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5.赤い巨人の噂
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「あの、先日はありがとう」
「え」
登校中の真弓に衝撃の展開が訪れていた。その衝撃の展開は、真弓が月丘はづきに話しかけられたのだ。それも彼女のほうから感謝という形で。
これは一体どういうことだろう、真弓の頭の中が混乱でパニックになる。
「先日って何のことですか」
「有式君が、助けに来てくれたでしょ。スタバであの時」
「た、助けてないよ、僕はなにも……。あの時僕が行っても、結局足手まといだったし」
「それでも来てくれたでしょ。私が助けを求めて、来てくれたのは警官でも他の人でもなく、有式君だった。だから、ありがとう、助けに来てくれて」
「────」
「どうしたの?」
こんな時、好きな相手に、君が困っていたらいつでも助けるよとか当然だとか言えたら、男として恰好がつくのだろうけれど。
真弓はただ黙り、俯いて赤く照れるのみであった。
──これだから、僕って格好悪いな。
「少しでも、助けに行った意味があるなら、僕はそれだけで十分です」
「有式君……」
ただせめて、堂々と顔をあげて言おう。
台詞がかっこよくなくても、恰好つかなくても、前を向いて、しっかり相手の目を見よう。
実のところ、真弓と月丘はづきは幼少期からの幼馴染だ。隣同士の家に住んでいるため当然と言えば当然だろう。
幼稚園、小中同じで、確かに幼少の頃、真弓の記憶では、小さかった月丘はづきとの思い出が残っている。
彼女は覚えているのか、真弓は聞いたことがない。
彼女とはそれっきりだ。
成長が進むたびに自らの容姿に困り、話しかけるのが恥ずかしくなってしまった。
そう、真弓はいつからか、隣の家に住む月丘はづきのことが好きになって、片思いをしている現在に至る。
今回、少しでも彼女に真弓が近づけたのならば、幸運だ。
「ねえ、有式君、あの時、私意識を失っていたから分からないんだけど、誰が犯人を倒したの? 有式君は知ってる?」
「あ──」
──まずい、それを聞かれるのは。考えてないんだ。どうしよう、僕が倒しただなんて言えるはずがないし。
よって、
「僕も気絶してました」
こう、とっさに口答えしていた。
あの時、店内には火事の煙と、真弓自身が生み出した白い煙でよくみえなかったので、例の状態の真弓を見たものはいないはず。
しかし、実際は変身する真弓を見たものがいるとしたら。そして、そのことを警察か何かに伝われば、真弓の日常は終焉を迎えることになる。
いかに救出活動を一回したとはいえ、化け物は化け物だ。非難される可能性のほうが高い。
ヒーローは日本では邪険に扱われる。
そう思って、真弓は己の秘密を隠すことにした。
「そうなんだ。あのね、私たちの他にも、あの場には人がいたじゃない? その中の一人が、見たっていうの」
「見たって、何を」
「赤い巨人よ」
「……っ」
──見られていた。一体どこから、見られていたんだろう。もし、変身する瞬間を見られていたら、まずい! 月丘さんはどこまで知ってるんだ!?
