リア恋営業にご注意を

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リア恋営業にご注意を

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“リア恋営業”なんて言葉がある。

それは「アイドル」として活動している「春翔はると」にとっては非常に身近な言葉だ。”リア恋”とは、”リアル”に”恋”をしてしまいそうな魅力があること。それの”営業”なのだから、つまりはそう思わせることで利益を得ようとしている。はっきり言ってしまえば、偽りの姿を見せてファンを騙し、「恋」という感情を利用して繋ぎとめる手段だ。

しかし、少なくとも春翔自身は、意識してそれらを行っているつもりは無い。ライブ中に「ありがとう」「みんな大好きだよ」なんて叫んだりもするが、それは心からの気持ちだ。自分達を応援してくれて、一緒に音楽を楽しんでくれるファン達への感謝の気持ち・愛しく思う気持ち。そこに嘘なんて一つも無い。

ただ、そんな春翔にも、いわゆる”リア恋”感情を抱いてくれるファンもいる。

「春翔君と付き合いたい」
「春翔君と結婚したい」
「私以外にファンサしないで」

春翔は、そんな言葉が並ぶグループ公式SNSのコメント欄を見てため息をついた。好きになってくれるのは嬉しい。春翔自身も、子どもの時にテレビで見たアイドルに憧れて、この世界に入った。だけど、「恋」となると途端に分からなくなる。何故なら、春翔は今まで一度も恋をしたことがないからだ。アイドルを目指すと決めて、すぐにボーカルスクールに通い始めた。そこでオーディション番組出演の話を貰い、合格してからはずっと同グループのメンバー達と同じ宿舎に住みレッスンに明け暮れていた。そしてその状況はデビューした今も続いている。

春翔の所属するグループは明確に「恋愛禁止」とはされていない。ただし、アイドルにとって恋愛がご法度なのは誰しも分かっていることだ。そんな訳で、恋愛をする時間も環境も無かった春翔は当然の様に恋人いない歴=年齢(21歳)かつバチバチの童貞であった。流石に焦りを感じなくもない。

「”恋”ねえ・・・・・・」
「ん?」

思わず漏れてしまった声に、すぐ隣から反応が返ってくる。

「恋がどうしたって?」

その声の主は「雄輔ゆうすけ」。彼は春翔と同じグループ所属で、リーダーをしている。真っ黒な髪に男性的な色気のある端正な顔立ち。歌もダンスも何でもこなすオールラウンダーで、グループのリーダーを務めている。その上、社交的な性格でトーク番組なんかにも引っ張りだこだ。

そんな完璧なアイドルの雄輔だが、実はかなりの苦労人で、彼は春翔と同じオーディション番組に出演する前にも別のオーディション番組に出演していた。そこでデビュー最有力候補と言われながらも、最終選考で脱落。それから数年、次のオーディションまでの間、ずっと自分のスキルを磨いていた。本当に尊敬出来る奴だ。

だけど、そんな彼は春翔の親友でもあった。

オーディション番組に出演した時、春翔は歌以外に関しては素人同然だった。ボーカルスクールでスカウトしてもらったこともあり、歌に関しては自信があった。昔から良く褒められていた顔のつくりも。だけど、ダンスや他の技能に関しては全く駄目だった。そんな春翔に、手を差し伸べてくれたのが雄輔だ。「教えるよ」「一緒に練習しよう」と声をかけてくれ、根気強く春翔に付き合ってくれた。その結果、春翔はなんとか他の技能も及第点というところまで到達。ビジュアルと歌の評価もあってか、デビューメンバーに選ばれることができた。そして、もちろん雄輔も。

当時自分の練習時間を削ってまで春翔に付き合ってくれた雄輔には本当に感謝しかない。その上、雄輔とは趣味が良く似ていた。好きな歌、好きなファッション、好きな場所、同じ感性で同じものを楽しめた。こんなに有難いことは無い。悩みがあればすぐに雄輔に相談したし、雄輔もそうだったはずだ。だから、今回も雄輔になら話しても良いと思った。

「雄輔は”恋”ってしたことある?」
「・・・・・・何で?」

質問に質問が返ってきた。雄輔らしくない。そんな風に思って雄輔の方を向くと彼はあまり見ない感じの表情をしていた。ちょっと焦った様な、困った様な表情だ。そんな雄輔を不思議に思いながらも、春翔はその問いに答えた。

「いや俺は今まで”恋”ってしたことないからさ。どんな感じかなって」
「ああ」

「そういうことね」と続けながら、雄輔がほっとした様に笑った。

「まあ雄輔も俺も変わんないよな。そんな暇なかったし」

そんな雄輔の様子を不思議に思いながらも、勝手に決めつけてそんなことを言った。すると雄輔は片眉を上げて春翔の顔を見つめ、少し考える様なそぶりを見せた。だが、すぐに真顔に戻る。そして、はっきりとした声でこう答えた。

「あるよ」
「へ?」

思いもよらなかった返事が返ってきて、つい間抜けた声が出た。

「恋したこと、ある」
「ええ!?」

親友からのとんでもない告白に、春翔は大混乱してしまった。「いつから!?」「どこで!?」「誰に!?」と雄輔の両腕を掴んで揺さぶりながら問いかける。大人しく揺らされながらも雄輔は神妙な顔をしていた。何か考え込んでいる様子だ。性懲りもなく「なあなあ」と揺さぶり続けていると、勢い余って壁に雄輔の頭をぶつけてしまった。”あ、やばい”と思ってすぐに手を離す。

