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一章
19 森守の少女と獣人ロキース
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「……」
これまでの日々を思い出して、エディは沈黙した。
(我ながら、すごい変わりようだ)
白魚のようだった手は、すっかり日焼けしている。左手の親指の付け根は、弓を支えるせいで硬くなっていた。もう、令嬢の手ではない。
弓の名手として名を挙げて、トルトルニアの人々からも感謝の言葉を貰える。それはエディの自慢だったけれど、女の子としては規格外だろう。
エディは、自分は目の前で跪く男に似合わないと思った。
この綺麗な男の人は、リディアみたいに可愛らしい女の子にこそ相応しい。
大きな体は、きっと優しく包み込んでくれるだろう。
柔らかな髪の間に手を差し入れたら、きっと触り心地が良いだろう。
蜂蜜みたいな目で一途に見つめられたら、世界一甘い気分に浸れるだろう。
体の奥底まで沈み込んでくるような声で愛を請われたら、好きにならずにはいられない。
(ああ、これが──)
これが、ジョージの言う好みドンピシャというやつなのだろう。
リディアがコロリといってしまったのもよく分かる。
だって、目の前で跪く男は、本人でさえ知らなかったエディの好みそのものだった。
(僕にも、好みなんてあったんだ?)
驚きである。
女を捨てて五年。
リディアが言うように、お伽噺が好きだったり、恋に憧れたりと、捨てきれていない部分も多いが、それでも異性にときめくことなんて一度だってなかった。
(そりゃあ、そうか。だって、こんな人、トルトルニアにはいないもの)
大きな体に、低い声。
蜂蜜に緑をほんのちょっぴり混ぜたような不思議な色をした目なんて、見たことがない。
どこをどう見ても、文句なしの美形である。
そうそうお目にかかれるものではない。
これがエディでなくリディアであったなら、もっとたくさんの語彙で彼を褒め称えていただろう。
(流れ星の軌跡を撚り集めたみたいな銀の髪に、陶磁器みたいに真っ白な肌、だったかな?)
今朝、デートに行くのだと張り切っていたリディアは、ルーシスのことをそんな風に言っていた。
(うーん……やっぱり、僕みたいな子にはもったいない)
魔獣の恋は盲目的だから、どんなにエディがそう思ったところで、何も変わらない。
魔獣の恋は一生に一度だけ。これと決めた人のために、獣人へと変化する。
知っているけれど、それでも、彼女は思わずにはいられない。
(だって僕は、ちっとも女らしくない)
そう思うと途端に、皮が厚くなった手がみすぼらしく見えた。
まるで、金メダルだと思っていたものが、実は金メッキだったような気分である。
エディは知らず、親指を隠すように拳を握った。
そんなエディの小さな拳を、ロキースの大きな手がそっと包み込んだ。
咄嗟に手を引っ込めようとしたエディだったが、まるで捨てられた子犬のような淡黄色の目に見つめられて、「うぐ」と小さな呻きと共に固まる。
「俺の名前は、ロキース、だ」
「……ロキースさん?」
「ああ。それで……俺は、熊の獣人だ」
そこまで言って、ロキースは眉間に皺を寄せて「んん……」と唸った。
どうやら、それ以上何を言うべきなのか困ってしまったらしい。
彼の話し方はぎこちない。
魔獣から獣人になったばかりだからというよりは、もともとあまり喋るタイプではないのだろう。言葉少なに、それでも一生懸命伝えようと努力してくれている。
迫力ある美形が困った顔をしていると、近寄り難さが少しだけ和らいだ。
どうにも放っておけなくて、エディは「仕方ないなぁ」と苦笑いを浮かべた。
「こんにちは、ロキースさん。僕の名前は、エディタ・ヴィリニュス。エディタは恥ずかしいから、エディって呼んで。ずっと見ていたなら分かっているだろうけど、こう見えて女。特技は、弓。実は、一族でも一番か二番の腕前なんだ」
エッヘンと胸を張ってみせると、ロキースは眩しいものを見るように目を細めた。
