中でも古屋敷の父親が政治に大きく関わっていたりする。
とにかく彼女の家は、真弓の一般家庭とは格が違う天上のもので、真弓と古屋敷がこうして友人として話し合っているのが奇跡だと言えるだろう。
普段の古屋敷に高等教育を受けたお嬢様としての仕草はあまり見かけられないのは、彼女があえてふざけることで真弓たちが話しやすいように気を使っているのかもしれない。いつもの古屋敷が本来の姿な可能性も勿論あるが。
「ね、今、絵が──まゆみん、何あたしの背中に隠れてるの?」
「え、絵が動くわけないだろ! 何も僕は見てないから! 目を合わせて、呪いとか受けないから!」
古屋敷が絵に関して口にしようとした瞬間、真弓の体は驚くべきスピードを出して、古屋敷の背中に隠れていた。
「まゆみん……男として失格だよ、女子の背中に隠れるなんて。ふふ、でも、そんな可愛いまゆみんだからこそ、あたしは好きなんだけど~」
「ふ、古屋敷、絵が、絵がどうしたんだよ!」
「えっとね、目を離した隙に、絵の女性の目が、さっきは正面を向いていたのに、今はあたし達のほう向いてるの」
「それヤバいやつ! 冷静に解説できないやつ! もう僕逃げるから!」
「ちょっと、まゆみん~にげるって、この先は模型ゾーンだよ。日本人形や武士の鎧がある」
「そこでもいいから、早く逃げよう! ここにいるのは嫌だー!」
「へっ?」
いつの間にか手を握られていた古屋敷は、真弓に引っ張られる形で模型ゾーンへ向かう。
──まゆみんと初めて手を繋いだかもしれない。まゆみんの手って、もっと小さくて柔らかいかと思ってたけれど、案外大きくて、硬いんだな。
今更になって、真弓と二人きりな状態を意識した古屋敷の耳が少し朱に染まる。
真弓は知らない。
真弓が月岡はづきに向ける恋愛感情のように、古屋敷も真弓に個人的な恋愛感情を抱いていることに。
──あたしの初の、異性との手つなぎ。まゆみんに奪われちゃったな。
真弓はそんなことをつゆも知らず、ひたすら逃げることに夢中であった。
男子として全く持って、頼りにならない男である。
===
真弓たちが移動した先は、模型ゾーンであった。
この模型ゾーンには、黒髪の長い日本人形や武士の鎧兜、海外の騎士が着ける甲冑など、闇鍋と表現できる多種多様な文化を取り入れたコーナーだ。
展示棚に並ぶ日本人形を見て、真弓はこのエリアに来たことを早速後悔する。まだ絵画ゾーンのほうが幾分マシだったか、と顔を青ざめながら、ゆっくり歩く。
「ねえ、古屋敷、なんかここ……気味悪いよ」
「ホラー映画的な展開をなぞるなら、ここでは、人形や武士の鎧が動き出して襲い掛かってくるんだよねえ~。まゆみん、もしも、あの人形が動き出したら──」
「そ、そんなことがあるわけ……」
「さっきは絵が動いたんだよ。模型が動いても、おかしくない」
「……は、早く、管理人室を見つけないと」
足を速めようとした真弓だったが、斜め後ろから何か物が動く音がして、びくっと足を止める。
ガクブル体が震え出して、真弓は古屋敷の体に抱きつく。
「なに! 今の音! やだ、ふるやしきちょっと後ろ見て!」
「もう~まゆみんたら、物音がしたくらいでそんな──嘘、人形が動いている」
「やーやー! 人形が動いてるーーー!?」
古屋敷に続き、真弓も後ろを振り返ると、人形が宙に浮いているのを確認して涙目で悲鳴を上げる。
「人形が、独りでに動くなんて……まるでホラー映画みたい」
「関心してないで、逃げるよ! 古屋敷!」
「まゆみん、それはちょっと、難しくなったね」
「難しくなった? どういう──嘘だと言ってくれ」
前にあった武士の鎧模型が歩み出し、傍に置いてあった日本刀を持ち、真弓たちの前を塞いだのだ。
後ろには恐ろしい日本人形。
前には、鬼の形相をしている武士。
退路を断たれた二人は、足を止めざるを得ない。
人形と武士は両者の距離を詰めるように、徐々に二人へ迫ってくる。
「まゆみんならどっちがいい? 覚悟決めて、時間がないよ」
「……どっちって言われても……どっちも本当は嫌だ」
「早く、まゆみん! 急がないと、そのどっちもに捕まるよ!」
