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三章 一年目ふゆの月
30 ふゆの月25日、異国の王子様③
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ハニーブラウンの髪はクリンクリンと天使のようにカールしていて、その顔はやはり精巧な人形のように整った面立ちをしている。白い陶器のような肌が似合いそうなものだが、その肌は浅黒い。その肌の色は、明らかにこの国の人間ではないと分かるものだった。
「こんにちは。貴女がイーヴィン嬢かな?私の名前はハリーファ。遠い異国の地からやって来た一般人だ。この島は、とても穏やかで住みやすそうだね。もしかしたら長い滞在と言わず永住になるかもしれない。よろしく頼むよ」
わざわざ一般人と言うあたり、明らかに一般人ではないのだろう。
そもそも、男が一人で挨拶に来るのに、こんなじいやみたいな男をお供にするのも普通とは言い難い。
ハリーファを確認するように見つめて、それから戸惑うように老人を見れば、彼はシルキーの困惑を察してサササッと近くに寄って来た。
「坊っちゃまは、とある事情でこの島に逃げて参りました。ご迷惑はお掛けしないように致しますので、せめて、この島にいる間は仲良くして頂きたいのです」
ハリーファに聞こえないように囁いた老人は、そのまま「後生です」と深々と頭を下げた。
年齢的にはシルキーの方が老人よりも年上だが、老いた人間にそう言われては無碍にもしづらい。
どうやらハリーファはシルキーをイーヴィンと勘違いしているようなので、それを良いことに彼は彼女のフリをすることにした。
そうすることで、イーヴィンが少しでも穏やかに生活出来ると思ったからだ。
男性でなければここまでしないが、男性である上に訳ありとあっては、イーヴィンがどんな事件に巻き込まれるか分かったものじゃない。
敷地内ならシルキーがどうにでも出来るが、それ以外ではどうにもならないのだ。
彼女に近づく男は、全て排除する。
彼は未だに、イーヴィンが過去の出来事が原因で男性不信気味だと勘違いしたままだった。
シルキーはハリーファを見つめてから、静かに半歩下がった。両手でスカートの裾をつまみ、軽く上げる。その上で、腰を曲げて頭を深々と下げた。
貴族令嬢がするような、丁寧な挨拶である。
深窓の令嬢のような彼がすると、うっとりとため息が漏れるほど美しい。
思わず目を見張って見つめてくるハリーファに、シルキーはこれでこいつはこの家に近づかないだろうと内心で安堵した。
訳ありのお偉いさんならば、こんな田舎にいるお嬢様には近づかない。
どんな事情でここへやって来たのか知らないが、少なくとも自ら問題を起こすようなことはしないだろう。訳あり同士、適当に距離を取るはずである。
案の定、ハリーファは戸惑ったようだ。しきりに老人へ、助けを求めるような視線を向けている。
「で、では、また、そのうち会おう。うん、では、またな」
ぎこちなく挨拶をして踵を返すハリーファの後を、老人が静々と付いていく。
敷地を出てから走り去るように消えていった主人の代わりに、老人は深々とシルキーへ頭を下げた。
そんな彼らを「もう二度と来ないでください」とばかりに、にこやかな笑みを浮かべながら手を振って見送ったシルキーは、イーヴィンの穏やかな日常を守れたことに、使命感が満たされるようだった。
扉を閉め、足取り軽く自室へ戻る彼は、知らない。
ハリーファこそイーヴィンの婿候補の一人であり、たった今、彼とイーヴィンの恋愛フラグをへし折ったなんて、分かるはずもないのだ。
イーヴィンの、この先の人生設計に婿は必須なのだが、シルキーは知る由もない。
なぜだかご機嫌な様子で戻ってきたシルキーに首を傾げながら、イーヴィンは用意したお茶がそんなに美味しかったのかしらと呑気にお茶を啜る。
まさかローナンに次ぐ人気を持つ、異国の王子ハリーファが彼女に会いに来ていたなんて気づくことなく、常備されているビスケットをカリカリと齧った。
「こんにちは。貴女がイーヴィン嬢かな?私の名前はハリーファ。遠い異国の地からやって来た一般人だ。この島は、とても穏やかで住みやすそうだね。もしかしたら長い滞在と言わず永住になるかもしれない。よろしく頼むよ」
わざわざ一般人と言うあたり、明らかに一般人ではないのだろう。
そもそも、男が一人で挨拶に来るのに、こんなじいやみたいな男をお供にするのも普通とは言い難い。
ハリーファを確認するように見つめて、それから戸惑うように老人を見れば、彼はシルキーの困惑を察してサササッと近くに寄って来た。
「坊っちゃまは、とある事情でこの島に逃げて参りました。ご迷惑はお掛けしないように致しますので、せめて、この島にいる間は仲良くして頂きたいのです」
ハリーファに聞こえないように囁いた老人は、そのまま「後生です」と深々と頭を下げた。
年齢的にはシルキーの方が老人よりも年上だが、老いた人間にそう言われては無碍にもしづらい。
どうやらハリーファはシルキーをイーヴィンと勘違いしているようなので、それを良いことに彼は彼女のフリをすることにした。
そうすることで、イーヴィンが少しでも穏やかに生活出来ると思ったからだ。
男性でなければここまでしないが、男性である上に訳ありとあっては、イーヴィンがどんな事件に巻き込まれるか分かったものじゃない。
敷地内ならシルキーがどうにでも出来るが、それ以外ではどうにもならないのだ。
彼女に近づく男は、全て排除する。
彼は未だに、イーヴィンが過去の出来事が原因で男性不信気味だと勘違いしたままだった。
シルキーはハリーファを見つめてから、静かに半歩下がった。両手でスカートの裾をつまみ、軽く上げる。その上で、腰を曲げて頭を深々と下げた。
貴族令嬢がするような、丁寧な挨拶である。
深窓の令嬢のような彼がすると、うっとりとため息が漏れるほど美しい。
思わず目を見張って見つめてくるハリーファに、シルキーはこれでこいつはこの家に近づかないだろうと内心で安堵した。
訳ありのお偉いさんならば、こんな田舎にいるお嬢様には近づかない。
どんな事情でここへやって来たのか知らないが、少なくとも自ら問題を起こすようなことはしないだろう。訳あり同士、適当に距離を取るはずである。
案の定、ハリーファは戸惑ったようだ。しきりに老人へ、助けを求めるような視線を向けている。
「で、では、また、そのうち会おう。うん、では、またな」
ぎこちなく挨拶をして踵を返すハリーファの後を、老人が静々と付いていく。
敷地を出てから走り去るように消えていった主人の代わりに、老人は深々とシルキーへ頭を下げた。
そんな彼らを「もう二度と来ないでください」とばかりに、にこやかな笑みを浮かべながら手を振って見送ったシルキーは、イーヴィンの穏やかな日常を守れたことに、使命感が満たされるようだった。
扉を閉め、足取り軽く自室へ戻る彼は、知らない。
ハリーファこそイーヴィンの婿候補の一人であり、たった今、彼とイーヴィンの恋愛フラグをへし折ったなんて、分かるはずもないのだ。
イーヴィンの、この先の人生設計に婿は必須なのだが、シルキーは知る由もない。
なぜだかご機嫌な様子で戻ってきたシルキーに首を傾げながら、イーヴィンは用意したお茶がそんなに美味しかったのかしらと呑気にお茶を啜る。
まさかローナンに次ぐ人気を持つ、異国の王子ハリーファが彼女に会いに来ていたなんて気づくことなく、常備されているビスケットをカリカリと齧った。
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