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四章

54 見方が変われば

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「──というわけで、ヴィリニュスの鍵は、現在、ロスティ側の魔の森の中を移動中なんです。ですから、鍵を奪還するために、僕が立ち入る許可を得たい。どうか、お願いします」

 エディの説明に、ジョージは「ふむ」と考え込むように顎に手を置く。

 理知的な眼鏡の奥で、意地悪そうな目がキランと輝いたのは見間違いだろうか。

(いや、見間違いなんかじゃない。きっと、何か言われるに決まってる!)

 アポ無し訪問の対価が公開抱っこなのだ。

 まだ数回しか会っていないが、彼の性格があまり良いとは言えないことは分かる。

(一体、何を対価に要求されるのだろう……)

 緊張に、喉が乾く。エディの喉が、ゴクリと鳴った。

 身構えるエディに、ジョージはククッと笑う。

 悪人のような笑みに、エディはピャッと体を震わせた。

 そんなエディを見たロキースが、威嚇するようにジョージを睨む。

 ジョージは軽く肩を竦めると、それから胡散臭いくらい爽やかな笑みを浮かべた。品行方正な騎士のように。

「なるほど。では、その鍵さえ手に入れることが出来れば、あなたは前向きにロキースとの今後を考えてくれる、というわけですね?」

 エディが森守であるヴィリニュス家の者だと、ジョージは既に知っている。

(おかげで話の理解が早くて助かるな)

 勝手に調べられたのは癪だが、先に悪いことをしたのはエディの方なので文句は言えない。

(一番悪いのはリディアですけどね!)

 おそらく、エディが多忙な理由も知っているのだろう。

 その理由さえ解消すれば、彼女がヴィリニュス家に固執する理由はなくなり、普通の女の子のように──そう、リディアとルーシスのように上手くいくと思っているに違いない。

「まぁ、そういうことにならなくもない……ですかね?」

 確かに、間違いではない。

 エディは鍵のことが無くてもロキースとの今後を前向きに考えることに決めていたが、黙っておいた。

 取引は、優位に立っていた方が良い。ジョージが食わせ者ならば、尚更に。

 しばらくして、ジョージは「良いでしょう」と言った。

「そうですね……一月ひとつき、時間を頂けますか? それでなんとかしましょう」

 ジョージの提案に、エディはあからさまに落胆の色を見せた。

 だって、本当は今すぐにでも片付けたい。

 ヴィリニュスの鍵さえあれば、トルトルニアの人々は怯えながら暮らすことがなくなるのだ。

 どんなにエディたちヴィリニュス家の人々が頑張っても、防護柵の扉が開いているか閉まっているかでは全然違う。

 一刻も早く村人たちに安寧を、とエディは願ってやまないのである。

 そんなエディを見て、つられたようにロキースも情けない表情になる。

 どうにかならないのか、とロキースに責めるような目で見られても、ジョージにだってどうにもならないことはある。

「ロキース」

 諦めてくださいと言外に含ませて、ジョージは彼の名前を呼んだ。

「すみません、力不足で。前にも言いましたが、私の地位はそんなに高くない。国からは、獣人に関わることはある程度自由にして良いと言われていますが、それでも、限界はあります。魔の森にただ入るだけならば、一週間もあれば許可は得られます。ですが、鍵を魔獣が所持していたら? もしかしたら、捕獲するだけでは済まないかもしれない。ロスティは魔獣を大切にしています。いつか獣人になるかもしれませんから。殺さなくてはいけなくなった場合、あなたはどうするのですか? 私は最悪の場合も含めて、国に許可を取らなくてはならない。だから、一月かかると言っているのです」

 そこまで考えていなかったエディは、ジョージの言い分に何も言い返せなかった。

(もしも魔獣がヴィリニュスの鍵を持っていたら、仕留めれば良いと思ってた……でも、そうだよね。もしかしたらその魔獣も、ロキースみたいに誰かに恋をして獣人になるかもしれない。そうしたら僕は、今まで、ロキースみたいになるかもしれなかった魔獣たちを殺していたってこと……⁉︎)

 そこまで思い至って、エディは震えた。

 もしかしたらエディは、恋する健気な魔獣を殺したのではないか。

 そう思ったら、堪らなく怖くなった。

 肩を落とすエディの頭を、ロキースが慰めるように撫でる。

 優しい温もりが、今は罪悪感で苦しい。
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