「ごっごめ」

春翔が謝罪の言葉を言い終わる前に、今度は逆に雄輔に左手首を掴まれる。そして、そのまま引き寄せられ雄輔の顔がすぐ近くまできた。

「春翔は、恋に興味があるの?」
「まあそう……」

圧にたじろぎながらも、しどろもどろ雄輔に説明をした。ファンの子達の気持ちが分からなくて困っていること、この年齢まで一度も恋をしたことがないことに焦りを感じていること。正直に話した。本来同世代の友人には話し辛い内容だが、雄輔には素直に打ち明けることができた。雄輔は春翔と境遇が似ているし、何より彼は春翔の悩みを決して笑ったりはしないと信じているからだ。雄輔はいつだって、春翔の話を真剣に聞いてくれた。そして、良い方向に進むようにと笑って背中を押してくれた。だから、今回もきっとそうだと思った。思っていたのに。

「じゃあさ、してみようよ、恋」
「え?」

「俺と」

春翔は、さらに頭を悩まされることになった。



【 リア恋営業にご注意ください 】



そんなことがあってから、春翔は雄輔と”恋人”になった。あの後、突然のことに頭が混乱しているところを、

「恋してみたいんだよね?」
「メンバー同士の恋愛なら良いんじゃない?」
「春翔も親友の俺とだと安心だよね?」

と雄輔から激しい攻め立てに合い、なし崩しに”恋人”(?)になることになってしまった。

恋のことはさっぱり分からないが、恋の始まりって絶対こうじゃないだろうってことは分かる。

しかし、その時は驚いたものの、優しくて気が利く雄輔のことだ、齢21にして未だ恋すらしたことのない春翔のことを憐れみ、そう提案してくれたのだろう。そんな風に思うようになっていた。それに、春翔自身、実はかなりワクワクしている。何せ今まで一度も恋人がいたことが無いのだから、恋人同士のアレコレにはとても興味があった。

恋人同士ですることって何だろう。やっぱりデートかな。買い物に映画に水族館?遊園地とか?でも人が多いとこは良くないよな。そんなことを考えた。雄輔と一緒なら絶対楽しい。ワクワクする。しかし、ふと、でもこれって友達と何が違うんだ?と気がついてしまった。友達じゃなくて恋人としかできないこと。それって──

「春翔!」

自分を呼ぶ声に思考が遮られる。声の主は雄輔だった。どこから走ってきたのか、息を弾ませている。「良かった直接会えて」なんて言って笑いながら、垂れ下がってきた前髪を乱暴にかきあげる雄輔の姿を見て、思わず感心してしまう。流石のイケメンぶりだ。うっすら汗をかいていているのにどこまでも爽やかで、更には色気まである。半袖のTシャツから覗く腕にはしっかりと筋肉も乗っている。春翔のソレとは明らかにモノが違う。昔は春翔と同じ様な体型だったのに、いつの間にこんなにムキムキになってしまったのか。

「……あんま見ないで」

不躾に見すぎていたのか、雄輔が少し照れた様な顔でそんなことを言う。

「髪変?」
「いやいや全然」
「ほんと? 走ってきたから確認できてなくて」

雄輔はそう言って髪の毛の色んなところをひっぱったり撫で付けたりしている。一見完璧人間の様に見える春翔だが、時たまこういった自信無さげな様子を見せることがある。でもそれは春翔と2人の時だけだ。春翔はそのことを、雄輔からの信頼の証として誇らしく思っていた。雄輔には言ったことはないが。

「今日もバチクソイケメンです」

春翔が"グッジョブ"と親指を立ててやると、雄輔は嬉しそうにくしゃっと笑った。

「もう収録終わり?」

雄輔から尋ねられる。

「うん。もう帰るとこ」
「じゃあ一緒に帰ろうよ」

帰ると言っても、迎えの車を呼んであるから、一緒に車で宿舎まで戻るだけなのだが。春翔が了承すると「じゃあ荷物だけとってくるから待ってて!」と言って走り去っていった。

車の中で、いつも通り取り留めのない話をした。ハマっている漫画の話とか一緒にやってるゲームの話とかメンバーの笑い話とか。当たり前に楽しい。たくさんの話の中で、雄輔から都内の美術館で春翔達が好きなブランドの展示会が行われることを教えてもらった。

その時ふと、さっき考えていたことを思い出した。そう言えば、俺達は"恋人"だったなと。

「なあ俺達はデートとかいつするの?」
「今週日曜空いてる?」

声が重なった。2人で顔を見合わせる。

「え? デートの誘い?」
「はい。そうです……」

春翔が聞くと、雄輔は何故か敬語になって気まずそうに目線をさまよわせた。そうかデートか。恋人とデート。

「え~~! 俺デートに誘われたの初めてなんだけど!」

春翔がその場で飛び跳ねて喜びを表現すると、雄輔が「そんなに喜ぶ?」と呆れたように笑う。しかし、そう言ってる雄輔もすごく嬉しそうだった。

「なあなあ、どうせ外出るなら他も色々見ようよ!」
「まあ待て。マネージャーに確認するから」

雄輔の肩を手を置いて飛び跳ねながら、春翔は既にデートの日のことを考えていた。何をしようか。どんな服を着ていこうか。ネットで事前にリサーチしておこう。

そんな訳で、春翔の人生初めてのデート開催が決定した。


****


デート当日。なるべく目立たない様にと、春翔達は別々に宿舎を出た。やましいことなんて何も無いが、どこに悪意ある人間が潜んでいるか分からない。それに、ファンに見つかって騒がれてしまうと、すぐに宿舎に帰らなければならなくなる。職業柄、しょうがないことだとは分かっているが、やはり窮屈には感じてしまう。