「武士は日本刀を持って危ない……だったら、人形のほうがましだ!」
「後ろに逃げるよ! まゆみん、タイミング合わせてカウント数えるね! 三、二、一──」
「今!」
二人揃って、後ろへ飛び出す。
二人とも浮遊している日本人形をすり抜けて、逃げるのに成功する。
「の、鈍間が! 人を舐めるなよ、人形!」
「まゆみん、ここからどうする! 絵画ゾーンに……っ!?」
「絵画が……浮かんで」
逃げようとした先には、絵画の群れが浮かんで、二人を待ち受けていた。その中に先ほどの女性の絵もあり、表情が真顔から笑顔に変化している。
またもや二人の足が止まり、退路を失う。
今度こそ絶体絶命のピンチか。
「いや、まだ右の通路がある! 古屋敷、行くぞ!」
「う、うんっ! まゆみん」
真弓が先頭で古屋敷を強引に引っ張って、右の通路を突っ走る。
コ文字の形をした通路を息を継ぐ暇もなく、駆けていく。
二人の荒い呼吸が狭い通路に響き、気が付けば、二人の視界は大きく開けていた。
大部屋に辿りついていたのだ。
「ここは、歴史展示ゾーンか?」
「そうみたいだね……、まゆみんアレ」
「あっ、赤塚! 月岡さんも! みんなが倒れている!」
大宮の歴史が資料や実際の文化で使われた道具など、ガラスショーケースに飾られた歴史展示ゾーンの中央には、赤塚や月岡はづき、その他のクラスメイトたちが意識を失って横たわっていた。
真弓は急いで駆けつけて、月岡はづきの脈拍を確認する。
「よかった……ただ意識を失ってるだけみたいだ」
「他のみんなもそうだよ。まゆみん、これで行方不明になったみんなの安全が取れた。でも、どうしてこの部屋にみんなは集められて……」
「──ぼくが集めたんだよ、みんなをここに」
「君は……」
言葉と共に部屋の奥から姿を現したのは、黒髪の少年だった。
真弓は、現れた少年に誰何する。
しかし、少年の言葉通り、彼がみんなをここに集めたというならば、その理由を聞き出さなければならない。
「ぼくはこの博物館を運営しているお父さんの子供」
「じゃあ、受付の女性の……」
「お母さんだよ、ぼくの」
「君がみんなの意識を奪って、ここに集めた理由はなんだ?」
「ぼくがお前に言う必要ない……来て、ぼくの友達」
少年が手をかざしながら、そう言う。
ガタガタとどこかから音が鳴りだし、この歴史展示ゾーンの三方向の通路から室内なのに冷たい風が流れ吹く。
それらは、やってきた。
浮遊する絵画の女性、日本人形。
日本刀を抜刀した武士、西洋剣を握りしめた騎士甲冑。
この館内のあらゆる展示物が動き出し、真弓と古屋敷を囲み込む。
「そうか……、あれは幽霊でも、怪奇現象でもなかったんだ!」
「どういうこと、まゆみん」
「”手から火を出す男!”がいただろ? あれの同類だってこと!」
「じゃあ、この人形や絵画を浮かばしているのは、あの男の子がしてるってこと?」
「そう、あの少年が全部操ってるんだ」
真弓は目の前の少年をにらみつける。
その間にも、二人を囲む包囲線は縮まっていく。
「どうして、こんなことを!」
「どうしてって、いいよ。どうせお前らも、他のみんなと同じに、意識を失うんだ。ぼくはね、この博物館を怪奇現象で有名にして、退館を防ぐんだ! ぼくのおじいちゃんが建てた博物館を、かんたんに終わらせるもんか!」
「それが、君の理由か」
「そうだ。悪いか、十歳程度のガキが、大人の決め事に抵抗して! でも、ぼくは力を持ったんだ! このものを操る力でね!」
「なるほど。君はおじいちゃんが好きだったんだね。おじいちゃんが好きなのと同じくらい、この博物館も」
「お前になにがわかる! ぼくの何がっ……」
「でも、力を乱用していいことにはならない。その力は決して人をきずつけるものじゃないんだよ」
「えらそうにするな! 他人のくせに!」
刻一刻と包囲は縮まり、すでに二人の肩ギリギリにまで距離は近くなっていた。
真弓の額に冷や汗が垂れ、古屋敷のほうを見る。
古屋敷は、真弓のことを守るように、盾になろうとしてくれていた。
「まゆみんはあたしが傷つけさせない! まゆみんは、あたしの──あたしの、大事な友達だから!」
「っ……」
古屋敷のその言葉に、少年が動揺する。
