エメラルド TSUTSUJI

壱(いち)

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おいおい、いくらなんでもやり過ぎじゃないか?
転校生は理事長の親戚だと聞いてる。身内だから可愛がるって気持ちが先だって空回りするのは分からなくもないが、身内を簡単に切り捨てられるものだろうか。

エレベーターの側の角を曲がり、行き止まりの非常階段に出られるドアがあるところまで行き、壁に寄りかかる。
理事長宛てにメールを作成し、送信すると一分も経たずに返信がきた。
仕事してるんだろうか、あの人は。

許可を得たので理事長室に向かうため、生徒会や風紀などが使う専用エレベーターに乗り込む。
やけに大事になった今回のことは確かに俺自身気分が悪いが、退学処分だなんて大袈裟すぎる。ましてあんなこと、この学校にいれば日常茶飯事のことだ。精々、処分しても期間はまちまちだけど停学で落ち着く。

理事長室のある階でエレベーターは扉を開いていく。シンと静まったフロアに出た俺は真っ直ぐ向かう。誰が出てこようが邪魔だから避けて歩けばいい。
綺麗な木彫りのドアの前まで来たらインターホンのボタンを押す。

『鍵は開いてる』

インターホン越しに誰とも問わず、聞こえてきた声は大人の男のもので低く、深いそれはこっちの聴覚から体へと染み込んでいくみたいだ。
相変わらずいい声してるな。思わず苦笑い、ドアノブを手で回して開ける。

開けたら開けたで、下を見ていた俺はドアの側に人がいるとは思わなくて、驚いて顔を上げるとドアノブを掴んでいた手首を掴まれて引き込まれるように理事長室へ入らされた。

呆気にとられていた俺は抱き込まれていて、ちょうど額が肩にあたり、嗅ぎ慣れた香水に相手が誰だか分かる。

「理事長」
「今は二人きりだ。いつものように呼んでくれ」

理事長と呼べば、少しムッとした声を出され可笑しくて笑い出す。控えめに笑っていると後頭部の辺を手で撫でられて、漸く抱き込んでいた腕の力が弱くなる。それにつられるように少し体を離して顔を見上げれば、鋭利な印象を見る者に与える強い力のある目と目があった。

そんじょそこらにいる俳優に引けを取らない顔のつくりは、例えなんか思い浮かばないくらい整っていて、少し日に焼けた肌に茶色っぽい瞳。髪は赤みがかった茶色で梳かれた毛先はワックスで遊ばせてる。前髪が斜めに切られていて、左側だけ長い。

一度瞬きして見返したら笑みが広がって目元が和らいだ。見ていて凄く眼福な男。

「呼んでくれないのか?」

少し屈んで人の耳元を吐息と声で擽る。シャワーのお湯が項にあたるみたいにゾクゾクしてきた。

「緋曜さん」
「久しぶりに会えたな」

折角離れた体も抱きしめられて密着する。背に腕を回して久しぶりと返した。
頭の上でクスクス笑う緋曜さんは凄く珍しい。楽しげだ。

「ソファーに座ろう。飲み物はカフェオレ?」

肩を組む形になって誘導されていたけど、ソファーまでの短い距離でその腕が腰にまわされる。

「飲み物は」
「いらない?そんなに早く寮に帰りたいのか」
「緋曜さん」

俺の隣に座る緋曜さんの手に頬を撫でられながら、最後まで言わせて欲しいとお願いする。
前に来た時も、その前に来た時もカフェオレを飲んでいたから断ると思ったんだろうか。
寂しそうな表情も恰好いいから見てるこっちとしては嬉しい気持ちが大きいんだけどさ。

「他に飲み物はありますか?」
「珈琲に紅茶、緑茶と牛乳」

あとはなんだったかな。
思い出そうとする緋曜さんは頬から手を離して重厚な机の方を見ている。
機嫌が直ったようで良かったような、残念なような。

「ミルクティーがいいです」

なんとなく無難?
そう言うと分かったと言った緋曜さんは立ち上がって取りに行く。
もしかして紅茶から煎れるのか?まさか・・・。
秘書の人は帰ったみたいだし、緋曜さん自らとかちょっと心配になってきたんだけど失礼かな。

ぽけーっとソファーに座っていると携帯が震えだす。あ、八雲からだ。
二つ折りの携帯を開けば、八雲からのメール。部屋にいないから心配してるって、連絡するの忘れてた。
八雲宛てのメールを作成し送信すると緋曜さんがティーカップの乗ったトレイを持って戻ってくる。

「人が目を離すと直ぐ浮気するよな、都築」
「浮気って・・・」
「人の気も知らないで」

テーブルに二つのカップを置いたら元いた場所に戻る緋曜さんにまるで恋人同士みたいなことを言われて、可笑しくなってしまう。

「拗ねてます?」
「相手が気になるだけだ」
「同室者です」

それを拗ねてるっていうんだと思ったが言わずにおこう。
綺麗な顔で嫉妬してるのも見てみたいけど後が怖い。

「メールで急に来るって言うから、何事かと思ったぞ」
「それはこっちのセリフです」

温かいミルクティーを一口飲み、ソーサーごとテーブルに置く。なんだこれ、凄く美味い。
雰囲気は優雅に、ミルクティーの香りを楽しむ緋曜さんに切り返せばきょとんとしたあとに吹き出して笑う。

「あぁ、うちの親戚のことか」
「退学ってなんですか、たかがあんなことで」
「・・・・・・たかがねぇ」

ミルクティーを飲み、ソーサーとカップを置いた緋曜さんは俺と向かい合って人の額を人差し指で一度つつく。

「痛!」
「そんなもんじゃないな、あいつがしたことは。出来れば抹殺したいくらいだ」
「物騒なことサラッと言わないでください」

この人が言うとシャレにならない。

「こっちも言い分は聞いた上で決めた結果だ。映像証拠まであれば腸が煮えくり返る」

その時のことを思い出したのか俺から顔を背けた後、一瞬目を細めた緋曜さんは冷めざめとした笑みを浮かべて、どこを見ているのか分からない。








20160215.
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