だからこそ、今回の様に仕事に関係なく外に遊びに出られる機会は貴重だ。雄輔はマネージャーに無理を言って話を通してくれたらしい。

しばらく待っていると、見覚えがある長身のシルエットが近づいてくるのが見えた。帽子にサングラス、マスクまでしていて顔は全く見えないのに、明らかに周囲とは違う雰囲気がある。雄輔だ。

「ごめん、誰にも気づかれてない?」

小走りで近づいてきた雄輔が、春翔の方に顔を近づけてサングラスを少しズラしながら小声で尋ねてくる。

春翔が「大丈夫」と答えると、雄輔は「そっか」と言って安心した様に微笑んだ。そして、何故かそのまま春翔の首元に顔を寄せて、匂いを嗅ぎ始める。

「オイオイオイオイ、流石に目立つだろ」
「あ ごめん」

春翔が雄輔の肩を押すと、雄輔が身体を離す。全く、警戒心があるのか無いのか。

「春翔、香水変えた?」
「ああ、分かる?」
「服も見たことないやつ」
「新品おろした!」

春翔が「デートだから気合い入れちゃった」と付け加えて笑うと、雄輔が手で顔を覆い空を仰ぐ。良く分からない動作だ。春翔は、もっと誉めてもらいたくて、雄輔の腕を引っ張りながら彼を質問責めにする。

「どう? 良い感じ?」
「良い」

即答だった。気分が良い。

「似合ってる?」
「似合ってる……」
「格好いい?」
「格好いい……」
「可愛い?」
「むちゃくちゃ可愛い……」
「好き?」
「大好き……」

春翔は自分のソロコンサートかな?というくらいに褒められ、大変満足した。確かネットで見たデートの基本みたいな記事にも"相手が服装等で雰囲気を変えてきたら褒めてあげましょう"みたいなことを書いていた気がする。流石雄輔だ。

「俺、いつもと同じの着てきちゃったよ……」
「良いじゃん。それお気に入りだろ?」

申し訳無さそうに言う雄輔に、春翔は笑って返す。雄輔は几帳面でもの持ちが良く、一度好きになったものはとことん突き詰めるタイプのため、あまり物を増やさない。ミーハー気味ですぐに好きな物が増える春翔とは違う。春翔は彼のそういう一途なところをとても好ましいと感じている。

「雄輔はいつも格好良いよ」

心からそう思って彼に伝えると、雄輔は「勘弁して」と言ってまた空を仰いでしまった。良く見ると耳が紅い。照れているのだ。

可愛いやつめと撫で繰り回したくなったが、これ以上調子に乗ったら怒られそうなのでやめた。だけど春翔は本当に雄輔のことを格好良いし可愛いと思っていた。

それから、まず一番の目的だった展示会に向かった。貴重なヴィンテージ品も展示されていてすごく感動した。グッズショップで籠を山盛りにしている春翔を他所に、雄輔は商品を厳選している。ふと、ガラスケースに入った2連のカフスピンセットが目に入った。ブランドロゴが主張していないタイプの上品なデザイン。──これは雄輔に似合いそうだ。そうだ、これを買って2人でお揃いで使うのはどうか。そう思って、店員に確認をお願いしたが、先ほど売れてしまったのが最後だったと言われてしまった。残念だったがしょうがない。もう会計を終えているらしい雄輔を待たせてはいけないと、春翔もそのまま会計に向かった。

「いや~良かった」
「ほんとになあ」

昼食をとりにカフェに入り、目立たない壁際のカウンター席で肩を並べる。サンドイッチに齧り付きながら延々と雄輔に語り掛けてると、雄輔がさっきの購入品を取り出した。その手に持っていたのは、なんとあのカフスピンだった。そして、その片側を春翔に渡してくる。

「はい、これ」
「え?」
「今日の記念にさ」

雄輔がそんなことを言いながら笑う。そんなの、そんなの。──嬉しいに決まっている。

「サンキュー! これ買おうとしてたんだよ!」
「うわ声でか」

声をあげると「目立つから」と注意されてしまう。

「春翔に似合うと思って」
「え! 俺は雄輔に似合うと思ったけど」

お互い顔を見合わせる。そしてそのまま吹き出す。いつもの流れだ。

「俺達って気が合うよなあ」
「そうだな」
「波長が合うと言うか!」
「そうそう」
「たぶん今も同じこと考えてるんじゃないか?」
「うーん……」

「そうかな?」と雄輔が言葉を濁す。

「え? 何? じゃあ今何考えてんの?」
「ん~……。秘密」
「何だよ~!」

それから、何度聞いても雄輔は答えてくれなかった。春翔はそれが少し悲しかった。


***


メンバー達に差しれを買って帰路につこうとしている時、雄輔が突然立ち止まった。不思議に思って春翔が振り返ると、雄輔に急に謝られた。

「ごめんな」
「は? 何が?」
「いや、さっき答えてやれなくて」

ああ、あれか。今考えてること~ってやつ。律義に気にしていたらしい雄輔は、バツが悪そうにコートのポケットに手を突っ込み、大柄な体を丸めてそんなことを言ってきた。目線はずっと斜め下に向かっている。

