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Side―A 第一章 出会い

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「ああ、楽しい時間も、もう終わりか…。また、2人で旅行に行きたいね、健吾(けんご)!」
「そうだね、麻衣!」
2016年9月。この時期の日本は、まだ厳しい残暑の残る季節だ。麻衣と健吾は、そんな日本の気候とは異なる、ヨーロッパへの旅行から帰国し、空港に到着していた。高校までなら、(また世間一般のイメージから言えば、)9月からが新学期であるが、麻衣と健吾の通う大学では、8月から9月いっぱいまでが夏休みであるため、2人はこの休み期間を利用し、イギリスとフランスへ、旅行に行っていたのである。
 「ところで、健吾は今回の旅行、どこが1番良かった?」
「そうだな…。やっぱ、パリのエッフェル塔とルーブル美術館、それに、凱旋門かな?」
「え~やっぱりフランス?私は、ロンドンのビッグベンや、大英博物館の方が良かったよ~。」
「そっか。麻衣はイギリスが大好きだもんね。でも僕は、フランスの方が好きだから…。」
「え、じゃあ、フランスと私、どっちが大事なの?」
「そ、それは…もちろん麻衣だよ。」
「じゃあ健吾もイギリス派だよね?」
「え、いや、それは、その…。」
「冗談だよ冗談。ちょっと困った健吾、かわいかった!健吾がフランス好きなの、ちゃんと分かってますって!」
麻衣はそう言って、笑った。実は健吾は、(少しではあるが)人の話を鵜呑みにする所があり、麻衣は、そんな健吾をよくからかって、遊んでいた。
「ちょっと、僕、またからかわれた?」
健吾が少し落ち込みながらそう言うと、
「気にしないで、健吾。私、健吾のそういう所も含めて、好きだから。」
と、麻衣がすかさずフォローする。それを聞いて健吾は、
「僕、麻衣のちょっと小悪魔な所も、優しい所も、大好きだよ!」
と言う。
 傍目から見ると、ただのノロケとも、イタイカップルともとれる2人であったが、2人は喧嘩も全くせず、仲良しであった。

 2人の出会いは、大学1年生の時である。麻衣、健吾の2人は、大学に入学してすぐ、学内の文芸サークルに、入った。
「へえ~。河村かわむらくんって、フランス文学が好きなんですね!」
「そうなんです!鈴木すずきさんは、フランス文学は好きですか?」
「いえ、私はフランスは詳しくありません…。私は、イギリス文学が、大好きなんです!」
河村健吾、鈴木麻衣の2人は、たまたま文芸サークルの説明会で、隣の席に座ったのがきっかけで、話をするようになった。
「でも私、英語はそんなに得意じゃないんです…。イギリス文学や、イギリスの国の雰囲気は、好きなんですが…。
 だから私、もっと勉強して、いつかは英文で、イギリス文学を読めるようになりたいんです!」
「そうですか。勉強熱心ですね。
 僕は、英語はそこそこいけるんですが、フランス語はまださっぱりです…。僕も、いつかはフランス語で、フランス文学の作品を読めるようになりたいです!」
「えっ、英語…いけるんですか?羨ましいなあ…。それに、フランス語なんて、私には手の届かない世界です…。
 でも、私も河村くんに、負けないようにしないとですね!」
「そっか。でも、いっぱい勉強したら、絶対に英語、上達すると思います!頑張ってくださいね!」
「ちょっと、今上から目線じゃなかったですか?」
「え、いや、決してそんなつもりは…。すみません。」
「冗談ですよ冗談。河村くんって、面白いですね!」
2人は、初めて会った時から、初対面とは思えないほど、よくしゃべった。お互いの波長が合うというのは、こういうことを言うのだろうか?麻衣、健吾の2人は、出会ったその日から、周りにそう思わせるほど、仲良くなった。
麻衣は、背が高く、誰からも美人と思われるようなルックスであった。そして、大学に入ってからダークブラウンに染めた髪も綺麗で、すぐに、大学のマドンナ的存在となった。一方の健吾は、背もそんなに高くなく、見た目もそんなにかっこいいとは言えないが、優しそうな性格が見た目からにじみ出ており、その性格から、学内で健吾のことを慕う人も、すぐに増えた。
また、健吾は学内でもどちらかというと優秀な方で、特に英語のスキルは学内1番ではないか、と言われるほどのものであった。