だが、真弓の心配は杞憂であった。
「赤い巨人が、犯人を殴り飛ばす瞬間を見たらしいわ。その後は意識を失ったみたい。有式君は赤い巨人のこと信じる?」
「信じます」
「どうして?」
「勘、かな。ただの勘」
「勘って、面白いのね有式君は」
「そう? ははははー」
──あ、危なかった。よかった、見られていたのがそこだけで。信じるのも何も、僕はその赤い巨人を知ってるんだから当然だよね。でも、赤い巨人か、なんかシンプルだな。
赤い巨人。その正体を皆が知ったらどんな反応をするだろうか。
性欲が暴走した赤き変態。こんな感じの呼び名のほうがふさわしい気がする。
「ヒーローって存在するのね。赤い巨人のおかげで私は今こうして生きてられるわ」
「でもヒーローなんて、そんな大したものじゃないと思いますよ。たまたま居合わしたから、犯人を倒したんじゃないですか?」
「む、有式君は赤い巨人のことよく思ってないのね。私はそうは思わない。彼は私たちを救ってくれたのよ? 有坂君も赤い巨人に対して敬意を払うべきだわ」
「……そうですね、赤い巨人には感謝してます」
少なくとも、赤い巨人の力が無かったら、真弓は月丘はづきを救うことができなかったのだ。感謝はすべきだろう、力自体には。
「いつか会ってみたいな、赤い巨人」
「彼はもう……、ううん、いつか会えますよ」
「ありがとう。そうだよね、いつか会える」
赤い巨人は封印する。
先日真弓が決めたことだ。
もう超常現象を起こす超人は現れないだろうし、赤い巨人になるのはリスクが高すぎるのだ。
だから、月丘はづきはもう二度と赤い巨人には会えない。
それを知ってなお、真弓が彼女が会えると言ったのは、言うだけならタダであるし、そういったほうが彼女もうれしいと思った。
そんな建前を並べておきながら、実際のところ、真弓は彼女に一回くらい赤い巨人を見せてもいいんじゃないかと考えていた。
だが、決めたものは守らなければならない。
弟の剣太には、勿体ないと散々訴えられたが、真弓の考えは変わらなかった。
──ごめん、月丘さん……赤い巨人はヒーローじゃないんだ。本当は貴方に興奮して、赤い巨人はただの変態なんだよ。
===
「まゆみん、赤い巨人の噂知ってる?」
「古屋敷もか……」
「そりゃそうだよー、この前の事件で現れた"手から火を出す男"だってオカルト界じゃ有名人になってて、その後に現れた"赤い巨人"はもっと騒がられてるんだから」
「赤い巨人赤い巨人ってみんな騒いでるけど、実際本当に実在した証拠なんてないんだよ、古屋敷は信じてるの?」
「う~ん、まだわかんないー」
朝の登校で月丘はづきには、「信じます」なんて言ってしまった真弓だったが、赤い巨人のことを否定しなければいけない。これ以上、噂が出回りその正体を探られるようなことがあれば、真弓自身にも危険が及ぶ。
この2ーDクラスにその噂が広まっているどころか、大宮高校全体に噂は広まっている。
たった一回目撃されたからって、噂の流れる早さが異常だ。そこまで噂するほどのことだろうか、と真弓は思っている。まあそれだけ、現代人が超常現象に憧れを抱いている証拠ともいえた。
──もう、赤い巨人は現れないっていうのに、みんな何を期待してるんだ。噂されるこっちとしたら、期待されるのは迷惑な話だな。
「証拠はないが、あの事件時、人質にされていた者らは意識不明、警察官が現場に来るのが遅れていた。あんな事件は滅多に起こらないから、その対応にごたついていたのもある。人質は倒れ、警察官も間に合わない。しかし、警察官が後からやってきた際には、犯人は意識を失って気絶していた。じゃあ、一体誰が犯人の意識を奪ったのか?有式は説明がつくのか」
「赤塚、それは犯人にも火の煙が影響して一酸化炭素中毒になった、で簡単な説明がつくよ」
「その説明をするには無理がある。何故なら、犯人は何者かに突き飛ばされた形跡が残っているんだ。店内から殴るか、突き飛ばされたかは分からないが、ガラスを破って駅内の壁にぶつかって意識を失っていたからな。それでも、犯人が一酸化炭素中毒で倒れたといえるのか?」
──ぐぬぬ、赤塚のやつ、事件のことしっかり調べてやがる。
口数の少ない、いつも怠そうでめんどくさがり屋の赤塚がこんなにも饒舌に話す。それは赤塚が、極度のアメコミ漫画信者だからである。否、超常現象マニアといってもいい。
"手から火を出す男"が出現して以来、赤塚はずっとその正体を探っている。しかも、"赤い巨人"についても、赤塚は探りを入れ始めている。
近くにいる"赤い巨人"の正体である真弓にしたら、とてもたまったものではない。