よく考えれば、いやよく考えなくとも分かることだが、親友だろうが何だろうが言いたくないことなんていくらでもあるだろう。タイミングだってある。だから、そんなに気にしなくても良いのに、目の前の親友は心の底から申し訳なさそうにしている。春翔がしつこく食い下がったことも関係しているのだろう。確かに、春翔は雄輔に隠し事は1つも無い。だから当たり前に雄輔もそうだと思ってしまっていた。今回のことは、春翔が悪い。

春翔は雄輔の方まで歩み寄ると、彼のコートのポケットに手を突っ込み、その両手を握った。そうすると、やっと雄輔が顔を上げる。

「こっちこそごめんな。しつこく聞いちゃって」
「春翔は悪くないよ。お前は自分がバチバチ童貞だって話も打ち明けてくれたし……」
「おい」

聞き捨てならない言葉に突っ込みをいれつつ、雄輔に語り掛ける。

「お前が話したくなったらさ、話してくれよな。何でも聞いてやるから」
「……ありがとう」

春翔が笑いかけると、やっと雄輔の顔にも笑顔が戻った。さて帰るかと雄輔の手を離すと、今度は逆に雄輔に手を掴まれてしまう。

「あのさ、早速だけど俺の今の気持ち聞いてくれない?」
「おうおう。どうした?」

どんな心境の変化なのか、急に雄輔がそんなことを言い出す。

「手……」
「て?」
「つないで、帰りたいんだけど……」
「!」
「恋人じゃん……?」

自分で言い出しながら耳まで紅くしている雄輔をマジマジと見てみる。そういえば俺達は恋人同士だった。いや、それよりもだ。何故か突然、胸がムズムズしてきた。何だろうかこの気持ちは。この気持ちを表現する言葉が見つからないけれど、確かに分かるのは、目の前の雄輔が可愛くて仕方がないという気持ちだけだった。

「良いじゃん!」
「あ」

雄輔の手を握り返す。

「俺もおんなじ気持ち」

雄輔の顔を見ながらそう伝えると、何かを嚙みしめる様な顔をした雄輔に、握っていた手を強く握り返される。2人で肩を並べ、雄輔のポケットの中で手を繋いだまま歩いて行く。

すごく寒いはずなのに、何だかとて温かい。何でだろうか。
すごく考えてみたけれど、やっぱり答えは見つからなかった。


***


それからも、雄輔との関係は続いていた。

とは言え、元々親友という間柄だ。それに同じグループ所属で、同じ宿舎の同じ階に住んでいる。一緒に過ごす時間としてはあまり変わっていない気がする。相変わらず、2人で過ごす時間はすごく心地が良い。

変わったことと言えば、そう、ボディタッチが増えたかな?ということくらいだ。

「なんかさあ? 最近お前ら変じゃね?」

ある日トレーニング室にいた春翔にそんなことを言ってきたのは、同じグループのメンバーの「有紀ゆうき」だ。歳は春翔達と同じ21歳。可愛らしい顔と小さな体に反した大きな声・ペラペラ回る口、そんなギャップが受けて、彼は所謂"バラエティアイドル"としての地位を確立している。そして、この有紀は元々雄輔と同じ事務所に所属しており、雄輔との付き合いは春翔よりも長い。

「別に普通じゃない?」
「いやいやいやおかしいよ絶対!」

有紀の主張としては、最近収録の時なんかの春翔と雄輔の距離が、特に雄輔からの距離の詰め方がおかしいとのことだ。肩を抱いていたり腰に手を回していたり耳を触ったりとにかくやたら近いと。確かに、SNSなんかでファンが『最近春翔くんと雄輔くんの距離感大丈夫そ?』とかいうタイトルで載せた自分達の写真がバズっていたのを目にしたこともある。その辺りで、ああそう言えばなんかそうかも?とは気が付いた。だけど別に嫌な感じはしないし、特に気にしてはいなかった。

「……まさかもう喰われた?」
「はあ?」
「アイツ腹黒いからさあ。お前みたいなのはペロッ!だよ」
「ま~たそれか」

有紀曰く、昔の雄輔は今とはかなりキャラが違っていたらしい。何というか孤高の存在?といった感じで自分より実力が下の人間にはかなり冷たかったと。それが一度オーディションに落ちてから変わっていき、急に物腰が柔らかくなったとか。そのことを有紀は、"雄輔腹黒説"として時折持ち出す。

というか"喰われる"って何だよと。確かに今春翔と雄輔は恋人ということになっているが、そんなことは今まで一度も無かった。デートしてたまに手を繋いで、部屋で一緒に過ごしてって感じだ。アレ?でも普通の恋人ってこの先どうなるものなんだ?と考えてしまう。

……キス、とか?でそれが済んだらセッ──。頭の中に変な想像、いや妄想が浮かびそれを慌ててかき消す。顔が熱くなる。そういうのはお互い好き同士じゃないと駄目だろ。俺達は恋人でもそうじゃないじゃないか。いや、そもそも雄輔はどういうつもりなんだろうか?この関係の決着はどこでつくんだ?雄輔は俺とキスやそれ以上のことができるのか?したいのか?それに俺自身は……?

