上 下
52 / 110
四章 シュエット・ミリーレデルの新生活

61 メナートの受難③

しおりを挟む
 いい歳して泣き喚くメナートをあっさり放置することに決めたエリオットは、早々に彼から視線を外すと、ベッドの上に私服を並べ始めた。

「メナート。女性が好む服とは、どういったものだろうか?」

 メナートは泣き喚いているというのに、エリオットはお構いなしだ。

 こういう時は空気を読んでほしいと、メナートはいつも思うのだが、彼の境遇を考えると強く言えない。

 エリオットは悩み顔だが、どこかウキウキしているようにも見えた。

 よほど、シュエット嬢がお気に召したのだろう。

 いつもやる気がなく精彩に欠ける表情を浮かべているのがデフォルトなのに、今はその面影さえない。

 暗く澱んでいた赤の目は、今やキラキラと宝石のように輝いている。

「なぁ、メナート。これとこの組み合わせは、どうだろう?」

 ふと、メナートは妹のことを思い出した。

 最近恋人ができたらしい彼女は、初めてのデートの前の日に、今のエリオットと同じような顔をしていた。

 目を輝かせ、嬉しそうに頬を染めて、夢見るように口元には笑みが浮かんでいて。今にも飛んでいってしまいそうなくらい、浮かれていた。

 メナートは「はぁ」とため息を吐いた。

 泣き喚いているのも、馬鹿馬鹿しい。

 それに、エリオットが他人に対して執着することは、悪いことではないだろう。

 小川に浮かべた笹舟のように流されるまま、そこらにある小石のように静かに息をするだけの彼に、一体何が楽しみで生きているのか不思議に思っていた。

ヴォラティル魔導書院ここ以外に執着するものができれば、少しは楽しく生きられるんじゃないですかね」

 独り言ち、メナートは立ち上がった。

 エリオットが服装について悩む日が来るとは思ってもみなかった。ましてや、メナートに相談してくるなんて。

 少しは仲間だと、友達だと認めてくれているのだろうか。

 悩むエリオットは、初めての恋に夢中になっている少年のよう。

 もともと容貌は良かったが、気持ちが変わったせいか、さらに綺麗になった。

「男相手に綺麗っていうのもおかしな話だが……事実なんだから仕方ねぇよなぁ……はぁ……すげぇな、シュエット様。たった一晩で、エリオット様を変えやがった」

 自分のことを道具だと言い切り、人生に喜びも楽しみも見いだせなかった彼を変えた、選ばれた花嫁──シュエットは、一体どんな女性なのだろうと興味がわく。

 美少女だろうか。もしかしたら、朴訥ぼくとつとした子かもしれない。

「できれば、サボり癖のあるこの人をきっちり締めてくれる人がいいなぁ」

「なにか言ったか? メナート」

「……清潔感が大事だと思いますよ、って言ったんすよ。女性は不潔な男が嫌いですから」

 いつか、会えるだろうか。

 まさかもう会っているとも知らず、メナートはベッドのそばへ歩み寄った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...