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四章 シュエット・ミリーレデルの新生活

58 お喋りな男②

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 部屋には、落ち着きのある青の絨毯じゅうたんにクロス、年季の入った飴色の木製家具が置かれている。

 シックでエレガント。公爵らしい部屋だ。

 しかし、若いエリオットにはいささか落ち着きすぎた雰囲気の部屋である。

 エリオットは最初の部屋を通り過ぎて、続き部屋へと進んだ。

 一つ目の部屋が応接室、二つ目の部屋が私室といったところだろうか。

 続き部屋も、同じような雰囲気だ。エリオットの私室だというのに、彼が住んでいる気配がまるでしない。

 家具ごと貸し出された部屋をそのまま使っているような、そんな雰囲気である。

 唯一彼らしさを感じるのは、作りつけの本棚におさめられた本くらいだ。

 エリオットが戻ってきたことに気付いていたのか、『婚約の書メンフクロウ』と『婚姻の書シロフクロウ』がベッドのヘッドボードにとまっていた。

 エリオットを見るなり、二羽は満足そうに「ホゥ」と鳴きかけてくる。

 話はきいていますよ。おめでとうございます、エリオット様。

 そんな声が聞こえてきそうな、満足げな顔だ。

 本当にそう思っているかはわからないが、満足そうなので良しとする。

 エリオットはクローゼットからトランクを取り出すと、着替えを適当に放り込んだ。が、ピタリと動きを止めたかと思うと、トランクの中身を戻してうなり出した。

 シュエットが気に入りそうな服はどれだろうか。

 恋する乙女のように、エリオットは頭を悩ませる。

 まさかそんなことを考えているとは思えない、真剣な表情だ。

 普段やる気のないエリオットばかり見ていたメナートは、彼の珍しい表情に思わず口をつぐんだ。

 だが、それも長く続かない。お喋りな彼が黙るのは、難しいことなのだ。

「院長、今から料理するんじゃないんですか?」

「ギャギャギャ!」

 メナートの質問に、メンフクロウとシロフクロウが不服そうに鳴いた。

「うわっ!」

 メナートは驚いて飛び退った。

 弾みで、袋からオレンジが転がり落ちる。

 コロコロと足元に転がってきたそれを拾い上げながら、エリオットはメナートを見た。

「ここではしない。それより、メナート。僕はしばらく帰れなくなったから、あとはよろしく頼む」

 ニッコリとほほ笑んでやれば、メナートの手からドサリと荷物が滑り落ちた。

 普段から笑えと口うるさい彼への、意趣返しの微笑でもあったのだが、思いのほか効果があったらしい。

 いつもの機関銃のようなトークはどこへやら。メナートはあんぐりと口を開けたまま、間抜けな顔でエリオットを見返してくる。

「な……え……は⁉︎ 一体、どういうことですか?」

 エリオットは、嫁選びの書がシュエットを選んだこと、これからどうなるかを大まかに話した。

 嫁選びの書が禁書だということは知っていても、その内容まで知らなかったメナートは、鋭い目をわずかに見開いて驚いているようである。

「な、なんっ⁈」

 仕事が出来ないわけじゃない。シュエットの協力さえあれば、たぶん可能だろう。

 だが、エリオットが言わなければ、メナートが知る術はない。

 それを良いことに、エリオットは意図的に「仕事が出来ないのは仕方のないことだ」と告げた。
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