ペニスマン

終焉の愛終(しゅうえんのあいうぉあ)

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2.手から火を出す男

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 真弓が登校で家の扉を開ける頃には、隣の家の扉も同時に空いて出てくる。勿論、月丘はづきだ。
 月丘はづきは真弓と一緒の大宮高校に通っていて、学年とクラスも一緒。席だって、斜め前の席。
 家から学校までの距離が同じなため、徒歩で同じ時刻に玄関の扉を開けるのがこの二人の共通点だ。
 偶然、なわけじゃない。真弓が少しでも登校の時間だけでもいいから、彼女と疑似的な二人だけの時間を作れるよう、真弓のほうが時間を合わせているのである。これを知ったら、月丘はづきはストーカー扱いするかもしれない。
 それでも、真弓にとっては大切な時間なのだ。
 ただ一定の距離を取って、彼女の背中を眺めて歩いていく。
 言葉を交わすわけでもない、目を合わせることもない。
 真弓にはこれが限度で、彼女と横並びに歩くことはできなくて。
 今日は四月一日、新学期である。
 またこうして彼女と新しい学年を迎えることができて、真弓は嬉しみの極みだ。
 十何分ほどの道のりはあっという間に過ぎ去って、校舎の横面にある正門を超え、校舎に入って下駄箱から上履きを着け教室に向かっていく。
 教室は三階にある廊下の最奥。
 その少し古びた教室の扉を月丘はづきが先に開けて入り、真弓も後に続く。
 新学期なのに、迷いもせず真弓と月丘はづきが教室に向かったのは、この二人が三年間教室替えなしという学科に所属しているためで、真弓はこれに関し、奇跡以外のなにものでもないと感想を述べている。
 真弓の席は窓際一列目の一番後ろ。
 その席に真弓が向かっていくと、座る前にだんという音とともに真弓の体に軽い衝撃がかかる。誰かに抱き着かれた。その誰かは、もはや真弓は知っているのだが。
 
「まゆみんーっ、会いたかったよ~!」
「古屋敷……だから勢いよく抱き着くのやめてよ」
「そんなの、あたしができるわけないっちゅうのー! このつるつるもっちもちのほっぺにすりすりするのがあたしの恒例行事なんだから~」
「勝手に恒例行事にしないで」

 古屋敷のぞみ。
 制服をわざと着崩した奴で、大きな胸を晒している。教師陣には何度も注意されているのだが、本人はやめる気がない。
 制服を着崩していなければ、王道派の清純な女子高生になっているような見た目をしているのに、今ではパパ活をしていそうな奴である。
 古屋敷の貞操は絶対に破れていると真弓は確信している。このクラスの男子数人もすでに被害に遭っていること間違いなしだ。
 確かに彼女に近くで抱き着かれると、すんと良い香水の香りが漂ってきてむらっと真弓の性欲が鎌首をもたげた。ただ我慢我慢。
 
「まゆみんさあ、昨日の地震大丈夫だった?」
「うちは大丈夫だったよ、ベッドが壊れちゃったけど」
「ベッドが―あたしたちがエッチなことするためのベッドがー」
「しないしない」
「えーあたしはしてもいいけどなー、まゆみんは、したくない? あたしと」
「へ?」

 至近距離の真正面から見つめられて、真弓は顔が一瞬赤くなって、情けない声を返してしまう。
 エッチなこと? あたしと。
 そのいかにもな台詞を聞いて、真弓はどくっと心臓が脈打つ。
 まずい、と頭の何かが枷を外しそうになるのが頭の隅で理解できた。
 このままじゃ、あれがやってくると。
 あれ、とは意識しないまま、ただあれが来るのが分かる。
 男としての本能、生理反応、勃起が。
 心臓がバクバクと鼓動を加速していく。
 
「ま、まゆみん? どしたの、ぼーっとしちゃって。まさか本当にあたしと……」
「────」

 枷が、ダムが崩壊する。
 それを自覚した時、真弓は古屋敷の肩を振り払って、廊下に逃げていた。走り、廊下を駆けて、トイレに逃げ込む。
 一番奥の個室トイレの扉にカギをかけて、ばたんと扉を閉める。
 そして、扉に両手をついて、呼吸が荒く、異変がおかしくなって。
 ──勃起、してしまったのだ。
 
「があっ──!」

 内なる身を焼き尽くす熱が、真弓の全身に走り、上昇し続ける性欲が、ぐんぐんと駆け巡る。
 熱気。白い蒸気。それが、トイレの個室を覆う。
 その蒸気が、完全にトイレを覆った時、彼は正体を現す。
 トイレの天井に頭がぶつかり、少し横に捻る。
 捻った視界を見て、彼は疑問符を浮かべ、顔を振っても戻らない高さにあきれ返り、やがては認める。認めざるを得ない。