友達。その言葉を聞いて。
「友達……お前らも、ぼくがこの展示物たちを友達だと思うように……。わかったよ、もうやめ──あれ、力が止まらない!」
古屋敷に感銘を受け、物を操るのをやめようとした少年は、力が自分の意思を無視して暴走する。
「力を制御しろ! 少年!」
「無理! 言うことを聞かない! ほんとは傷つけるつもりはなくて、脅かすつもりだったのに!」
「力の暴走……か」
暴走した展示物の一つ、日本刀を持った武士が一番最初に二人に襲う。
古屋敷は真弓の前に出て、その攻撃を身代わりになって受けようとする。
だが、前に出る古屋敷の肩を真弓が手で押さえた。
「ごめん、古屋敷。他に方法がなかったんだ。先に謝っとく」
「ま、ゆみん──?」
「古屋敷、こっちを向いて!」
「は、はい!」
真弓がそう叫び、二人が体が向き合う。
真弓は腕を伸ばし、がっしりと古屋敷の胸を鷲掴みにする。
「ア、ぁっ! まゆみん……何を」
古屋敷の唇から艶やかな嬌声が漏れ、真弓が自身の胸を掴んでいることに、頭が真っ白になり、実際に起きている現実が霞む。
そして、古屋敷は顔面が真っ赤に染まり、動揺して目を閉じた。
「ガぁ……古屋敷ィ」
真弓の開いた唇の隙間から白い息が漏れ、古屋敷のおっぱいを掴んでいる指先の色が赤く変色していく。
指先、手首、腕、腹、胸、顔、足。爆発する速さで、赤く変化していき、筋肉が巨大化する。
飛び跳ねる心臓をポンプに、血流が全身を駆け巡る。
白い蒸気が部屋を満たし、赤い肉体が薄暗い部屋に煌めく。
日本刀を袈裟切りに放ってくる武士を腕で投げ飛ばし、包囲していた物たちが、あっという間に爆散。
白い蒸気が晴れた時、古屋敷を赤い巨人がお姫様だっこする形で立っていた。
「ガァーーーーーーッ!!」
「まゆみん……? 赤い、巨人──」
古屋敷は目を開けて、自分がお姫様だっこされていることを理解し、それをしているものが赤い巨人だと知る。
赤い巨人の手が触れる古屋敷の着ている服の箇所が、熱でじゅうと焦げ、煙を出す。
包囲していた物が全部無くなり、赤い巨人は古屋敷を優しく地面に下した。
「まゆみんは? まゆみんはどこにいったの? 貴方は知ってる? 赤い巨人さん」
「──ガァ……ハぁ……」
古屋敷の望む答えは得られずに、赤い巨人は黙って口から白い息を吐いた後、地面を跳躍し、天井を突き破って飛び去ってしまう。
「何だったの……? そうだ、まゆみん……まゆみんっ、まゆみん!」
古屋敷の真弓を探す声が、館内に響き渡り、しかしいつまでたっても真弓は姿を現さない。
「まゆみん……いかないで……まゆみん、どこにもいかないで……」
古屋敷の瞳からは涙が流れ、床に崩れ落ちる。
その時、音がした。
床をかん高く叩く、靴の音が。
ゆっくりとその通路に顔を向けた古屋敷は、走って向かってくる真弓の姿を発見して、涙がもう一度流れる。
「まゆみん! どこへいって、たの! 勝手に、いなくならないで、心配したでしょ!?」
「ごめん、古屋敷……本当にごめん」
真弓は謝罪をしながら、古屋敷の肩を優しく抱く。
──謝ることはたくさんあるけど、今は抱きしめていよう。
時間が経ち、倒れていたみんなが意識を覚まし、結果的に誰も怪我をしないで済んだ。
今回、物を操った少年のことを、真弓と古屋敷は誰にも言わないことにした。
後々やってきた警察に、知らんぷりを通したのである。
奇跡的に、真弓が赤い巨人だってことは古屋敷に知られていないようだったし。
まあ、いろんなことがあったけど、結果オーライってやつだ。
探すと言っても、部屋の位置が分からないので、その方法はやみくもに館内を動き回って探し当てるというのが二人のやり方であった。
博物館内は、絵画ゾーン、模型ゾーン、歴史展示ゾーンの主に三つのエリアがある。
二人の入口から始まった管理人室探しは、まず絵画ゾーンに足を踏み入れることとなった。
「ふ、古屋敷……気のせいかと思って黙っていたんだけど、さっきこの辺りの、そう……そこの女性肖像画の目が、動いたような気がしたんだ」
「ほう、この女の人の目が、動いたとな」
