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六章 シュエット・ミリーレデルの秘密

87 本当はこわい公爵様③

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「問題?」

「……この娘、わらわが思っていた以上に厄介かもしれぬ。それでも……おまえはこの娘が良いと言えるのか?」

「シュエットが、厄介? ……どういうことだ、ピピ」

「三人きょうだいの一番上はうまくいかない。この国に古くからあるジンクスだが……シュエットはそれを、本気で信じ込まされているようじゃ」

「ただのジンクスだろう? 本気で信じ込まされているからって、なにが──」

 なにができるというのか。

 ジンクスなんて、当たったり当たらなかったりするものだ。

 本気で信じたからと言って、重大な問題にはなり得ない。

ジンクスならば、問題にもならない。だがこれは、ジンクスの域を超えておるのじゃ。もはや、呪いと言っても過言ではない。このジンクスを本気で信じ込まされているがゆえに、彼女は魔力保有量ゼロという珍しい体質になっている。本来は、王族に勝るとも劣らない量を保有できるというのに、じゃ」

「シュエットは、魔力を保有できない体質だったのか……」

 通りで、この家には魔導式のものがないわけである。

 あえて便利な道具に頼らない生活をする者もいるから、彼女もそうなのだと思っていた。

 実際、エリオットの自宅は魔力切れを起こしても使えるよう、魔導式でないものでそろえられている。

 だって、誰が思うだろう。

 王立ミグラテール学院で秀才と呼ばれた彼女に、まさか魔力がないだなんて。

 愕然としながら眠るシュエットを見つめるエリオットに、ピピは続けた。

「彼女は呪われている。エリオット、このままではおまえが選ばれることはないだろう。おそらく、公爵だと告げた時点で、彼女は逃げる」

「シュエットが、逃げる……だって?」

「ああ、そうじゃ。三人きょうだいの一番上は、うまくいかない。その通りにするために、彼女はそうするだろう」

「彼女が、逃げる……? そんなこと、僕は許さないけれどね」

 エリオットは片頬を上げて、ハッと鼻で笑った。

 まるでピピが、馬鹿なことを言っているかのように。

 彼が持つ深紅の目が、ギラリと剣呑けんのんな光を放つ。

 夜の闇で獲物を狙う猛禽類もうきんるいのように、エリオットの目は鋭くなった。

 ピピは思わず、「ぴゃっ」と声を上げた。

 知っている、この感覚を。

 嫁選びの書を使った王族の中で時たま、こんな顔をするやつが出てくるのだ。

 そういうやつは大抵、どんな逆境であろうと確実に嫁を手に入れている。

「リシュエル様……」

 主人を思い出して、ピピはその名を呼ぶ。

 気弱そうに見えても、結局はエリオットも王族の血筋なのだ。

 リシュエル王国は魔導師の国。

 そう。とある国から追放された、悪い魔導師が建国した国なのである。

「それなら、おまえの次の試練は決まっている。エリオット・ピヴェール、シュエット・ミリーレデルを呪う不届き者を排除せよ」

「言われなくても、そうするさ」

 嫁選びの書が選んだ花嫁は生贄の花嫁と呼ばれていたが、命短し彼女たちを、伴侶となった王族たちはみな、心の底から尊敬し、愛し抜く。

 ひとたび彼女たちを害すれば、悪魔に魂を売ってでも報復するのである。
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