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五章
57 思い悩んだ末に
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ロキースのことは、好きだ。
その気持ちは、エディの心の奥底で、限りなく恋に近い感情に育ちつつある。
だが、ロスティの大使館で初めて感じた罪悪感は、日増しに強くなっていく。
罪悪感が増すごとに、エディの足はロキースの家から遠のいていった。
大使館へ行く前は二日に一回はお茶をしに行っていたのに、三日に一回、四日に一回と、どんどん間が空いた。
とうとう一週間空けることになった日の朝、夜勤明けにエディは倒れた。
「知恵熱ですね」
慌てふためく両親に緊急だと連れてこられた医者は、迷惑そうな顔でそう告げた。
「へ?」
「嘘でしょう?」
馬で乗り込んで来て「娘が死ぬ!」と騒ぎ立てられたから、さぞ緊急だろうと急いで来てみれば、患者はただの知恵熱。医者がそうなるのも無理はない。
しかし、両親がそうなるのも無理からぬことなのだ。エディは健康優良児で、風邪だってほとんどひいたことがない。
そんな彼女が目の前で倒れたのだから、そりゃあ血の気も引く。
「知恵熱は、赤子が発症するものだがね。大人だと、ストレス性高体温症と言う」
まさか知恵熱だなんて思ってもみなかった両親は、緊張の糸が切れたようにヘナヘナと床に座り込んだ。
そんな両親に、医者は淡々と答える。
「原因は、強いストレスや極度の緊張状態。又は、長期に渡るストレスや疲れ。ヴィリニュスのお嬢さんなら、思い当たる節など山ほどあるでしょう。風邪ではないので、薬では治せません。とりあえず、しばらくはゆっくり休ませてください」
ポカンと気の抜けている両親に代わり、ミハウの傍に控えていたエグレが「畏まりました」と医者に答える。
帰る医者を見送るために両親とエグレが退室すると、部屋にはエディとミハウの二人きりになった。
「大丈夫? エディタ」
「大丈夫。お医者さんだって言っていたでしょう? ただの知恵熱だってさ」
エディが横になっているベッドの端に、ミハウは腰掛けた。
今日の彼は体調が良いのか、顔色は悪くない。対するエディはミハウと相反するように顔が赤い。
いつもと逆の体勢に、エディは「変なの」と笑った。
「知恵熱だって、熱があったら辛いでしょ」
「そうだけど……」
「……ねぇ、エディタ。知恵熱の原因に、思い当たることがあるんでしょう? それは、僕に相談出来ないこと?」
どうやら、ミハウにはお見通しだったようだ。
そう。エディのストレスの原因は、夜通しの見張りではない。
休んだところで、原因を取り除くことは出来ないのだ。
「ミハウ……」
「僕じゃ駄目ならリディアでも良いよ。それでも、言えない?」
「言えないっていうか……言っても仕方のないことなんだよ」
「仕方がないことだとしても! 一人で抱え込んでいたから、こんなことになっているんでしょ⁉︎ だからさ、ね? 話せそうなら話してよ」
その気持ちは、エディの心の奥底で、限りなく恋に近い感情に育ちつつある。
だが、ロスティの大使館で初めて感じた罪悪感は、日増しに強くなっていく。
罪悪感が増すごとに、エディの足はロキースの家から遠のいていった。
大使館へ行く前は二日に一回はお茶をしに行っていたのに、三日に一回、四日に一回と、どんどん間が空いた。
とうとう一週間空けることになった日の朝、夜勤明けにエディは倒れた。
「知恵熱ですね」
慌てふためく両親に緊急だと連れてこられた医者は、迷惑そうな顔でそう告げた。
「へ?」
「嘘でしょう?」
馬で乗り込んで来て「娘が死ぬ!」と騒ぎ立てられたから、さぞ緊急だろうと急いで来てみれば、患者はただの知恵熱。医者がそうなるのも無理はない。
しかし、両親がそうなるのも無理からぬことなのだ。エディは健康優良児で、風邪だってほとんどひいたことがない。
そんな彼女が目の前で倒れたのだから、そりゃあ血の気も引く。
「知恵熱は、赤子が発症するものだがね。大人だと、ストレス性高体温症と言う」
まさか知恵熱だなんて思ってもみなかった両親は、緊張の糸が切れたようにヘナヘナと床に座り込んだ。
そんな両親に、医者は淡々と答える。
「原因は、強いストレスや極度の緊張状態。又は、長期に渡るストレスや疲れ。ヴィリニュスのお嬢さんなら、思い当たる節など山ほどあるでしょう。風邪ではないので、薬では治せません。とりあえず、しばらくはゆっくり休ませてください」
ポカンと気の抜けている両親に代わり、ミハウの傍に控えていたエグレが「畏まりました」と医者に答える。
帰る医者を見送るために両親とエグレが退室すると、部屋にはエディとミハウの二人きりになった。
「大丈夫? エディタ」
「大丈夫。お医者さんだって言っていたでしょう? ただの知恵熱だってさ」
エディが横になっているベッドの端に、ミハウは腰掛けた。
今日の彼は体調が良いのか、顔色は悪くない。対するエディはミハウと相反するように顔が赤い。
いつもと逆の体勢に、エディは「変なの」と笑った。
「知恵熱だって、熱があったら辛いでしょ」
「そうだけど……」
「……ねぇ、エディタ。知恵熱の原因に、思い当たることがあるんでしょう? それは、僕に相談出来ないこと?」
どうやら、ミハウにはお見通しだったようだ。
そう。エディのストレスの原因は、夜通しの見張りではない。
休んだところで、原因を取り除くことは出来ないのだ。
「ミハウ……」
「僕じゃ駄目ならリディアでも良いよ。それでも、言えない?」
「言えないっていうか……言っても仕方のないことなんだよ」
「仕方がないことだとしても! 一人で抱え込んでいたから、こんなことになっているんでしょ⁉︎ だからさ、ね? 話せそうなら話してよ」
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