「あれは、夢じゃなかったのか──!」

 そう、この体の異変は幻想でも夢でもなんでもないと。
 赤く巨大化した体。
 熱を持った筋肉の塊。
 膨れ上がった一物が、制服のズボンを破れんばかりに存在を示してくる。
 己の化け物はこう真弓に訴えかけてくるのだ、何度も。
 ──満ちた聖杯を、減らせよ。
 化物の吠えるままに、真弓はトイレの蓋を開き、その穴に向けて、一物を手で扱きだす。
 
「ぐあっ、はあっ!」

 思い浮かべるのは、古屋敷の甘い匂いと、その体を支配し、己の種を雌の身に注ぎ込みたいという欲求の怪獣。
 数十秒後、真弓は絶頂に達すると、トイレの穴に白い液体の滝を注ぎ込む。あともう少しで溢れる、というところで一回トイレの水を流し、溢れるのを阻止する。
 射精し、荒れた呼吸が徐々に戻っていき、個室を覆っていた白い蒸気が霧散していく。霧散し、姿を現したのは、元の姿の真弓であった。
 賢者モードになった真弓は、頭を抱える。

「やっぱり、僕、おかしくなった、かもしれない」

===

 必死に手を洗い、トイレの汚れた空気を換気し終え、何事もないように教室に戻った真弓は自分の席について、思考の渦に巻き込まれた。
 
 真弓は、もしかしたら、あの火を手から出す男のように、何か、超常的なものを手にしてしまったのやもしれない。
 だが、真弓の場合、手から火を出すとか、そういった超常的な分かりやすいものではなく、性欲、一時的な体の巨大化と性欲の暴走だ。
 一回目の時は、起きたばかりで寝ぼけていて夢を見ていたのでは、と予測したが、二回目のあれは確かにまぎれもない現実(リアル)だった。
 何がきっかけで、何が原因でそうなったかはまだ分からない。
 ただ言えるのは、真弓は本質的に何かに変化してしまったということ。
 あれがこれからも続くのか、それともあと数回という有限的な回数があるのか、どちらにしろ、この教室であんな状態になったらヤバいことになるのは目に見えている。
 何とかしなければ。真弓の思考の渦は、そう結論に達した。
 
 昼休みに真弓のクラスで話題になったのは、大宮の駅付近で起こったとある事件のことだった。
 
「ねえ、赤塚、大宮のあの事件どう思う?」
「あー? 知らねえよ、興味もねえ」

 今真弓に面倒げに返したのは、赤塚亮二。真弓の一年生からの友達だ。
 真弓の学校での友達は主にこの面倒くさがり屋の赤塚亮二と変態の古屋敷のぞみの二人だけである。変態なのは、真弓もある意味同じなのだが。
 昼休みになると、この三人が教室の隅で机を並べて、食堂で買ってきたパンで食べるのが習慣になっていた。
 真弓が一番後ろの席なので、必然的に前の席の古屋敷は対面に、隣の列にいる赤塚が横に来る形となる。
 
「あたしは興味あるな~、例の手から火を出す男でしょ!?」
「お、情報通の古屋敷は流石に知ってるか。そう、手から火を出す男。ツイッター見た?」
「みたみたー、動画止めたら、確かにその男が映ってるのが見えたんだよねー」
「……手から火を出す男?」
「え、何事も興味がないで有名な赤塚が、何興味あるの!? 手から火を出す男!」
「あー、おれ、アメコミ漫画好きだからさー」
「「は、初耳!?」」

 真弓と古屋敷の驚く声が重なり、赤塚が真顔で「そんな驚くことか?」と疑問に思う。
 何事も興味を示してこなかった赤塚が個人の趣味を晒すのは、それほど二人にとって驚愕に値することで、そんな赤塚が二人の会話に入り込んでくるのも珍しいことだった。
 
「それで、手から火を出す男って? なんか映画とかアニメの話?」
「赤塚、ツイッターやってないの?」
「やってない」
「テレビのニュースみた?」
「いや」
「あ、じゃあ知らないのも無理ないか。じゃあ、これ見てよ」

 真弓が赤塚に例の動画を見せると、一瞬赤塚の目が輝いたかに見えた。
 
「他の動画ないのか?」
「あ、うん。今のところはこれだけ。他にあるのは、テレビのニュースでやっている通り、大宮の駅付近で公式的には、自動車のエンジン漏れによる火災事故ってなってるけど、ツイッターで被害者たちが口そろえていうのは、手から火を出す男が現にいたっていうんだよ」
「へー、眉唾物の話だな」
「そう、それだよ。この話が本当かどうかってとこ。僕は、あり得ると思ってる。古屋敷はどう思う?」
「うーん、現実的に考えれば、デマ。でも、火のないところに煙は立たぬっていうしねー。可能性はあるんじゃないかな~」
「赤塚は?」
「……調べに行こう」
「「え?」」
「放課後、現場に行ってみよう。それなら何か分かるかもしれない」
「「えーマジで??」」