「女の人って……人じゃないんだから、絵だよ……絵だっていってくれ」
「ビビりだなーまゆみんは、絵の中の女性が、動くわけないじゃん~」
「そうなんだけどね……本当に動いた気がしたから」
艶がある長い髪。身にまとっている服は布の襤褸切れ。
半分裸のエロティシズムを描いているこの作品は、古代ギリシャ時代の絵だろうか。
真弓は女性の半裸という、本来直視して興奮するかもしれないものを見て、興奮の一切を抱かず、美しいだとか不気味悪いだとか、そんな別の感想を抱いていた。
ずっと絵を見ていると、描かれている女性の瞳に吸い込まれそうだ。
絵なのに、本当に人がいる。そう思ってしまうほど、目の前の絵画はリアルで神秘的だ。
「確かにまゆみんの言う通り、目を離した隙に動き出しそうな、絵なのに本当に生きてるんじゃないかって、そう思わせる絵だね~。女のあたしが、この女性に見惚れちゃう」
「古屋敷の家って、確かお金持ちでこういう絵を小さい時から見てるんでしょ? 価値が高いとか、偽物の絵とか分かるもんなの?」
「うーん、分かるよ。この絵は本物で、絵の質から見て、ギリシャ時代のもの。かなり価値が高い作品」
「すっご、やっぱり分かるんだ。ごめん古屋敷、馬鹿にしてて悪かったよ。もっと絵を『可愛い』だったり、『きれいー』だったり、そんな小学生程度のことを考えてるんだと思ってた」
「まゆみん……あたしのこと何だと思ってたの、あたし、これでも歴史ある名家のお嬢様なんだからね~」
「考えを改めるよ、ちょっと」
「ちょっと~?」
「うん」
古屋敷のぞみは、古屋敷財閥という大金持ちの家の生まれで、彼女はお嬢様だ。
古屋敷財閥と言ったら、大宮区どころかさいたま市全体を支配している商業会社で、日本の中でも古屋敷の父親が政治に大きく関わっていたりする。
とにかく彼女の家は、真弓の一般家庭とは格が違う天上のもので、真弓と古屋敷がこうして友人として話し合っているのが奇跡だと言えるだろう。
普段の古屋敷に高等教育を受けたお嬢様としての仕草はあまり見かけられないのは、彼女があえてふざけることで真弓たちが話しやすいように気を使っているのかもしれない。いつもの古屋敷が本来の姿な可能性も勿論あるが。
「ね、今、絵が──まゆみん、何あたしの背中に隠れてるの?」
「え、絵が動くわけないだろ! 何も僕は見てないから! 目を合わせて、呪いとか受けないから!」
古屋敷が絵に関して口にしようとした瞬間、真弓の体は驚くべきスピードを出して、古屋敷の背中に隠れていた。
「まゆみん……男として失格だよ、女子の背中に隠れるなんて。ふふ、でも、そんな可愛いまゆみんだからこそ、あたしは好きなんだけど~」
「ふ、古屋敷、絵が、絵がどうしたんだよ!」
「えっとね、目を離した隙に、絵の女性の目が、さっきは正面を向いていたのに、今はあたし達のほう向いてるの」
「それヤバいやつ! 冷静に解説できないやつ! もう僕逃げるから!」
「ちょっと、まゆみん~にげるって、この先は模型ゾーンだよ。日本人形や武士の鎧がある」
「そこでもいいから、早く逃げよう! ここにいるのは嫌だー!」
「へっ?」
いつの間にか手を握られていた古屋敷は、真弓に引っ張られる形で模型ゾーンへ向かう。
──まゆみんと初めて手を繋いだかもしれない。まゆみんの手って、もっと小さくて柔らかいかと思ってたけれど、案外大きくて、硬いんだな。
今更になって、真弓と二人きりな状態を意識した古屋敷の耳が少し朱に染まる。
真弓は知らない。
真弓が月岡はづきに向ける恋愛感情のように、古屋敷も真弓に個人的な恋愛感情を抱いていることに。
──あたしの初の、異性との手つなぎ。まゆみんに奪われちゃったな。
真弓はそんなことをつゆも知らず、ひたすら逃げることに夢中であった。
男子として全く持って、頼りにならない男である。
===
真弓たちが移動した先は、模型ゾーンであった。
この模型ゾーンには、黒髪の長い日本人形や武士の鎧兜、海外の騎士が着ける甲冑など、闇鍋と表現できる多種多様な文化を取り入れたコーナーだ。
展示棚に並ぶ日本人形を見て、真弓はこのエリアに来たことを早速後悔する。まだ絵画ゾーンのほうが幾分マシだったか、と顔を青ざめながら、ゆっくり歩く。