「犯人が自殺を図ろうとしたけど、失敗に終わったのは?」
「その線はなくもないが、やはり赤い巨人の目撃者が現に一人いる時点で可能性は少ないな。目撃者は犯人が赤い巨人に殴られたと述べているそうだ」
「……赤塚は、信じてるんだな、赤い巨人がいるって」
「赤い巨人はヒーローだ。アメコミにハマってるおれからしたら、どうしてもヒーローを信じたくなる」
「そういうものなんだ」
「あぁ、そういうものだ」
真弓の視線が、斜め前に向く。
そこには、女子を囲んで話している月丘はづきの姿があった。
「はづき、この前は怖くなかったの」
「もちろん怖かったけど、有式君が来てくれたから、なんとか大丈夫だったよ」
そう言って、月丘はづきは真弓のほうを見て、微笑む。
ちょうど真弓も、彼女のことを見ていたので目が合い、真弓は顔が赤くなる。
「えー、有式ってあの有式? 来てくれたってどういうこと?」
「私がグループラインに助けてってメッセージを送ったのは知ってると思うけど、有式君が同じ駅内に偶然いて、助けに来てくれたの」
「でも、どうせ大して役に立ってなかったんでしょー? 助けたっていうより、人質が一人増えただけじゃねー?」
「そうかもしれないけど、有式君は自分も危険に晒されるのを知りながら、来てくれた。それは賞賛に値すると思うな」
「はづき、有式ほめすぎ~。てか、蓮杖は助けにこなかったの?」
「蓮杖君は、バスケの練習試合をしていて、私が事件に巻き込まれていることを知らなかったから来れるわけないわ」
「そうだぜ、オレはバスケの試合がなければ、はづきの危機を知ったら間違いなく飛んで行った。有式がしたことは、当然オレもしたさ」
蓮杖祐樹。
イケメンスポーツマンこと蓮杖祐樹は、一年生の時に部活のバスケでインターハイベスト4に弱小の大宮高校バスケ部を勝ち上がらせた男だ。
運動能力抜群で、ルックスがとてもよく、女子にモテモテ。まさに男子高校生の理想の存在。
月丘はづきとも仲が良く、噂では蓮杖祐樹と月丘はづきは付き合っていると言われている。
そんな真弓とは天と地ほどの差が開いた相手に、なぜか睨まれている真弓の心境は良いものではなかった。
嫉妬心? もしも月丘はづきと彼が付き合っているならそれも分かる。
それよりも、何か対抗心に似たものを真弓は、睨む蓮杖から感じた。
──僕に対抗心、なんてあの蓮杖が抱くわけないよな。僕とは違って、かっこよくて、運動が出来て、女子にモテる彼とは僕は違いすぎる。
蓮杖祐樹に対して、真弓の劣等感は高い。
童貞で彼女が一回もできたことがない真弓と、絶対に非童貞で彼女経験豊富な蓮杖とは、何もかも違いすぎる。
それに加え、蓮杖と月丘はづきが実は付き合っているという情報が、まゆみにまで届いた時、やっぱりなという諦観しか浮かばなかった。
彼に真弓が対抗できるとするならば、それはただ一つ、月丘はづきと幼馴染ということ。あとおまけに家が隣同士。
だから許してほしい。妄想で、彼女と付き合っているのをイメージするぐらいは。自慰する時に彼女をおかずにつかっていることがバレたら、蓮杖に殺されるだろう。
蓮杖祐樹が月丘はづきと付き合っているのか、それを真弓は知らないが、おそらく蓮杖祐樹は月丘はづきのことに好意を持っている。
一年生の時からずっと月丘はづきをこっそり眺めている真弓だからこそわかることだ。いやしかし、蓮杖が彼女のことを好きなのは、公然の事実になっているかもしれないが。
「まゆみん、また月丘はづきのこと見てるねー」
「み、みてないよ!」
「ふ~ん、じゃそういうことにしとくか~」
「……僕だって」──分かってるよ、そんなこと。彼女に好意を抱いていても彼女と付き合えることはないし、彼女が僕を意識してくれることもない。でも、でもでも、それでも彼女を眺めることぐらいはいいじゃないか。彼女と近づいて話すことができなければ、付き合えることも絶対にない。それならば、見るだけのことはどうか許してほしい。
「けど、まゆみん。あたしを見る分にはいいからね! ほらほら、あたしの胸元たまにまゆみん見てるのあたし知ってるんだよ~」
「み、見てないから!」
「ホントのホント? YOUは神に誓っても、嘘をついていないと言えますかー?」
「……たまに、見てる」
「えっ、本当に見てたの、まゆみん……? あたし冗談で言ったのに」
「あ」
「……まゆみんのえっち」
──わざと見せてるくせに! 人をそんな変態みたいな目でみるな! いや本当に見ないでください! 精神的に死ぬんで! あと、暴走するから物理的に!
