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九章 シュエット・ミリーレデルの恋人
116 待てができない公爵様①
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「──そして私は、ジンクスに囚われたのね?」
「そういうことだ」
なんてこと、とシュエットは座っていたソファの背にもたれた。
まるで、小説のような話だ。信じられないと思うが、本当の話だという。
それにしても、どうしてエリオットはそこまで詳しく知っているのだろうか。
当事者であるシュエットよりも、事情に詳しい。
不思議に思って問いかけると、エリオットはなんでもないことのようにこう言った。
「関係者を全員、捕らえたからね。侯爵は現在、取り調べ中だよ。解術方法も、間もなくわかるだろう。この件で僕は生まれて初めて、王弟で良かったと、公爵で良かったと実感した。そうでなかったら、こんなことはできなかっただろうからね」
初めて権力を行使したよ、とエリオットは泣き笑いの顔で告げてきた。
シュエットを逃すものかと必死だった、と。
「僕はずっと、公爵であることが嫌で仕方がなかった。出来損ないのくせに位だけは立派で、それに見合う努力もまともにできない。粛々と、与えられた義務を全うするだけの存在だった」
嫌で仕方がなかった、公爵の力を使う。
それはエリオットにとって、どれほど苦痛を伴うものなのだろう。
シュエットは痛ましげに、彼を見た。
「そんな僕だけれど……シュエットだけは、諦めたくなかった」
エリオットの視線と交わる。
彼の目は、本気だった。本気で、シュエットを諦めないと決めている。
(逃げられない。きっと、どこまでも追いかけられる)
湧き上がるのは恐怖ではなく、歓喜だった。
シュエットはひどいことをしたのに、それでも彼は求めてくれている。
それがどうしようもなく嬉しくて、胸が苦しい。
「僕ははじめ、シュエットはなんでもできる完璧な女の子だと思っていた。でも……一緒に暮らしてみると、完璧だと思っていた女の子は、ちっともそんなことはなかった。どこにでもいるような、苦手なことのある女の子だった。料理が苦手で、掃除も苦手で……」
エリオットはそんなシュエットを、かわいいと思った。
しっかり者で頼られる側の彼女が、エリオットだけに弱いところを見せている。
まるで自分が特別な存在になったようで、エリオットはますますシュエットに心を傾けていった。
「ねぇ、シュエット。僕たちは一緒にいるべきだと思わないか?」
「でも、私たちは身分が……」
「それについては解決済みだ。禁書の選んだ花嫁は、血筋よりも優先される。たとえシュエットが公爵に見合わない立場なのだとしても、関係ない。気になるのなら、魔導師になれば良い。この国は魔導師の力が強い。君が本気になれば、爵位も手に入るよ」
「でも、ジンクスが……」
「今の君はまだジンクスに囚われた状態で、無意識にジンクスを実行してしまうだろう。間もなく解除されるとはいえ、僕はそれまで待てない。いや、待ちたくない。だって僕は、シュエットが好きなんだ。自惚れでなく、君も僕に惹かれているだろう?」
そこでだ、とエリオットは勿体ぶったように言った。
「この部屋を用意した」
「……この部屋」
「ここは、王族を取り調べるための部屋なんだ。この部屋には特殊な魔術が施されていて、何人たりとも魔術を行使することはできない。つまり、シュエットはジンクスを気にすることなく、思いのままに告白できる部屋というわけなんだよ」
万事休す。
逃げ道は、塞がれた。
(もう、認めるしかない)
目の前ではエリオットが、期待に満ちた目をして待っている。
早く早く、と待ちきれない様子で。
「シュエットは僕のことを、どう思っているんだ?」
「そんなの、聞かなくたってわかっているのでしょう?」
恥ずかしくて、ついそんなことを言ってしまう。
シュエットはかわいげのない女なのだ。「好き」なんて、すぐ言葉にできない。
「そういうことだ」
なんてこと、とシュエットは座っていたソファの背にもたれた。
まるで、小説のような話だ。信じられないと思うが、本当の話だという。
それにしても、どうしてエリオットはそこまで詳しく知っているのだろうか。
当事者であるシュエットよりも、事情に詳しい。
不思議に思って問いかけると、エリオットはなんでもないことのようにこう言った。
「関係者を全員、捕らえたからね。侯爵は現在、取り調べ中だよ。解術方法も、間もなくわかるだろう。この件で僕は生まれて初めて、王弟で良かったと、公爵で良かったと実感した。そうでなかったら、こんなことはできなかっただろうからね」
初めて権力を行使したよ、とエリオットは泣き笑いの顔で告げてきた。
シュエットを逃すものかと必死だった、と。
「僕はずっと、公爵であることが嫌で仕方がなかった。出来損ないのくせに位だけは立派で、それに見合う努力もまともにできない。粛々と、与えられた義務を全うするだけの存在だった」
嫌で仕方がなかった、公爵の力を使う。
それはエリオットにとって、どれほど苦痛を伴うものなのだろう。
シュエットは痛ましげに、彼を見た。
「そんな僕だけれど……シュエットだけは、諦めたくなかった」
エリオットの視線と交わる。
彼の目は、本気だった。本気で、シュエットを諦めないと決めている。
(逃げられない。きっと、どこまでも追いかけられる)
湧き上がるのは恐怖ではなく、歓喜だった。
シュエットはひどいことをしたのに、それでも彼は求めてくれている。
それがどうしようもなく嬉しくて、胸が苦しい。
「僕ははじめ、シュエットはなんでもできる完璧な女の子だと思っていた。でも……一緒に暮らしてみると、完璧だと思っていた女の子は、ちっともそんなことはなかった。どこにでもいるような、苦手なことのある女の子だった。料理が苦手で、掃除も苦手で……」
エリオットはそんなシュエットを、かわいいと思った。
しっかり者で頼られる側の彼女が、エリオットだけに弱いところを見せている。
まるで自分が特別な存在になったようで、エリオットはますますシュエットに心を傾けていった。
「ねぇ、シュエット。僕たちは一緒にいるべきだと思わないか?」
「でも、私たちは身分が……」
「それについては解決済みだ。禁書の選んだ花嫁は、血筋よりも優先される。たとえシュエットが公爵に見合わない立場なのだとしても、関係ない。気になるのなら、魔導師になれば良い。この国は魔導師の力が強い。君が本気になれば、爵位も手に入るよ」
「でも、ジンクスが……」
「今の君はまだジンクスに囚われた状態で、無意識にジンクスを実行してしまうだろう。間もなく解除されるとはいえ、僕はそれまで待てない。いや、待ちたくない。だって僕は、シュエットが好きなんだ。自惚れでなく、君も僕に惹かれているだろう?」
そこでだ、とエリオットは勿体ぶったように言った。
「この部屋を用意した」
「……この部屋」
「ここは、王族を取り調べるための部屋なんだ。この部屋には特殊な魔術が施されていて、何人たりとも魔術を行使することはできない。つまり、シュエットはジンクスを気にすることなく、思いのままに告白できる部屋というわけなんだよ」
万事休す。
逃げ道は、塞がれた。
(もう、認めるしかない)
目の前ではエリオットが、期待に満ちた目をして待っている。
早く早く、と待ちきれない様子で。
「シュエットは僕のことを、どう思っているんだ?」
「そんなの、聞かなくたってわかっているのでしょう?」
恥ずかしくて、ついそんなことを言ってしまう。
シュエットはかわいげのない女なのだ。「好き」なんて、すぐ言葉にできない。
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