駄目だ、頭が混乱する。

春翔はそんな落ち着かない気持ちを振り払う様に有紀に向かって身を乗り出した。

「だーかーらさあ、有紀がうるさいから雄輔も冷たかったんじゃ?」
「ぜーーったい違うから! アイツの本性は昔の方だよ!」
「はいはい」

何度目なのかというその話を聞き流しつつストレッチをしていると、またトレーニング室に人が入って来た。その人物は「尚哉なおや」。グループメンバーの1人で、ダンスが得意なメンバーだ。鍛え上げられたガッシリとした体型にクールな性格とビジュアルが中高生を中心に大人気。現役高校生で、メンバーで一番年下だ。年下なのだが。

「おつかれ~」
「……ッス」

声をかけた春翔を一瞥し、ついで程度の返事だけしてトレーニングマシンの方に真っ直ぐ向かって行く。正直、むちゃくちゃ態度が悪いと思う。

「あ~~尚哉ちゃんほんと反抗期ねえ」

有紀がそんな春翔と尚哉の様子を見てニヤニヤと笑う。この尚哉だが、まだ未成年だし、ツンツンした態度をとってしまうのは春翔にも分からなくはない。問題は、それが春翔に対してだけ、ということだ。

実は、オーディションからしばらくの間は、尚哉は春翔にとても懐いていた。「春翔さんの歌が好きです」とキラキラした目で言ってくれていた。よく春翔の部屋にも遊びに来ていて、遊び疲れて一緒のベッドで寝たりもしていた。それがだ。体が成長するにつれ、いつの間にかこんな感じになっていた。オーディション当時中学生だった尚哉は今はもう高校生。グループで一番体格も態度もでかくなってしまったが、春翔にとってはいつまでも可愛い弟なのだ。それなのに。

「なんで俺だけ?」
「春翔がうるさいから尚哉も冷たいんじゃない?」

悲しむ春翔に対し、嬉しそうにさっきの意趣返しの様なことを言ってくる有紀をどつきながら尚哉の方をチラリと見た。すると、彼もこちらを見ていた様で、目が合ってしまった。そして、案の定目を逸らされる。

ふと、昔の尚哉の笑顔が脳裏に浮かんだ。春翔は余計に悲しくなり、もう一度有紀をどついた。


***


その日は、春翔達は新曲発表の打ち合わせのためにミーティングルームに集まっていた。発表はメッセージ付きの動画で行うらしい。撮影は明日だ。

「皆、これを見て欲しい」

マネージャーがPCを操作し、スクリーン画面に打ち合わせ資料が映し出される。そこに大きく映し出されたのは──。


~ カップリング営業の重要さ ~


メンバー皆驚きのあまり口が開いていた。

"カップリング営業"とは?

言葉が出てこない春翔達を他所に、マネージャーは嬉々としてプレゼンを進めていく。

「この前、ファンのこの投稿がバズったのは皆知っているな?」

マネージャーがそう言ってモニターに映し出したのは、例の春翔と雄輔の写真付の投稿だった。

「この投稿の後、グループ公式フォロワーは数万人増え、一般への知名度がかなり上がった」

春翔は嬉しくなり、雄輔の方に顔を向けた。しかし、雄輔は首ごと別方向を向き、一切春翔の方を見ようとしない。何なんだ?そう思っている内にもマネージャーのプレゼンは続いていく。

「お前らが"見つかった"ことで次々に似た様な投稿をするファンが現れ、今はこんな感じだ」

次に画面に現れたのは雄輔と有紀の並んだ写真を集めた投稿で、『この身長差、気が狂う』というコメント付きだった。

これに対して有紀が立ち上がって抗議する。「気が狂うのはこっちじゃ!」とギャアギャア叫んでいる。

他にも春翔と雄輔とか雄輔と尚哉とか尚哉と有紀とか、色んな組合せの色んな投稿が出てきた。中には良くこんな瞬間切り出してきたな、という様な写真もいくつかあり、思わず感心してしまった。なるほど、こういう風にメンバー同士が仲良くしている姿を見せるのが"カップリング営業"なのか、と納得する。

そんな春翔を他所に「お前らのせいだぞ……」なんて言いながら有紀が春翔と雄輔を交互に睨みつけてくる。春翔は雄輔にもう一度視線をやってみたが、まだ彼は明後日の方向を向いていた。

「そんな訳で、今回注目したいのはこれだ」


~ 尚哉と春翔不仲説払拭 ~


モニターに映し出された言葉に、思わず尚哉の方を見た。尚哉もこちらを見ている。「あ、久しぶりに目が合ったな」そう思って、春翔は少し嬉しくなった。

マネージャーの言うところによると、春翔と尚哉はファン達がいくら頑張っても仲良くしている場面を切り取ることが出来ず、コラ画像が作られるレベルなのだとか。それなのに、ファンの中では意外と春翔と尚哉の絡みを求めている層は多いらしく、マネージャーはそこに次のビジネスチャンスを見出したそうだ。