「ねえ、古屋敷、なんかここ……気味悪いよ」
「ホラー映画的な展開をなぞるなら、ここでは、人形や武士の鎧が動き出して襲い掛かってくるんだよねえ~。まゆみん、もしも、あの人形が動き出したら──」
「そ、そんなことがあるわけ……」
「さっきは絵が動いたんだよ。模型が動いても、おかしくない」
「……は、早く、管理人室を見つけないと」
足を速めようとした真弓だったが、斜め後ろから何か物が動く音がして、びくっと足を止める。
ガクブル体が震え出して、真弓は古屋敷の体に抱きつく。
「なに! 今の音! やだ、ふるやしきちょっと後ろ見て!」
「もう~まゆみんたら、物音がしたくらいでそんな──嘘、人形が動いている」
「やーやー! 人形が動いてるーーー!?」
古屋敷に続き、真弓も後ろを振り返ると、人形が宙に浮いているのを確認して涙目で悲鳴を上げる。
「人形が、独りでに動くなんて……まるでホラー映画みたい」
「関心してないで、逃げるよ! 古屋敷!」
「まゆみん、それはちょっと、難しくなったね」
「難しくなった? どういう──嘘だと言ってくれ」
前にあった武士の鎧模型が歩み出し、傍に置いてあった日本刀を持ち、真弓たちの前を塞いだのだ。
後ろには恐ろしい日本人形。
前には、鬼の形相をしている武士。
退路を断たれた二人は、足を止めざるを得ない。
人形と武士は両者の距離を詰めるように、徐々に二人へ迫ってくる。
「まゆみんならどっちがいい? 覚悟決めて、時間がないよ」
「……どっちって言われても……どっちも本当は嫌だ」
「早く、まゆみん! 急がないと、そのどっちもに捕まるよ!」
「武士は日本刀を持って危ない……だったら、人形のほうがましだ!」
「後ろに逃げるよ! まゆみん、タイミング合わせてカウント数えるね! 三、二、一──」
「今!」
二人揃って、後ろへ飛び出す。
二人とも浮遊している日本人形をすり抜けて、逃げるのに成功する。
「の、鈍間が! 人を舐めるなよ、人形!」
「まゆみん、ここからどうする! 絵画ゾーンに……っ!?」
「絵画が……浮かんで」
逃げようとした先には、絵画の群れが浮かんで、二人を待ち受けていた。その中に先ほどの女性の絵もあり、表情が真顔から笑顔に変化している。
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「──ぼくが集めたんだよ、みんなをここに」
「君は……」
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真弓は、現れた少年に誰何する。
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「ぼくはこの博物館を運営しているお父さんの子供」
「じゃあ、受付の女性の……」
「お母さんだよ、ぼくの」
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「どういうこと、まゆみん」
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「じゃあ、この人形や絵画を浮かばしているのは、あの男の子がしてるってこと?」
「そう、あの少年が全部操ってるんだ」
真弓は目の前の少年をにらみつける。
その間にも、二人を囲む包囲線は縮まっていく。
「どうして、こんなことを!」
「どうしてって、いいよ。どうせお前らも、他のみんなと同じに、意識を失うんだ。ぼくはね、この博物館を怪奇現象で有名にして、退館を防ぐんだ! ぼくのおじいちゃんが建てた博物館を、かんたんに終わらせるもんか!」
「それが、君の理由か」
「そうだ。悪いか、十歳程度のガキが、大人の決め事に抵抗して! でも、ぼくは力を持ったんだ! このものを操る力でね!」
「なるほど。君はおじいちゃんが好きだったんだね。おじいちゃんが好きなのと同じくらい、この博物館も」
「お前になにがわかる! ぼくの何がっ……」
「でも、力を乱用していいことにはならない。その力は決して人をきずつけるものじゃないんだよ」