「鈴木麻衣さん。僕、あなたのことが好きです。僕と、付き合ってください!」
そう健吾が麻衣に告白したのは、2人が出会ってから約2カ月後の、6月の始めのことであった。
その日は梅雨入り前で、麻衣や健吾の通う大学の中にも、初夏の気配が漂っていた。そして、勉強は得意であるものの、異性との交際には慣れていない健吾にとって、初夏の陽気は、自分の気持ちを好きな人に伝えることを後押ししてくれる、そんな風に感じられた。
「はい、こんな私でよければ。」
麻衣は健吾の言葉を聞き、そう健吾に伝えた。実は、麻衣の方も、異性との交際には、(その見た目の割には)慣れていなかった。麻衣はそのルックスから、高校時代もモテていたが、麻衣は、
『私に近づいてくる男の人は、みんな下心がある。』
と、思っていた。実際それは事実で、真剣に麻衣と交際したいと思っている人は、今まで(0ではないものの)少数派であった。そのため、真剣に、心から自分を好きでいてくれる健吾に対して、また話も合い、一緒にいて楽で楽しい健吾に対して、麻衣の方も、好意を寄せていた。

「何、ぶんし…構文?健吾、これ、難しいよ…。」
「そうだね。分詞構文は、確かに難しいね。でも、麻衣ならできるよ。頑張って!」
麻衣は健吾と付き合い始めてから、健吾に英語を教えてもらっていた。
「うん、分かった。頑張るね。絶対英語、できるようになるんだから!」
「ようし、その意気、その意気!」
「でも、
『なんでこんなこともできないのに、大学の入試に受かったんだろう?』
って、健吾、思ったでしょ?」
「え、そんなこと思ってないよ。」
「嘘だあ~。」
「いや、本当だって。誰にでも、得意な科目、苦手な科目があるからね…って、なんか麻衣が英語苦手って言ってるみたいだね。ごめん。」
「あ、ホントだ~。
 もちろんさっきのは冗談だよ。健吾って、本当に冗談でも鵜呑みにするんだね。」
「え、そ、そうかな…。」
「まあ根が純粋ってことかな?」
「ありがとう、麻衣。」
2人は付き合い始めてから、何度もこのようなやりとりをしていた。
 「それでなんだけど、実はね私、自分で言うのも何だけど、国語はめっちゃ得意なんだ。私、小さい頃から、外で遊ぶのも好きだけど、本を読むのも大好きだったの。だから私、小さい時から、子ども向けの世界の名作文学を、読み漁ってたんだ。
 その甲斐もあって、基本的に、国語の成績は、高校時代からトップクラス!ねえ健吾、すごいでしょ?」
「うん、すごいね。それに、麻衣は頑張り屋さんだもんね。勉強、頑張ったんだね!」
「いや~それほどでも…あるかな、なんてね。
さっきのは冗談。
それで私、そんな名作文学の中でも特に、例えばピーターラビットとか、イギリスの文学に、興味を持つようになったの。それで、将来私も、英語を使いこなせるようになりたいって、思ったんだけど…。
英語を勉強し始めたのは中学からだったんだけど、これがさっぱりで…。何か私、人生初の『挫折』みたいなものを経験しちゃった。でも、やっぱりイギリスが好きで、今に至ってるんだけどね。
だから私、この大学生の間に、何とか英語をマスターしたいんだ!」
実際、麻衣は、英語の検定試験を、受けようとしていた。
 「そっか。僕にできることがあれば、何でも協力するよ!」
「やっぱり健吾は優しいね。
 ところで健吾は、国語は得意だった?」
「え、ま、まあね…。」
「もう、謙遜しちゃって。本当は得意だったんでしょ?健吾を見てたら、分かるよ。」
「え、あ、ごめん…。」
「健吾、人といる時はいっつも控えめだけど、私といる時は、謙遜なんてしなくていいんだよ。
 私には、気を遣わないでね。私、ありのままの健吾が、好きだから。」
「分かった。いつもありがとね、麻衣。
じゃあ言います、僕は英語も国語も、めっちゃ得意でした!」
「何それ~。急に嫌な奴みたいじゃん。」
「やっぱり僕にこの言葉は合わないね…。」
「そうかな?」
 2人はそう言って、笑った。