「そんな訳で、春翔と尚哉は今回の動画隣同士な。そして絡め!」

マネージャーが力強く言うと、春翔や尚哉が何か言うより先に雄輔が立ち上がった。その顔にははっきりとした苛立ちが浮かんでいた。

「ちょっと待ってください! ハラスメントですよ!」

雄輔の剣幕にマネージャーが一瞬たじろぐ。

「いやいやでもね……? やっぱりアイドルってさ……? 夢を見せる職業じゃん……? そういうの売り物にしてきたじゃん……?」

なおボソボソと主張するマネージャーに雄輔が何か言い返そうとしているのを、春翔は遮った。

「俺は良いですよ」

雄輔が信じられないものを見る様にこちらを見つめる。そんな雄輔を安心させる様に一度彼に向かって微笑む。そして、すぐにマネージャーの方に向き直った。

「要は尚哉と仲良く?してる姿を撮ってもらえば良いんですよね?」
「そうそう! 別にね? 恋人みたいにベタベタしろって訳じゃないよ?」

マネージャーの発言にまた雄輔が反論しようとするのを抑えつつ、春翔は尚哉の方を向いた。

「尚哉は? いけそう?」

春翔がそう言うと、尚哉は一瞬戸惑う様な表情を見せたが、やがてゆっくり頷いた。

「良し! じゃあ決まりな! 明日よろしく!」

嬉しそうに言うマネージャーに納得してなさそうな雄輔に、面白がっている有紀、そしてお互いどうしようかと考えている春翔と尚哉、そんなかたちで打ち合わせは終了したのだった。


***


その夜、春翔は尚哉の部屋へと向かった。雄輔はやたら春翔を心配し俺もついていくとかやっぱりマネージャーに抗議してくるとこ言っていたが、何とか振り切って出てきた。

「入っても良い?」

尚哉の部屋の前で声をかけノックをすると、彼が扉を開けてくれた。相変わらず黙ってはいたけれど、拒絶は感じなかった。

「そこどうぞ」

と声をかけられ、ソファに座らせてもらう。思っていたよりも手厚い歓迎だった。いや、本当は分かっている。尚哉という人間の本質は幼かった頃のままで、本当は良い子なのだから。今は何か理由があって尖った態度にはなっているが。

「……で、どうしますか?」
「どうしようかなあ」

尚哉から切り出され、春翔は考える。

「雄輔さんがやるみたいなのは俺、難しいんですけど……」

雄輔がやるやつ。肩を抱き寄せたり腰を抱いたりみたいなやつか。確かに尚哉にいきなりそんなことをされたら笑ってしまうかもしれない。ファンも喜ぶよりもびっくりするんじゃないんだろうか。

ふと、思いつく。尚哉からやるのが駄目なら春翔からやるのはどうかと。

「尚哉、ちょっとそこの鏡の前立って」
「? はい」

素直に応じてくれた尚哉の隣に立ち、腰を抱いて引き寄せてみた。鏡の中の尚哉がびっくりした顔を見せる。目を見開いたその顔は、昔の面影を強く残していて、とても懐かしい気持ちになった。

「う~んお前の方が背が高いからなんか格好つかないな」
「……」
「次肩な」

自分よりも高い位置にあるそこに手を伸ばし、引き寄せてみる。だけど、それも身長差のせいか尚哉が猫背になってしまい、何だか面白い感じだ。

「ダメだなこれは」
「……ふ」

春翔が色々試して頭を悩ませていると、隣で尚哉が小さく笑った。信じられない気持ちで彼を見上げると、尚哉は口元に手をあて、クツクツと笑っていた。春翔にこんな顔を見せてくれるのはいつぶりだろうか。春翔は嬉しくなり、あらゆることを試した。

腰や背中に抱き着いてみたり、変顔を見せてみたり。その度に尚哉は笑ってくれた。嬉しくて仕方が無かった。昔に戻った様だった。

「も~~お前も笑ってばっかじゃなくて何か案出せよ」
「案?」

2人で並んでソファに座った状態でそう尋ねると、尚哉は少し考える様な素振りを見せた。そして、ちょっと腰を曲げ、下から春翔の顔を覗き込む様にして問いかけてくる。

「春翔さんは俺にどうして欲しい?」
「俺?」

そんなのは決まっていた。

「もっと甘えて欲しい。昔みたいに仲良くしたいよ」
「……そっか」

尚哉はスッと立ち上がると、春翔の方を振り向いた。そして笑ってこう言うのだった。

「分かりました。今度からはそうしますね」
「じゃあ……!」

春翔が勢い余って立ち上がると、尚哉に肩を掴まれてしまった。そして、部屋の外まで押し出される。

「今日はもう遅いから帰って。明日は俺がどうにかするから」

そのまま扉が閉まり、その後は春翔が何度呼んでも開くことは無かった。


***


撮影当日、事前の話通り、春翔と尚哉は隣同士に並んで立つことになった。雄輔はずっと無理しなくて良いからと言っていてくれていた。有紀はもうずっと楽しそうだ。撮影開始のカウントが開始され、尚哉の方をチラリと見るが、尚哉は体の前で手を組んだまま微動だにせず、完全に撮影待機モードになっていた。春翔も焦って前を向き姿勢を整え、撮影がスタートした。

「──そんな訳で、俺達の新曲楽しみにしててください!」

自分のコメントが終わり、隣の尚哉を見る。今のところ何もアクションが無い。任せろと言われたもののどうするつもりなのか。そんなことを考えていると、徐に尚哉の頭がコテンと春翔の肩に乗せられた。春翔は「おおっ……!」と感動した。確かにこれは仲良さげだ。ニコニコしながら前を向いていると、雄輔が締めの挨拶を始めた。

