上 下
41 / 110
四章 シュエット・ミリーレデルの新生活

50 試練〜握手〜④

しおりを挟む
「あの、エリオット? もしかして、なんですけど。誰かと手を握るのも慣れていない、とか?」

「……実は、そう、なんだ」

 ボソボソと自信なさげに呟くエリオットに、ピピが「軟弱者がぁっ」と喝を入れている。

「だって、仕方がないだろう。学生時代は友だちもいなかったし、魔導書院に行ってからはもっと人と関わらなくなったんだ。僕が今、関わっているのなんて、兄上とメナートくらいなのだぞ? そんな状態で、どうやって人付き合いをしろって言うんだ」

 ピピに耳たぶを引っ張られながら、エリオットは涙目でそう訴えた。

 シュエットは、エリオットをかわいそうに思った。

 握手一つまともにできないくらい、彼は友だちに恵まれていなかったらしい。

(この美貌で、この年齢で、まだ結婚できていないのはそのせいね)

 実は、エリオットが独身なのかどうか、シュエットは怪しんでいた。

 だって、彼の顔は本当に、信じられないくらい綺麗だ。ちょっと猫背気味ではあるけれど、背も高いし、太ってもいない。

 こんな男が社交界にいて、貴族の目の肥えたご令嬢たちが放っておくわけがない。

 だが、握手さえまともにできない男なら、どうだろう。

 どんなに見目がよろしくても、触れ合うことさえままならない男を、令嬢たちが相手にするわけがない。

(もったいない)

 本当に、もったいない。

 こんなに綺麗ですてきなのに、どうして結婚できないのだろう。

(こうなったら……)

 シュエットの姉魂あねだましいに火がついた。

 私が、どうにかしてあげないと。

 持ち前の世話好きを発揮した彼女は、エリオットを安心させるように穏やかに微笑みかけた。

「大丈夫よ、エリオット。私、じっとしているから。それに……第一の試練をさっさと終わらせないと、買い物にも行けないわ。だって、あなたはここで暮らすのでしょう? 買い揃えないといけないものが、たくさんあるわ」

 そう言えば、エリオットの目にわずかながらのやる気が戻ってきたようだった。

 引っ込めていた手を服でゴシゴシと乱雑に拭って、エリオットはおずおずと、まるで初めて見る生き物を触るかのように、ゆっくりそろりと触れてくる。

 触れるか触れないかの触れ合いは、こそばゆい。

 くすぐったさに思わずクスリと笑むと、エリオットがつられるようにへにゃりと相好を崩した。

 美形の、飾り気のない無防備な笑顔は、破壊力がある。

 シュエットは怯みそうになったが、長女の意地で笑みを貼り付けた。

 緊張していた手から力が抜けて、遠慮がちに手が握り込まれる。

 じわ、じわ、じわ、と合わさる手のひらは、まだ緊張しているせいかシュエットよりも体温が高かった。

「やればできるではないか」

 ふん、と鼻息も荒くピピが腕組みをして頷いている。

「第一の試練、合格じゃ。まだまだ、先は長いの」

 合格の声に安心したのか、エリオットがテーブルに突っ伏す。

 もちろん、握手したままだ。握手というよりは手をつないでいるような感じだったけれど。

 つながれたままの手を振り解くべきか悩んで、シュエットは結局、エリオットが気付くまでそのままでいた。

(だって、振り解いたら、せっかく頑張ったのにかわいそうじゃない)

 そう、言い訳して。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

ご愛妾様は今日も無口。

ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」 今日もアロイス陛下が懇願している。 「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」 「ご愛妾様?」 「……セレスティーヌ様」 名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。 彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。 軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。 後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。 死にたくないから止めてくれ! 「……セレスティーヌは何と?」 「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」 ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。 違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです! 国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。 設定緩めのご都合主義です。

みんながみんな「あの子の方がお似合いだ」というので、婚約の白紙化を提案してみようと思います

下菊みこと
恋愛
ちょっとどころかだいぶ天然の入ったお嬢さんが、なんとか頑張って婚約の白紙化を狙った結果のお話。 御都合主義のハッピーエンドです。 元鞘に戻ります。 ざまぁはうるさい外野に添えるだけ。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

処理中です...