アナグシマンドホス

壱(いち)

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けたたましいサイレンと足音。
自動スライド式ドアを開けて部屋に入ってきたのは白衣を着た数名の男。
ただ一人、部屋に籠もっていた男は驚く事もなくガラス張りになった隔離室にいた。

「漸く君の出番だ。長い間、待たせたね」

独特の薬品の匂いは人命を守るための命綱。長い間、氷漬けにされているだけでは凍死してしまうからだ。
カラカラとキャスターを転がし、室内の真ん中へと運ぶ男は外野の喧噪を余所に酷く冷静で近くに人がいれば声をかけるのも躊躇する雰囲気。
ただ、室内に入った当初よりも表情は柔らかい。

「やはり、君が睨んだとおり、まんまと手を翻したよ」

繋がる管を丁寧に手繰り寄せ、延命維持装置に似た機械を手繰り寄せた手は少し厚手のゴム手袋で覆われている。

「彬」

凍った人体はさぞかし冷たいんだろう。
青白く霜を噴くように真っ白な顔や体。
包まれていた銀色の布のような物は床へ無造作に放り投げられていた。
男は横になる人体をそのままに、赤く灯りが灯る大型のヒーターをコロコロとキャスターで転がして人体に向けスイッチを入れる。一台だけでなく計三台を利用して温めるかのように。
 
「あとは血液か」

きびきびと動く男は循環系の機械を運び寄せ、新たに注射器などを用意して黙々と作業に集中する。
隔離した部屋の外は桁違いに騒々しい足音と怒声や悲鳴に似た声に包まれていた。

「よし、これで……」
「崎室長!早く避難をっ」

自動ドアを開けて男を呼ぶのは年若い男。

「先に行きなさい」
「室長……!」

未だ作業に専念する崎に男は横たわるものを見て口を閉じ、何かを察した。

「必ず、必ず来てくださいね!」
「……ああ」

元気のいい男に相槌をうち、笑う。
諦めるように男は部屋から遠退き、まだ近くにいる人たちに声をかけ避難を呼びかけた。

「彬、起きたらびっくりするだろうね。眠ってる間にお台場が出来た」

君はどんな顔をするだろう。見れないのが残念だ。そっと頬に手を寄せるが人の温かさは分からない。

崎 浩輔、大神薬品第二研究所室長。
大神薬局、周辺の爆破まで、あと六十秒をきっていた。




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