皆で画面に向かって手を振る。すると突然、肩に乗っていた尚哉の頭が動き、首を伸ばして、春翔のうなじに噛みつく様な仕草をした。

「ひっ」

ガチッという歯と歯が合わさる音が耳のすぐ近くで聞こえて、思わず恐怖で小さな声が漏れてしまう。慌てて尚哉の方を向くと、尚哉は目を細め満足そうに微笑んでいた。

そのまま監督の「カット!」という声がかかり、撮影は終了した。

「良かったよ~~!」

マネージャーが走ってくる。春翔と尚哉の頭をワシャワシャと掻きまわし「こんなん絶対バズるよ!」と大喜びだ。

有紀の方を見ると、哀れんでいるような?何とも言えない表情をしていた。そしてその奥に居る雄輔。表情が無い。目が死んでいる。

──あ、怒ってる。

「なあ雄輔……」
「お先に失礼します。お疲れ様でした」

雄輔は春翔の声掛けを無視し、スタッフに挨拶だけすると一人でスタジオを出て行ってしまった。

「なあ待てって!」

春翔が急いで後を追おうとすると、尚哉に声を掛けられた。

「春翔さん、雄輔さんによろしく」

「おう!」と返しながらも、春翔はまた尚哉のことが分からなくなってしまっていた。急にどういう心境の変化があったのだろうか。それに、春翔に噛みつこうとした時の尚哉の目、妙な熱を感じて、怖かった。

尚哉は尚哉だ。だけど、昔とは何か違うものになってしまったのかもしれない。
そんな気がしてしまったのだ。


***


「おい雄輔!」

雄輔に追いつき、その腕を掴む。

「何怒ってるんだよ」

そう言って雄輔の顔を覗き込むと、雄輔は怒ってはいない様だった。どちらかというと、今にも泣き出してしまいそうな、辛そうな顔をしていた。

「ちょっとこっち」

雄輔を引き摺って、近くの用具室に入る。こんな姿を誰かに見られてしまったら雄輔のイケメン王子様キャラが崩れてしまう。

「雄輔ってば。ここでなら話して良いだろ?」
「嫌だった……」
「え?」
「お前と尚哉が楽しそうにしてるのが……」

予想していなかった返事が返ってきて、驚いてしまう。

「お前俺と尚哉が仲悪い方が良いの?」
「そうじゃないけど」

全く訳が分からない。

「俺に分かる様に言ってくれよ」
「…………嫉妬」
「ん?」
「嫉妬したんだ」

瞬間、雄輔に手首を掴まれ、壁に押し付けられる。そして、そのまま何か熱いものが唇に押し付けられる。それが雄輔の唇だとちゃんと認識出来たのは、雄輔の顔が離れていってからだった。

「な……」
「俺達恋人だろ?」
「いやでも」
「ならこんなことするのは当たり前だよ」

もう一度、雄輔の唇が春翔の唇に重なる。今度はさっきよりも深い。舌が入ってくる。喉奥まで入り込もうとするそれに生理的な拒絶反応が出て涙が浮かぶ。雄輔はそれが分かっているはずなのに、一向にやめてくれない。マジかよこれが俺のファーストキスなのか。そう思ったら、もの凄い怒りと力が湧いてきた。

「このやろっ……!」

身を捩り、雄輔に勢いよく体をぶつけた。雄輔がよろめいて離れていく。

「おっ前なあ! いきなり過ぎだろ!」

春翔が雄輔にそう言うと、俯いていた雄輔の足元に水滴が落ちた。それが、少しの間を開けてポツンポツンと続いて落ちていく。

そう、雄輔は泣いていた。
春翔はそんな雄輔を唖然として見つめる。

「おっっれはお前のっうなじにっ噛みついたことないっし……」
「噛みつかれてないよ……」

しゃくりあげながら必死で言葉を紡いでいる彼に「フリだよ」、と言ってやったのを聞いているのか聞いていないのか、雄輔はかまわず話し続ける。

「おれがっさわっっっても全然っ反応っしてくれないっし!」
「お前とはいっつもだからじゃん」

鼻を啜りながら号泣している雄輔も見て、どんどん怒りが収まっていくのを感じていた。
それに、流石にどんなに鈍い春翔にも分かってしまった。

「お前、俺のこと好きなの?」

春翔がそう言うと、雄輔が、ぐちゃぐちゃの泣き顔のまま顔を上げる。
そして、小さく「うん」と言って頷いた。そしてまた号泣し始める。

「ごめんっっだから俺っっお前とっ恋人になりたくってっ」
「うんうん」
「お前がっ恋にっ興味あるっってっ言うからっ」
「うんうん」
「勢いでっ恋人になってっっ刷り込もうっってっ、なし崩しで持っていこうとっっ」
「うんうん。 ええ……?」

春翔がとんでもないことを言う。

正直、今目の前にいる雄輔はむちゃくちゃ格好悪いし情けないしズルい奴だけど、全然嫌いになれない。無理やりキスされたりしたのに。雄輔以外のやつにされたらどうだろう?謝られても泣かれても到底許してやれそうにない。それってそういうことなんじゃないのか?