それから、エディの手を包み込んでいた手を広げて、改めて小さな拳を見つめる。
これまでの日々を思い出して、エディは沈黙した。
(我ながら、すごい変わりようだ)
白魚のようだった手は、すっかり日焼けしている。左手の親指の付け根は、弓を支えるせいで硬くなっていた。もう、令嬢の手ではない。
弓の名手として名を挙げて、トルトルニアの人々からも感謝の言葉を貰える。それはエディの自慢だったけれど、女の子としては規格外だろう。
エディは、自分は目の前で跪く男に似合わないと思った。
この綺麗な男の人は、リディアみたいに可愛らしい女の子にこそ相応しい。
大きな体は、きっと優しく包み込んでくれるだろう。
柔らかな髪の間に手を差し入れたら、きっと触り心地が良いだろう。
蜂蜜みたいな目で一途に見つめられたら、世界一甘い気分に浸れるだろう。
体の奥底まで沈み込んでくるような声で愛を請われたら、好きにならずにはいられない。
(ああ、これが──)
これが、ジョージの言う好みドンピシャというやつなのだろう。
リディアがコロリといってしまったのもよく分かる。
だって、目の前で跪く男は、本人でさえ知らなかったエディの好みそのものだった。
(僕にも、好みなんてあったんだ?)
驚きである。
女を捨てて五年。
リディアが言うように、お伽噺が好きだったり、恋に憧れたりと、捨てきれていない部分も多いが、それでも異性にときめくことなんて一度だってなかった。
(そりゃあ、そうか。だって、こんな人、トルトルニアにはいないもの)
大きな体に、低い声。
蜂蜜に緑をほんのちょっぴり混ぜたような不思議な色をした目なんて、見たことがない。
どこをどう見ても、文句なしの美形である。
そうそうお目にかかれるものではない。
これがエディでなくリディアであったなら、もっとたくさんの語彙で彼を褒め称えていただろう。
(流れ星の軌跡を撚り集めたみたいな銀の髪に、陶磁器みたいに真っ白な肌、だったかな?)
今朝、デートに行くのだと張り切っていたリディアは、ルーシスのことをそんな風に言っていた。
(うーん……やっぱり、僕みたいな子にはもったいない)
魔獣の恋は盲目的だから、どんなにエディがそう思ったところで、何も変わらない。
魔獣の恋は一生に一度だけ。これと決めた人のために、獣人へと変化する。
知っているけれど、それでも、彼女は思わずにはいられない。
(だって僕は、ちっとも女らしくない)
そう思うと途端に、皮が厚くなった手がみすぼらしく見えた。
まるで、金メダルだと思っていたものが、実は金メッキだったような気分である。
エディは知らず、親指を隠すように拳を握った。
そんなエディの小さな拳を、ロキースの大きな手がそっと包み込んだ。
咄嗟に手を引っ込めようとしたエディだったが、まるで捨てられた子犬のような淡黄色の目に見つめられて、「うぐ」と小さな呻きと共に固まる。
「俺の名前は、ロキース、だ」
「……ロキースさん?」
「ああ。それで……俺は、熊の獣人だ」
そこまで言って、ロキースは眉間に皺を寄せて「んん……」と唸った。
どうやら、それ以上何を言うべきなのか困ってしまったらしい。
彼の話し方はぎこちない。
魔獣から獣人になったばかりだからというよりは、もともとあまり喋るタイプではないのだろう。言葉少なに、それでも一生懸命伝えようと努力してくれている。
迫力ある美形が困った顔をしていると、近寄り難さが少しだけ和らいだ。
どうにも放っておけなくて、エディは「仕方ないなぁ」と苦笑いを浮かべた。
「こんにちは、ロキースさん。僕の名前は、エディタ・ヴィリニュス。エディタは恥ずかしいから、エディって呼んで。ずっと見ていたなら分かっているだろうけど、こう見えて女。特技は、弓。実は、一族でも一番か二番の腕前なんだ」
エッヘンと胸を張ってみせると、ロキースは眩しいものを見るように目を細めた。
それから、エディの手を包み込んでいた手を広げて、改めて小さな拳を見つめる。
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