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五章 シュエット・ミリーレデルの悩み

72 ミリーレデル夫妻①

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「大事な話があるの」

 娘が男連れで帰宅するなりそんなことを言うとなれば、恋人の紹介か、婚約の報告と相場が決まっている。

 シュエットの父、パングワン・ミリーレデルは、応接室の椅子にどっしりと腰掛けて、ミリーレデル商會しょうかいのトップらしい貫禄を見せつけていた。

 彼の辞書からは、都合よく『大人げない』という言葉が削除されているようである。

 センターテーブルを挟んだ向かいのソファには、愛する娘と、彼女が連れてきた男が座っている。

 しっかり者のシュエットが選んだとは到底思えない、おどおどした男。娘はこんな男に騙されたのかと、パングワンは怒りのままに男を睨んだ。

 正直に言えば、別の怒りも若干含まれている。

 だってシュエットが連れてきた男ときたら、パングワンが愛する妻の視線までも釘付けにしやがったのだ。

 確かに、男の見た目は良い。

 少々女性的な美貌ではあるものの、背は高いし太ってもいない。

 頼りなさげに見えるのがネックだが、シュエットはしっかり者だから、ちょうど良いかもしれない。

 だから余計に、怒らずにはいられない。

 視線が刃になる魔術があったなら、真っ二つにしてやるものを。

 そんな気持ちを込めた鋭利な視線に、シュエットの隣にいる男──シュエットは男を紹介してくれたが、もちろんパングワンは聞いてなどいなかった──はビクリと肩を震わせた。

 思惑通りたじろいだ男に、パングワンは腕組みしながら「それみたことか」と馬鹿にするように鼻息を吐く。

「あなた。そんな顔をしてはいけないわ。とってもこわい顔をしているわよ? シュエットに嫌われても良いなら、止めないけれど……あなた、シュエットに嫌われたら泣いちゃうでしょう?」

 悪鬼のような形相のパングワンに、たおやかな手を伸ばしたのはシュエットの母、シーニュである。

 彼女は、まるで躾のなってない犬を服従させるかのように、厳しい顔つきで夫の頬を撫でた。

 途端おとなしくなる夫に、シーニュは不穏な空気を漂わせながら「うふふ」と頷く。

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