 2人は付き合い始めてから、色々な方法で、2人の時間を共有してきた。まず、付き合い始めて最初のデートは、映画鑑賞であった。その映画はフランス映画で、6月、初夏の薫りが色濃く漂う、そんな映画であった。そして健吾は、映画の内容よりも、麻衣がその映画を見て、
「健吾、この映画、めっちゃ良かったよ~。私、フランス映画って、見るの初めてだけど、こんなに感動するとは思わなかった。それに、フランス語って、なんかかっこいいね!」
と言ってくれたことを、強く覚えていたのであった。

そして、2人は一緒に、ショッピングにも行った。健吾が覚えている、その日は7月の終わりで、男性なら白いTシャツが似合う、そんな季節であった。その日、麻衣と健吾は、近くのショッピングモールに出かけた。
「それにしても暑いね、健吾。」
「そうだね、麻衣。」
その日は、8月ほどではないものの、気温が30℃を超える、いわゆる「真夏日」であった。まさに、夏うたが流れ、街全体が熱気に包まれる、季節だ。ショッピングの道中、そのことを健吾が麻衣に話すと、
「そういえばさ健吾、私、ピアノが得意なんだよ!」
と、麻衣が語り出した。
 「え、そうなんだ。僕は楽器はできないから、尊敬するよ…。」
「あ、もしかして、今私、健吾に勝った?
やった!
 何か私、今まで健吾に勝ってる部分がないような気がしてたから、ちょっと嬉しいかも。」
「そう、じゃあおめでとう、麻衣。」
「じゃあって何よ~。
 まあ冗談はこのくらいにしておくね。
 私、小さい頃から、ピアノを習ってたんだ。それもあってか、音楽は昔っから大好きで、ジャンルも、洋楽から邦楽、クラシックからジャズ、ロック、ヒップホップ、何でも好きなんだ。
 でも、やっぱり1番好きなのは、イギリスの音楽かな、とは思うんだけどね。」
「そうなんだ。僕は、最近流行りの音楽くらいしか知らないんだけど…。
 でも、麻衣がピアノを弾いてる所、見てみたいな。」
「そうだね。
でも私のピアノは、高くつきますよ~。」
「麻衣の頑張ってる姿が見られるなら、いくらでも出すよ!」
健吾は、夏の陽気のせいか、いつもの健吾らしからぬ、台詞を吐いた。
 「またまた~。ってか、健吾でもそういうこと、言うんだね。
でも本当に、健吾に私のピアノ、聴いて欲しいな。」
このような話をしながら、2人はショッピングモールに到着した。