「えらそうにするな! 他人のくせに!」
刻一刻と包囲は縮まり、すでに二人の肩ギリギリにまで距離は近くなっていた。
真弓の額に冷や汗が垂れ、古屋敷のほうを見る。
古屋敷は、真弓のことを守るように、盾になろうとしてくれていた。
「まゆみんはあたしが傷つけさせない! まゆみんは、あたしの──あたしの、大事な友達だから!」
「っ……」
古屋敷のその言葉に、少年が動揺する。
友達。その言葉を聞いて。
「友達……お前らも、ぼくがこの展示物たちを友達だと思うように……。わかったよ、もうやめ──あれ、力が止まらない!」
古屋敷に感銘を受け、物を操るのをやめようとした少年は、力が自分の意思を無視して暴走する。
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「無理! 言うことを聞かない! ほんとは傷つけるつもりはなくて、脅かすつもりだったのに!」
「力の暴走……か」
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「ま、ゆみん──?」
「古屋敷、こっちを向いて!」
「は、はい!」
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真弓は腕を伸ばし、がっしりと古屋敷の胸を鷲掴みにする。
「ア、ぁっ! まゆみん……何を」
古屋敷の唇から艶やかな嬌声が漏れ、真弓が自身の胸を掴んでいることに、頭が真っ白になり、実際に起きている現実が霞む。
そして、古屋敷は顔面が真っ赤に染まり、動揺して目を閉じた。
「ガぁ……古屋敷ィ」
真弓の開いた唇の隙間から白い息が漏れ、古屋敷のおっぱいを掴んでいる指先の色が赤く変色していく。
指先、手首、腕、腹、胸、顔、足。爆発する速さで、赤く変化していき、筋肉が巨大化する。
飛び跳ねる心臓をポンプに、血流が全身を駆け巡る。
白い蒸気が部屋を満たし、赤い肉体が薄暗い部屋に煌めく。
日本刀を袈裟切りに放ってくる武士を腕で投げ飛ばし、包囲していた物たちが、あっという間に爆散。
白い蒸気が晴れた時、古屋敷を赤い巨人がお姫様だっこする形で立っていた。
「ガァーーーーーーッ!!」
「まゆみん……? 赤い、巨人──」
古屋敷は目を開けて、自分がお姫様だっこされていることを理解し、それをしているものが赤い巨人だと知る。
赤い巨人の手が触れる古屋敷の着ている服の箇所が、熱でじゅうと焦げ、煙を出す。
包囲していた物が全部無くなり、赤い巨人は古屋敷を優しく地面に下した。
「まゆみんは? まゆみんはどこにいったの? 貴方は知ってる? 赤い巨人さん」
「──ガァ……ハぁ……」
古屋敷の望む答えは得られずに、赤い巨人は黙って口から白い息を吐いた後、地面を跳躍し、天井を突き破って飛び去ってしまう。
「何だったの……? そうだ、まゆみん……まゆみんっ、まゆみん!」
古屋敷の真弓を探す声が、館内に響き渡り、しかしいつまでたっても真弓は姿を現さない。
「まゆみん……いかないで……まゆみん、どこにもいかないで……」
古屋敷の瞳からは涙が流れ、床に崩れ落ちる。
その時、音がした。
床をかん高く叩く、靴の音が。
ゆっくりとその通路に顔を向けた古屋敷は、走って向かってくる真弓の姿を発見して、涙がもう一度流れる。
「まゆみん! どこへいって、たの! 勝手に、いなくならないで、心配したでしょ!?」
「ごめん、古屋敷……本当にごめん」
真弓は謝罪をしながら、古屋敷の肩を優しく抱く。
──謝ることはたくさんあるけど、今は抱きしめていよう。
時間が経ち、倒れていたみんなが意識を覚まし、結果的に誰も怪我をしないで済んだ。
今回、物を操った少年のことを、真弓と古屋敷は誰にも言わないことにした。
後々やってきた警察に、知らんぷりを通したのである。
奇跡的に、真弓が赤い巨人だってことは古屋敷に知られていないようだったし。
まあ、いろんなことがあったけど、結果オーライってやつだ。
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