「え」
登校中の真弓に衝撃の展開が訪れていた。その衝撃の展開は、真弓が月丘はづきに話しかけられたのだ。それも彼女のほうから感謝という形で。
これは一体どういうことだろう、真弓の頭の中が混乱でパニックになる。
「先日って何のことですか」
「有式君が、助けに来てくれたでしょ。スタバであの時」
「た、助けてないよ、僕はなにも……。あの時僕が行っても、結局足手まといだったし」
「それでも来てくれたでしょ。私が助けを求めて、来てくれたのは警官でも他の人でもなく、有式君だった。だから、ありがとう、助けに来てくれて」
「────」
「どうしたの?」
こんな時、好きな相手に、君が困っていたらいつでも助けるよとか当然だとか言えたら、男として恰好がつくのだろうけれど。
真弓はただ黙り、俯いて赤く照れるのみであった。
──これだから、僕って格好悪いな。
「少しでも、助けに行った意味があるなら、僕はそれだけで十分です」
「有式君……」
ただせめて、堂々と顔をあげて言おう。
台詞がかっこよくなくても、恰好つかなくても、前を向いて、しっかり相手の目を見よう。
実のところ、真弓と月丘はづきは幼少期からの幼馴染だ。隣同士の家に住んでいるため当然と言えば当然だろう。
幼稚園、小中同じで、確かに幼少の頃、真弓の記憶では、小さかった月丘はづきとの思い出が残っている。
彼女は覚えているのか、真弓は聞いたことがない。
彼女とはそれっきりだ。
成長が進むたびに自らの容姿に困り、話しかけるのが恥ずかしくなってしまった。
そう、真弓はいつからか、隣の家に住む月丘はづきのことが好きになって、片思いをしている現在に至る。
今回、少しでも彼女に真弓が近づけたのならば、幸運だ。
「ねえ、有式君、あの時、私意識を失っていたから分からないんだけど、誰が犯人を倒したの? 有式君は知ってる?」
「あ──」
──まずい、それを聞かれるのは。考えてないんだ。どうしよう、僕が倒しただなんて言えるはずがないし。
よって、
「僕も気絶してました」
こう、とっさに口答えしていた。
あの時、店内には火事の煙と、真弓自身が生み出した白い煙でよくみえなかったので、例の状態の真弓を見たものはいないはず。
しかし、実際は変身する真弓を見たものがいるとしたら。そして、そのことを警察か何かに伝われば、真弓の日常は終焉を迎えることになる。
いかに救出活動を一回したとはいえ、化け物は化け物だ。非難される可能性のほうが高い。
ヒーローは日本では邪険に扱われる。
そう思って、真弓は己の秘密を隠すことにした。
「そうなんだ。あのね、私たちの他にも、あの場には人がいたじゃない? その中の一人が、見たっていうの」
「見たって、何を」
「赤い巨人よ」
「……っ」
──見られていた。一体どこから、見られていたんだろう。もし、変身する瞬間を見られていたら、まずい! 月丘さんはどこまで知ってるんだ!?
