上 下
37 / 94
三章

37 かわいいがいっぱい

しおりを挟む
 絞り出された生地の真ん中にジャムがのったクッキーは、まるで花のようだ。

 差し出されたミルクティーを受け取りながら、テーブルに置かれた皿に並ぶ綺麗なクッキーに、エディは無意識に「かわいい」と呟いていた。

 自然に出た呟きは、本来の彼女らしい柔らかな音をしている。

 耳をくすぐる可愛らしい声に、ロキースの獣耳がピョコピョコ揺れた。

「気に入ってくれたのなら、良かった。ロスティの菓子屋で買ったのだが、多すぎて選ぶのが大変だったから」

 そう言って恥ずかしそうに鼻を掻くロキースに、エディの口から再び「かわいい」と漏れた。

 言わずもがな、クッキーの感想ではなくロキースに対してである。

 もしもこの場にミハウが居たならば、「エディタ、目は大丈夫か?」と眼科医を紹介したことだろう。聡いジョージが居たならば、「良いぞ、もっとやれ」と生温かく見守っていたに違いない。

 確かに、垂れ気味の蜂蜜色をした目は可愛いと言えなくもない。

 だが、それ以外のどこが可愛いというのか。

 一般的にはカッコイイ、もしくは美しいが妥当である。

 それでもエディが彼のことを可愛いと思ってしまうのは、彼が熊だからだ。

 今現在、彼女の頭の中では籠を持ったヌイグルミのような子グマが、たくさんのお菓子の前でウンウン頭を悩ませている。そんな健気なクマさんを助けてあげたいと、エディは胸をキュンキュンさせていた。

「ロスティのお菓子屋さんには、そんなにたくさんのお菓子が置いてあるんだ?」

「ああ。気に入ったのなら、また、買ってくる」

「ふふ。今度は違うものだと嬉しい」

「そうか」


 そう言って、ロキースは花が咲くように笑った。

 エディは、眩しいものでも見たように目を細める。あまりに綺麗過ぎて、目がシパシパしそうだ。

 可愛らしい子グマの妄想の後に、キラキラの笑顔を向けられる。

 そのギャップに、エディの胸は騒々しく騒ぎ立てた。

(可愛い上に綺麗とか、どうなっているんだ⁈)

 訳がわからない。

 見続けているのも辛くなって、エディは誤魔化すようにクッキーへ手を伸ばした。

 口に運んだクッキーは、思っていた以上に軽い食感だった。ホロホロとあっという間に口の中で溶けてしまう。

 トルトルニアにもクッキーはあるが、かたいものばかりだ。ミルクに浸して食べるのが、エディのお気に入りではあるのだけれど。

 指先についていた甘いイチゴジャムをペロリと舐めとって、エディは頬を緩ませた。

「ん……美味しいね、これ」

 その時、ゴキュリとおかしな音がして、エディは首を傾げた。

 一体何だと見回しても、当たり前だがエディとロキースしかいない。

 じゃあロキースが何かしたのかと彼を見ても、いぶかしげな顔をして、背後の窓を振り向いている。

 もちろん、外には何もない。

 まさか、エディの不意打ちのような色っぽい仕草に発情した熊が、生唾を呑み込んでいたなんて思いもしない彼女は、おかしいなぁと言いつつ二枚目のクッキーに手を伸ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃
恋愛
辺境の小国から人質の王女が帝国へと送られる。マリオン・クレイプ、25歳。高身長で結婚相手が見つからず、あまりにもドレスが似合わないため常に男物を着ていた。だが帝国に着いて早々、世話役のモロゾフ伯爵が倒れてしまう。代理のモック男爵は帝国語ができないマリオンを王子だと勘違いして、皇宮の外れの小屋に置いていく。マリオンは生きるために仕方なく働き始める。やがてヴィクター皇子の目に止まったマリオンは皇太子宮のドアマンになる。皇子の頭痛を癒したことからマリオンは寵臣となるが、様々な苦難が降りかかる。基本泣いてばかりの弱々ヒロインがやっとのことで大好きなヴィクター殿下と結ばれる甘いお話。全27話。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

四十二歳の冴えない男が、恋をして、愛を知る。

只野誠
恋愛
今まで恋愛とは無縁の冴えない男が恋をして、やがて愛を知る。 大人のラブストーリーとは言えない、そんな拙い恋物語。 【完結済み】全四十話+追加話  初日に九話まで公開、後は一日ごとに一話公開。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

デブでブスの令嬢は英雄に求愛される

陸路りん
恋愛
元のタイトル『ジュリア様っ!』から変更して副題のみにしました。 デブでブスな令嬢ジュリア。「私に足りないのは美貌と愛嬌だけよ」と豪語し結婚などとは無縁で優秀な領主としての道をばく進する彼女に突如求婚してきたのは魔王殺しの英雄ルディ。はたしてこの求婚は本気のものなのか、なにか裏があるのか。ジュリアとルディの人生を賭けた攻防が始まる。 この作品はカクヨム、小説家になろうでも投稿させていただいています。

処理中です...