 そのショッピングモールには、西洋の建物を模した、特徴的な店が並んでいた。またそれは、実際にショッピングをしなくても、景観だけでも楽しめるような造りになっていた。そして、その日は7月の終わりで、(小中高生にとっての)夏休みということもあり、モールは人でごったがえしていた。健吾はその時、このショッピングモールは、さながら西洋の、観光地のようだ、と心の中で思った。
 また、麻衣から、
「ねえねえこの建物、絶対イギリス風だよね?…フランス風じゃなくて!」
と冗談を言われ、健吾は少しムキになって、
「いやいや、フランス風でしょ!」
と言ったことも、覚えている。その時は、
「じゃあどっちが正しいか、勝負しようよ!」
と麻衣に言われ、
「分かった。」
と、健吾は言ってしまった。
 「でも、どうやって勝負するの?」
「それは…お互いの、イギリス文学とフランス文学の、造詣の深さで勝負!…ってのは、どう?」
「まあ、いいけど…。
 でもそれって、もはやどっちが正しいとか、関係ないじゃん。」
「いいじゃん別に。私、1回これをやってみたかったの!」
 そう言って、麻衣は、大好きなイギリス文学について、語り出した。
 そして、健吾は、麻衣のイギリス文学に対する造詣の深さに、驚かされることになった。シェイクスピアから、ヴィクトリア朝時代の文学、はたまた日本出身のイギリス人作家、カズオ・イシグロまで、麻衣のアンテナは、張り巡らされていた。
「すごいね麻衣!正直、麻衣がそこまで文学に詳しいなんて、知らなかったよ。」
「それって、私がバカっぽいってこと?」
「いや、そういう意味じゃないけど…。」
「なんか納得いかないなあ…。
 まあいいや、じゃあ次、河村健吾選手、行ってみましょうか!」
「はい、鈴木麻衣選手!」
健吾はそう冗談を言い合った後、自分のフランス文学の知識を披露した。それは啓蒙思想の時代から、19世紀のユーゴー、スタンダール、バルザック、フローベールなど、多岐にわたるものであった。
「へえ~。やっぱり健吾も、フランス文学に詳しいんだね。
 それで、気になる判定は…、
 引き分け、ってことで!」
「えっ、僕の方が若干勝ってると思ったけどな…。」
「いいじゃん、固いこと言わずに。」
「分かったよ。
 ところで、あの建物はイギリス風?フランス風?」
「それも、どっちでもよくなってきちゃったかな。」
「何だよそれ~。」
2人はこう言って、笑った。

 そして、(肝心の)ショッピングが始まった。
「あ、これ、かわいい!
 あ、これも、超かわいい!」
麻衣のリアクションを見て、やっぱり麻衣は女の子なんだな、健吾はそう思った。
 そして、健吾の方も、夏仕様の、リネンのカーゴパンツなどを買い、その日はお開きとなった。
 「今日は、本当に楽しかったね!」
「そうだね、麻衣!また、来ようね!」
2人はそう言って、家に帰った。

 このように、2人はお互いの好きな話をしたり、好きなものを見たり、好きな所に行ったりして、お互いを大事に思いながら、楽しく過ごした。そしてその時間は、お互いにとって、かけがえのないものになっていた。
 そして、2人が付き合い始めてから、2016年の9月で、2年と3カ月に、なっていた。

 「旅行、計画立ててくれて、本当にありがとう、健吾!また、一緒に旅行に行こうね!」
「うん、僕も楽しかったよ、麻衣!」
2人はこう言い合いながら、その日はお互いの家路についた。
 そして、麻衣が一人暮らしのアパートに着き、ポストを開けた時、1通の手紙が、そこに入っていた。
 それは、切手も宛先も差出人も、そして宛先の住所もない、変わった手紙―。
 麻衣はそのことを不審に思いながらも、手紙の封を開け、中身を読んだ。

 ―親愛なる舞まいへ
 今日は楽しく過ごせたかな?僕のプレゼントが、楽しいひと時の一助になれば、幸いです。
 今日は、このくらいにしておきます。
 あと、最近僕、詩を書き始めたんだ。
タイトルは
『鳩と平和』だよ!
またね!
 孝介より―
『…孝介って誰?それに、舞って誰?もしかして、『まい』違いで宛先、間違えた?
いやでもそれはさすがにおかしい。それに、宛先の住所も切手もないなんて、不自然だ…。』
麻衣はそう思ったが、その日は楽しかった旅行のこともあり、この手紙のことは、深く考えずに、すぐに眠りについた。また、誰かが間違えて、自分の所のポストに手紙を入れた可能性もあるため、麻衣は手紙を、机の引き出しに丁寧にしまい、その日は休んだ。
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