「いつから俺のこと好きなの?」

雄輔の涙を拭ってやりながらそう尋ねる。

そうすると、雄輔がポツポツと語り始めた。好きになったのはオーディション番組で出会ってしばらくしてから。雄輔は最初、プロデューサーが推してると噂だった春翔と仲良くなることでカメラにたくさん映してもらうことと、セット売り、つまりは「カップリング営業」を狙っていたらしい。雄輔が始めに受けて落ちたオーディションでは、実力も無いのにプロデューサーに気に入られていたり、そういう営業が上手くて合格した子がいた。だから、愛想を良くしてから俺に近付いたらしい。そう思っていたのに春翔が思った以上に下手くそだったため、本気でやらないとむしろ一緒に落ちると気づき、死に物狂いで教えてくれたとのことだ。

そうやって必死で俺の世話を焼いている内に、感覚や趣味が合うことが分かったりして、俺のことを好きになったと。

「なんかごめんな……」

話を聞いている内に春翔の方が申し訳なくなってきた。春翔の謝罪を聞き、雄輔が首をブンブンと振る。

「"雄輔君の優しさにたくさん助けられました。ここでもし僕が不合格になっても彼は僕の一生の友達です"」
「それって……」

雄輔が、一言ひとこと大切そうに、噛みしめる様に言う。それは、春翔がオーディションの結果発表前にカメラの前で言った言葉だった。

「嬉しかった。俺のことを優しいって一生の友達だって言ってくれて」

「でも」と雄輔が続ける。

「同じくらい苦しかった。俺は打算でお前に近付いたし、既に下心があったから」
「おおう……」

明け透けなもの言いに思わず照れてしまう。

「お前の言葉にふさわしい人間になろうと思って、頑張った。良い友人で、優しい人間であろうとした。でもさ、やっぱり俺はそうじゃないから」

雄輔がまた下を俯いてしまう。

「自分だって狙ってたのにカップリング営業に怒ったり、嫉妬してお前に無理やり、あんなことして……優しくないんだ」

そこまで言って雄輔が何も喋らなくなる。

雄輔は自分を優しくないと言うが、本当にそうだろうか?今まで一緒に過ごしてきて、雄輔のことを優しくないと感じたことは一度も無かった。その優しさは、偽物なんかじゃなかった。

「"優しい人"を演じられる人は、もう優しい人だよ」

春翔はそう言って、雄輔の頬を包んで顔を上げさせた。

雄輔は不安そうな顔をしていた。春翔と雄輔は親友で、いっつも同じことを考えていて。だから、これはそうなんだろ?今まで気が付かなくてごめん。そんな気持ちを込めて、雄輔の唇に自分のそれを押し当てた。下手くそなキスだ。だけど、それが春翔の精一杯の気持ちだった。

「俺もお前のこと好きだよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないって」

秘密を持たれて悲しかったこと、手を繋いで胸が温かくなったこと、耳まで紅くする姿を愛おしいと思ったこと、キスされて嫌じゃなかったこと、それに今、雄輔から話を聞かされた後のこの気持ち、きっとこれが恋なんだ。

「……本当に?」
「うん」
「俺と同じ?」
「うん」
「俺お前とキスしたいと思ってるし」
「今俺もしたじゃん」
「セックスしたいし」
「セッ……!?まあこれから後々……な?」
「……ッ春翔!!!」

雄輔が勢いよく飛びついてくる。その勢いのまま、2人で床に倒れ込む。床は冷たいし固いし、体は痛いし、雄輔は涙と鼻水が固まってパリパリになったままの酷い顔だし、ムードもクソも無いけれど。すごく幸せな気持ちだった。ふと、ことの発端を思い出す。

「あー……ファンに申し訳ないな」
「大丈夫大丈夫。俺達が幸せならファンも喜ぶよ」

春翔が言うと、雄輔が春翔の首元に顔を埋めたまま簡単に答える。勿論、公にしたりはしない。絶対バレない様にするのがファンに対しての礼儀だ。だけど、雄輔には春翔の比では無いくらいリア恋ファンがいると言うのに。

「お前、何かキャラ違わない?」
「有紀がいつも言ってるだろ? 俺腹黒なんだって」
「自分で言うなよ」

そうやって2人で笑っていると、何かを思い出したかの様に急に雄輔が起き上がった。
そして、先ほどまでのにやけ面はどこにいったのか、真面目な顔で春翔に言い聞かせてくる。

「お前さ、もう尚哉とは2人きりにならないでよ」
「何でだよ」
「そりゃあ……いや! 何でもない! とにかく駄目!」
「ええ~でも尚哉と仲良くしたい……」
「お前まさか尚哉本人にそんなこと言ってないよな?」
「……イッテナイヨ」

「絶対言ったろ!」と雄輔に肩を揺さぶられる。揺さぶられながら、春翔は雄輔の必死な顔を眺めた。イケメンだ。こんなに格好良いのにすごく可愛いんだ。そして努力家で優しくて一途で、春翔のことを好きだと言ってくれる。これは"リア恋"にもなる。

「分かった!?」
「うんうん。お前のことが一番好きだよ」

そう言ってやると、雄輔が顔を真っ赤にした。可愛い。

雄輔が「お前、リア恋営業やめろよ……」と小さく呟く。

──なんだ、また同じことを考えていたのか。

そう思って、春翔はまた笑った。


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