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七章 シュエット・ミリーレデルの試練
98 舞踏会へのお誘い②
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そうして再びシュエットの前に立つと、彼女は笑っていた。
せっかくの場面なのにあいかわらずなエリオットだったから、呆れているのかもしれない。
エリオットは居住まいを正すと、シュエットの前でひざまずいた。
こういう時の所作は、嫌というほど叩き込まれている。
エリオットは今になって、家庭教師たちに感謝した。
さんざん馬鹿にされたけれど、こうしてシュエットにお披露目できたのは、彼らのおかげである。
『いいですか? 目は口ほどに物を言うと申します』
そう言っていたのは、何人目の家庭教師だったか。
エリオットはシュエットへの気持ちを視線に乗せて、ゆっくりと顔を上げた。
見上げた先で、シュエットがほんの少し驚いたような顔をしている。
エリオットは小さく息を吐いて、緊張で震えそうになる唇を動かした。
「シュエット嬢。舞踏会で、僕と踊っていただけませんか?」
しばらく沈黙が落ちて、ポソポソと声が聞こえる。
無意識に呟いたであろう言葉は、返事を今か今かと待っているエリオットの耳に、しっかりと届いた。
「反則よ。ここでこの表情をするなんて、ずるい。だって、かっこいい。すごく、かっこいい」
顔を赤くして恥ずかしそうに俯く彼女の顔が、ひざまずいているエリオットにはよく見えた。
一見冷たそうにも見えるシュエットの深い青の目が、熱く潤んでいる。
そうさせているのが自分なのだと理解した瞬間、ぶわり、と一瞬で全身の血が沸騰したように熱くなった。
(かっこいいだって⁉︎)
未だかつて、そんなことを言われたことがあるだろうか。
そんな自問自答なんて不要だ。一度だって、なかったのだから。
かっこいいはいつだって兄のためにある言葉で、エリオットには与えられることなんてなかった。
それなのに、愛する女性から、それも無意識に言われたら、浮かれないはずがない。
ひざまずいていて良かった。そうでなかったら、今ここで、シュエットを抱き竦めていただろう。
「一緒に、行ってもらえるだろうか?」
とどめとばかりに、上目遣いでシュエットを見つめる。
彼女はヒュッと息を飲んで、「もうだめ」と観念したように見返してきた。
「行く。行きます、行かせていただきます。だから……お願いだから、そんな顔で見ないで。照れちゃう、から……」
うぅ、とシュエットはうめき声を漏らして、真っ赤になった顔を手のひらで覆い隠してしまった。
どんな顔でも、シュエットはかわいいのに。
照れた顔が見られないのは残念だが、彼女をエスコートする権利を手に入れられた。
(これで、次に進める)
舞踏会で、すべてが決まる。いや、決めてみせる。
覚悟を漲らせて、エリオットは拳を握った。
せっかくの場面なのにあいかわらずなエリオットだったから、呆れているのかもしれない。
エリオットは居住まいを正すと、シュエットの前でひざまずいた。
こういう時の所作は、嫌というほど叩き込まれている。
エリオットは今になって、家庭教師たちに感謝した。
さんざん馬鹿にされたけれど、こうしてシュエットにお披露目できたのは、彼らのおかげである。
『いいですか? 目は口ほどに物を言うと申します』
そう言っていたのは、何人目の家庭教師だったか。
エリオットはシュエットへの気持ちを視線に乗せて、ゆっくりと顔を上げた。
見上げた先で、シュエットがほんの少し驚いたような顔をしている。
エリオットは小さく息を吐いて、緊張で震えそうになる唇を動かした。
「シュエット嬢。舞踏会で、僕と踊っていただけませんか?」
しばらく沈黙が落ちて、ポソポソと声が聞こえる。
無意識に呟いたであろう言葉は、返事を今か今かと待っているエリオットの耳に、しっかりと届いた。
「反則よ。ここでこの表情をするなんて、ずるい。だって、かっこいい。すごく、かっこいい」
顔を赤くして恥ずかしそうに俯く彼女の顔が、ひざまずいているエリオットにはよく見えた。
一見冷たそうにも見えるシュエットの深い青の目が、熱く潤んでいる。
そうさせているのが自分なのだと理解した瞬間、ぶわり、と一瞬で全身の血が沸騰したように熱くなった。
(かっこいいだって⁉︎)
未だかつて、そんなことを言われたことがあるだろうか。
そんな自問自答なんて不要だ。一度だって、なかったのだから。
かっこいいはいつだって兄のためにある言葉で、エリオットには与えられることなんてなかった。
それなのに、愛する女性から、それも無意識に言われたら、浮かれないはずがない。
ひざまずいていて良かった。そうでなかったら、今ここで、シュエットを抱き竦めていただろう。
「一緒に、行ってもらえるだろうか?」
とどめとばかりに、上目遣いでシュエットを見つめる。
彼女はヒュッと息を飲んで、「もうだめ」と観念したように見返してきた。
「行く。行きます、行かせていただきます。だから……お願いだから、そんな顔で見ないで。照れちゃう、から……」
うぅ、とシュエットはうめき声を漏らして、真っ赤になった顔を手のひらで覆い隠してしまった。
どんな顔でも、シュエットはかわいいのに。
照れた顔が見られないのは残念だが、彼女をエスコートする権利を手に入れられた。
(これで、次に進める)
舞踏会で、すべてが決まる。いや、決めてみせる。
覚悟を漲らせて、エリオットは拳を握った。
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