だが、真弓の心配は杞憂であった。
「赤い巨人が、犯人を殴り飛ばす瞬間を見たらしいわ。その後は意識を失ったみたい。有式君は赤い巨人のこと信じる?」
「信じます」
「どうして?」
「勘、かな。ただの勘」
「勘って、面白いのね有式君は」
「そう? ははははー」
──あ、危なかった。よかった、見られていたのがそこだけで。信じるのも何も、僕はその赤い巨人を知ってるんだから当然だよね。でも、赤い巨人か、なんかシンプルだな。
赤い巨人。その正体を皆が知ったらどんな反応をするだろうか。
性欲が暴走した赤き変態。こんな感じの呼び名のほうがふさわしい気がする。
「ヒーローって存在するのね。赤い巨人のおかげで私は今こうして生きてられるわ」
「でもヒーローなんて、そんな大したものじゃないと思いますよ。たまたま居合わしたから、犯人を倒したんじゃないですか?」
「む、有式君は赤い巨人のことよく思ってないのね。私はそうは思わない。彼は私たちを救ってくれたのよ? 有坂君も赤い巨人に対して敬意を払うべきだわ」
「……そうですね、赤い巨人には感謝してます」
少なくとも、赤い巨人の力が無かったら、真弓は月丘はづきを救うことができなかったのだ。感謝はすべきだろう、力自体には。
「いつか会ってみたいな、赤い巨人」
「彼はもう……、ううん、いつか会えますよ」
「ありがとう。そうだよね、いつか会える」
赤い巨人は封印する。
先日真弓が決めたことだ。
もう超常現象を起こす超人は現れないだろうし、赤い巨人になるのはリスクが高すぎるのだ。
だから、月丘はづきはもう二度と赤い巨人には会えない。
それを知ってなお、真弓が彼女が会えると言ったのは、言うだけならタダであるし、そういったほうが彼女もうれしいと思った。
そんな建前を並べておきながら、実際のところ、真弓は彼女に一回くらい赤い巨人を見せてもいいんじゃないかと考えていた。
だが、決めたものは守らなければならない。
弟の剣太には、勿体ないと散々訴えられたが、真弓の考えは変わらなかった。
──ごめん、月丘さん……赤い巨人はヒーローじゃないんだ。本当は貴方に興奮して、赤い巨人はただの変態なんだよ。
===
「まゆみん、赤い巨人の噂知ってる?」
「古屋敷もか……」
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「赤い巨人赤い巨人ってみんな騒いでるけど、実際本当に実在した証拠なんてないんだよ、古屋敷は信じてるの?」
「う~ん、まだわかんないー」
朝の登校で月丘はづきには、「信じます」なんて言ってしまった真弓だったが、赤い巨人のことを否定しなければいけない。これ以上、噂が出回りその正体を探られるようなことがあれば、真弓自身にも危険が及ぶ。
この2ーDクラスにその噂が広まっているどころか、大宮高校全体に噂は広まっている。
たった一回目撃されたからって、噂の流れる早さが異常だ。そこまで噂するほどのことだろうか、と真弓は思っている。まあそれだけ、現代人が超常現象に憧れを抱いている証拠ともいえた。
──もう、赤い巨人は現れないっていうのに、みんな何を期待してるんだ。噂されるこっちとしたら、期待されるのは迷惑な話だな。
「証拠はないが、あの事件時、人質にされていた者らは意識不明、警察官が現場に来るのが遅れていた。あんな事件は滅多に起こらないから、その対応にごたついていたのもある。人質は倒れ、警察官も間に合わない。しかし、警察官が後からやってきた際には、犯人は意識を失って気絶していた。じゃあ、一体誰が犯人の意識を奪ったのか?有式は説明がつくのか」
「赤塚、それは犯人にも火の煙が影響して一酸化炭素中毒になった、で簡単な説明がつくよ」
「その説明をするには無理がある。何故なら、犯人は何者かに突き飛ばされた形跡が残っているんだ。店内から殴るか、突き飛ばされたかは分からないが、ガラスを破って駅内の壁にぶつかって意識を失っていたからな。それでも、犯人が一酸化炭素中毒で倒れたといえるのか?」
──ぐぬぬ、赤塚のやつ、事件のことしっかり調べてやがる。
口数の少ない、いつも怠そうでめんどくさがり屋の赤塚がこんなにも饒舌に話す。それは赤塚が、極度のアメコミ漫画信者だからである。否、超常現象マニアといってもいい。
"手から火を出す男"が出現して以来、赤塚はずっとその正体を探っている。しかも、"赤い巨人"についても、赤塚は探りを入れ始めている。
