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三章

42 特別のはなし

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 エディの努力は、トルトルニアの人々にとっては当たり前のことだった。

 そして、彼女の両親からしてみたら、その努力は不必要なものだった。

(こんな特別、ある?)

 誰にも褒めてもらえなかったのに、ロキースだけが褒めてくれた。

(これって、僕が求めていたものじゃないの?)

 王子様じゃなくていい。庭師とか、門番とか、村人Aだって構わない。誰か一人の特別になれたら、それは幸せなことだろう。

 どうやったら、そんな存在になれるのだろうと思っていた。

 守りたくなるような、か弱い女の子?

 眉目秀麗な、気品のある女の子?

 それとも、才色兼備な女の子?

 降って湧いたようなロキースという存在に、エディは今更ながらに困惑した。

(どうして、この人は僕に恋をしてくれたのだろう?)

 話を聞く限り、少なくとも五年前には既にエディが好きだったようだ。

 だって彼は、『好きな子が傷付く姿は見ていて気持ちがいいものじゃない』と言っていた。

(じゃあ、一体、いつから好きだったっていうの……?)

 いつ?

 どこで?

 どのように?

 エディの頭は、疑問でいっぱいだ。

 だって、お伽噺のお姫様には、必ず好かれる要因がある。

 薔薇色の唇だとか、魅惑の声だとか、小鳥さえ味方する健気さとか。

 エディのどこに、惹かれるものがあったのだろう。

「エディ?」

 熱心に考え事をしていたら、知らずロキースを見つめていたらしい。

 おずおずと「どうした?」と問いかけてくるロキースに、エディはなんでもないと顔を背けた。

 恋なんて、ずっとずっと先のことだと思っていた。

 あと一年で十六歳。そうしたら結婚出来る年齢になるけれど、やっぱりそれも、ずっと先だと思っていた。

(あぁ、もう、どうしよう)

 エディはもう、好きになっちゃいそう、なんて言えなかった。

 なっちゃいそう、なんてものじゃない。

 こんな特別扱いを受けて、好きにならないなんてことがあるだろうか。

(あるわけない)

 少なくともエディは、ロキースのその気持ちが嬉しくてたまらなかった。

(これは、好き……なんだろうな)

 心に宿ったこの気持ちが、どういう意味の好きなのかはまだ分からない。

 友愛のようでもあるし、限りなく恋に近いような気もする。

(友情と恋の線引きは、どこにあるんだ?)

 お伽噺に、そんなことは書いていない。

 王子様はお姫様に恋をして、めでたしめでたしなのだから。

(さぁ、どうしたものか……)

 森守の仕事は大事だ。

 だけど、そのために、ロキースを遠ざけることはしたくない。

 エディはギュッと拳を握った。

(両立できる方法は、あるはずだ)

 覚悟を決めて、ロキースを見る。

 甘そうな蜂蜜色の目が、甘ったるい視線をエディに向けていた。

(こんなに、甘かった……?)

 エディの感じ方が変わったのか。

 それとも、ロキースの視線に変化があったのか。

 どちらのせいかは分からない。

 エディは、むせ返りそうなくらい甘い視線に耐えかねたのを誤魔化すように、ティーカップへ手を伸ばした。
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