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四章 シュエット・ミリーレデルの新生活

54 市場で値切無双②

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(そりゃあ、エリオットは綺麗な顔をしているけれど……)

 おばさんと交渉するエリオットの横顔を、シュエットは盗み見た。

 横からでも、彼の端正さはよくわかる。高い鼻に、控えめな口元。そして、シャープな顎。それらは絶妙なバランスで綺麗なEラインを作っていた。

「お嬢さん。こちらを頂きたいのだが、いくらだろうか?」

 美形は、ちょっとほほえむだけでいろいろとんでもない。

 おばさまも、頰を染める。

「嫌だよぉ、お嬢さんなんて。くすぐったいじゃないか。こんなイケメンに言われちゃあ、おまけしないわけにはいかないねぇ」

 市場で値段交渉するなんて、当たり前のことだ。

 当たり前のことを知らなかったエリオットに、「常識よ?」と先輩風を吹かせて教えたのがいけなかった。

 顔面の良さを遺憾なく発揮して、エリオットは無双状態だ。

 わかりやすいお世辞も、イケメンというだけで特別感が増す。

 おばさんに限らず、おじさんまで籠絡する始末で、シュエットは教えるべきではなかったと後悔した。

「お兄さん綺麗だから、割引もしてあげようねぇ」

「おまけしてくれた上に、割引まで……ありがとうございます」

 感激したように、エリオットが笑う。
 おばさんはお決まりの「あたしがあと十歳若けりゃあねぇ」と言って、シュエットが思わずそんなにいるか⁉︎ と心配になるくらい野菜を袋に詰めていた。

「いいんだよぉ」

 おばさんとの交渉がうまくいって、エリオットは嬉しそうだ。

 口元が緩んで、弧を描く。あどけない子どものように、屈託のない笑みだ。キリッとした横顔に、幼さが滲む。

(くそぅ、かわいい)

 一体全体、どういうことなのか。

 ここまでの美形を見たことがなかったせいで、シュエットの脳はおかしくなってしまったのかもしれない。いや、もしかしたら勉強と仕事ばかりで異性と交際したこともなかったから、耐性がないだけかも。

 ふとした弾みで、エリオットのことがかわいくて仕方がなくなるこの現象を、なんと言えば良いのか。

 シュエットは、困惑した。

(あのモッサリした頭を撫でくりまわしたくなるのよね)

 フワフワとはねた柔らかそうな黒髪。触れてみたら、どんな感触なのだろう。

 見た目通りやわらかいのか、それとも思ったよりかたいのか。

 気になるが──、

(……触らせて、なんて言えないわ)

 恥ずかしすぎる。言えるわけがない。シュエットは、誰かにお願いすることが大の苦手なのだ。

 それに、握手でさえ戸惑っていたエリオットだ。頭を撫でさせてほしいなんて言ったら、驚いて逃げていってしまうかもしれない。

(そんな状態で、よく貴族なんてやっていられるものだわ)
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