 赤塚自ら興味を示したことや放課後の予定を提案したことは、一年間友達をやってきた二人にとって非常に珍しいことだったので、二人にそれを拒否する選択肢はなかった。
 そして、三人が放課後、駅付近の事故があった現場に顔を出す。
 大宮駅が正面前にあり、十字の道路がそこから伸びていて、駅付近には大型のデパートやビルが軒並み建っている。
 三人がやってきた駅前の十字路に複数の警察が集まっていて、駅に続く道路には、立ち入り禁止のテープが敷いてある。
 三人は、その立ち入り禁止内には、入らずとも、話題目当てで身に来ている他の者とともに遠くから眺めていた。
 
「うわ、なにこれ。黒い……コンクリートの壁や床が、焦げてるの?」
「いやーまゆみん、こわーい」
「ホントは怖がってないくせに、隙あらば僕に抱き着くのやめて」
「ここが、事故現場か、手から火を出す男がいた」
「うん、立ち入り禁止のとこは詳しく分からないけど、遠くからでも事故のスケールの大きさがわかるね」

 赤塚が興味ありげに頷きながら辺りを見回す。
 近くにいた警察に事情を聴くため、真弓たち三人は警察の男に話しかける。

「何だね、君たちは」
「あの、昨日の事故について、僕たち高校の新聞部をやってるんですけど、新聞記事にするために詳しい事故の話が聞きたくて!」

 真弓が警察に説明した話が、大嘘だったので古屋敷と赤塚が真弓の顔を見て、真弓は二人に「話を合わせて」と目で返す。
 
「高校の新聞部? 記事? あー悪いけど、そういうのは……」
「どうしても、新聞記事にしたいんです! 僕たち、何か新聞にしないと、廃部だって先生たちに言われてるんです! お願いします、話を聞くだけでいいので!」
「「お願いします」」

 真弓の強引な嘘話に、残りの二人が乗り、三人そろって警察に頭を下げる。
 学生が真剣に頭を下げるのを見て、警察は観念したように、頭を挙げなさいといった。

「分かったよ、それで何が知りたいんだ?」
「昨日の事件のこと、できるなら最初から全部」
「そうだなー……俺達警察も、まだ事故現場を捜査して一日だから、実際よくわかってないことばかりなんだ」
「警察も、ですか?」
「あぁ、そうだ。現場の焦げた跡や、実際に遭った被害者に聞いた事故当時の情報から、何らかの原因で火災が発生したことがわかる」
「車のガソリン漏れで燃えたんじゃないんですか?」
「それが、確かに燃えた車が現場にはあるんだが……」
「じゃあやっぱり、車の」
「ただ、車が燃えたのは、外発的なんだ」
「外発的? それってつまり、車が原因で燃えたんじゃなくて、外からのアクションで燃えたってこと?」

 警官は頷く。
 外発的な要因で、車が燃えたのならば、真弓たちが追っている噂の真実性も増してくることになる。
 
「外から、どうなって燃えたかは調べがついてるんですか?」
「いやあ……、調べがついたかはわからんのだけどな、軽傷で済んだ被害者から聞いたところ、”手から火をだす男”が襲ってきたっていうんだよ、馬鹿げてるだろ?」
「……そうですね」
「はは、お前たちもまさか信じてるんじゃないだろうな、そんなオカルトなデマ情報」
「まさか」
「おれは信んj」「僕たちそんなオカルト信じるのではなく、事件の真実を追うっていうモットーなんです、ねえ古屋敷!」
「そ、そうだね、まゆみん!」

 そのオカルトを信じていると発言しようとした赤塚の台詞を途中で、真弓が大きな声でごまかす。危ないところで空気を読んでくれた古屋敷。

「そうだよなあ、信じるわけねえよな。じゃ、俺捜査に戻るから、新聞づくり頑張れよー」
「はい、ありがとうございました」

 真弓たちが警官との会話を終え、事故現場を遠くで眺め、改めて話し合う。

「結局、警察との会話で得られた情報は、もともと持っていた情報とあんまり変わらなかったね。警察も分かっていないだんて、ますます噂の信ぴょう性が高まってきた」
「有式、おれは警察には任せられないと思う」
「赤塚……でも、もし、本当に手から火を出す男が実在してたら。そんなの警察に任すしかないよ」
「分かってないな、有式。アメコミ漫画を読みつくしたおれならわかる。現れる怪人に対抗できるのは、ヒーローに決まってるだろ」
「赤塚、ヒーローなんか、この大宮ではどこにもいないぞ。スーパーマンやアイアンマン、スパイダーマンは漫画や映画の中だけの存在、フィクションなんだから」
「怪人が現れるなら、ヒーローが現れるっていう相場が決まってるの、有式知らないのか?」
「ヒーローねえ……本当にいるなら、僕が助けてほしいくらいだよ」

 ──僕だって、変なのに困ってんだから今。

「せっかくだから、駅デパのカフェで飲んでいこうよ、まゆみん!」
「そうだね、行くか。赤塚も行くよね?」
「あー、うん」
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