近くにいる"赤い巨人"の正体である真弓にしたら、とてもたまったものではない。
「犯人が自殺を図ろうとしたけど、失敗に終わったのは?」
「その線はなくもないが、やはり赤い巨人の目撃者が現に一人いる時点で可能性は少ないな。目撃者は犯人が赤い巨人に殴られたと述べているそうだ」
「……赤塚は、信じてるんだな、赤い巨人がいるって」
「赤い巨人はヒーローだ。アメコミにハマってるおれからしたら、どうしてもヒーローを信じたくなる」
「そういうものなんだ」
「あぁ、そういうものだ」
真弓の視線が、斜め前に向く。
そこには、女子を囲んで話している月丘はづきの姿があった。
「はづき、この前は怖くなかったの」
「もちろん怖かったけど、有式君が来てくれたから、なんとか大丈夫だったよ」
そう言って、月丘はづきは真弓のほうを見て、微笑む。
ちょうど真弓も、彼女のことを見ていたので目が合い、真弓は顔が赤くなる。
「えー、有式ってあの有式? 来てくれたってどういうこと?」
「私がグループラインに助けてってメッセージを送ったのは知ってると思うけど、有式君が同じ駅内に偶然いて、助けに来てくれたの」
「でも、どうせ大して役に立ってなかったんでしょー? 助けたっていうより、人質が一人増えただけじゃねー?」
「そうかもしれないけど、有式君は自分も危険に晒されるのを知りながら、来てくれた。それは賞賛に値すると思うな」
「はづき、有式ほめすぎ~。てか、蓮杖は助けにこなかったの?」
「蓮杖君は、バスケの練習試合をしていて、私が事件に巻き込まれていることを知らなかったから来れるわけないわ」
「そうだぜ、オレはバスケの試合がなければ、はづきの危機を知ったら間違いなく飛んで行った。有式がしたことは、当然オレもしたさ」
蓮杖祐樹。
イケメンスポーツマンこと蓮杖祐樹は、一年生の時に部活のバスケでインターハイベスト4に弱小の大宮高校バスケ部を勝ち上がらせた男だ。
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そんな真弓とは天と地ほどの差が開いた相手に、なぜか睨まれている真弓の心境は良いものではなかった。
嫉妬心? もしも月丘はづきと彼が付き合っているならそれも分かる。
それよりも、何か対抗心に似たものを真弓は、睨む蓮杖から感じた。
──僕に対抗心、なんてあの蓮杖が抱くわけないよな。僕とは違って、かっこよくて、運動が出来て、女子にモテる彼とは僕は違いすぎる。
蓮杖祐樹に対して、真弓の劣等感は高い。
童貞で彼女が一回もできたことがない真弓と、絶対に非童貞で彼女経験豊富な蓮杖とは、何もかも違いすぎる。
それに加え、蓮杖と月丘はづきが実は付き合っているという情報が、まゆみにまで届いた時、やっぱりなという諦観しか浮かばなかった。
彼に真弓が対抗できるとするならば、それはただ一つ、月丘はづきと幼馴染ということ。あとおまけに家が隣同士。
だから許してほしい。妄想で、彼女と付き合っているのをイメージするぐらいは。自慰する時に彼女をおかずにつかっていることがバレたら、蓮杖に殺されるだろう。
蓮杖祐樹が月丘はづきと付き合っているのか、それを真弓は知らないが、おそらく蓮杖祐樹は月丘はづきのことに好意を持っている。
一年生の時からずっと月丘はづきをこっそり眺めている真弓だからこそわかることだ。いやしかし、蓮杖が彼女のことを好きなのは、公然の事実になっているかもしれないが。
「まゆみん、また月丘はづきのこと見てるねー」
「み、みてないよ!」
「ふ~ん、じゃそういうことにしとくか~」
「……僕だって」──分かってるよ、そんなこと。彼女に好意を抱いていても彼女と付き合えることはないし、彼女が僕を意識してくれることもない。でも、でもでも、それでも彼女を眺めることぐらいはいいじゃないか。彼女と近づいて話すことができなければ、付き合えることも絶対にない。それならば、見るだけのことはどうか許してほしい。
「けど、まゆみん。あたしを見る分にはいいからね! ほらほら、あたしの胸元たまにまゆみん見てるのあたし知ってるんだよ~」
「み、見てないから!」
「ホントのホント? YOUは神に誓っても、嘘をついていないと言えますかー?」
「……たまに、見てる」
「えっ、本当に見てたの、まゆみん……? あたし冗談で言ったのに」
「あ」
「……まゆみんのえっち」
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