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三章 シュエット・ミリーレデルの非日常

37 哀れな二男と不安いっぱいの長女②

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 伯爵家は現在、伯母と結婚して婿養子に入った男が当主になっている。

 王子様のハートを射止めたのは、没落寸前の伯爵家の令嬢ではなく隣国のお姫様だった、というわけだ。

 伯爵家には現在、シュエットと同じ年の娘と、妹のエグレットと同じ年の息子もいる。

 シュエットと同じ年の従姉妹は、公爵位を賜った王弟の嫁の座を狙っているのだとか。

(母娘そろって、どうして高嶺の花ばかり狙うのかしらね)

 地味にコツコツ堅実に、が信条のシュエットには、まったくもって理解し難い。

 王子様に憧れる気持ちは、わからなくもない。

 シュエットだって女の子だ。

 絵本に登場する見目麗しい王子様に、胸をときめかせていた時期もある。

 だけどそれは、あくまで憧れに過ぎない。

(自分の世界の話ではないもの)

 ありきたりでいい。

 父と母のように愛し愛されて、ヨボヨボのおじいちゃんおばあちゃんになっても仲睦まじく添い遂げられたら──シュエットはそれだけで良いと思っている。

 彼女の友人たちは、「それだけって言うけど、それが難しいのよ」なんて笑うけれど、父や母を見てきたシュエットは、それだけは譲れないと思うのだ。

(まぁ、まずは好きな人を見つけないといけないわけだけど……その前に、まずはこのブレスレットを外してエリオットと離れるのが前提よね)

 エリオット付きでデートなんて、あり得ない。

 どんな聖人君子だろうと、男連れでデートなんてない。ないったら、ない。

(エリオットとデート、ならまだわかるけど)

 ぽわん、とシュエットの脳裏にエリオットとデートする自分の姿が浮かぶ。

(手が触れそうなくらい、近い距離で歩く二人……ふとした弾みで触れる手と手……つないでみようか、それともやめておくべきか……様子を見て決めようとしたら、エリオットも私の方を見ていて、それで私は……)

「どうするのかしら?」

「シュエット? どうかしたのか?」

 知らず、エリオットの目をぼんやりと見つめていたらしい。

 柘榴石ガーネットのような目が、不思議そうにシュエットを見返している。

 シュエットはごまかすように咳払いを一つして、「なんでもないです」と席を立った。

 使い終わった食器をシンクに置いて、さてどうしたものかとシンクの縁に寄りかかる。

(私ったら、何を考えているのかしら。エリオットは迷惑しているはずなのに……手をつなぐなんて、あり得ないわ)

 きっと、先日読んだ恋愛小説の影響だろう。

 そう結論づけたシュエットは、無理やり納得させるように頷いた。

(でも……エリオットは、試練の時以外は決して私に触れないと言っていた。それってつまり、触れるような試練があるということ?)

 嫁選びの書が課す試練。それは一体、どんな試練だろう。

(たぶん、二人の相性を試すとかそういう類のものになるんじゃないかしら。もしくは、二人の仲を進展させるような、絆を結ばせるようなもの)

 偉大な魔導師ですら跳ね返せない強力な魔術。

 それは果たして、シュエットに跳ね返せるものなのだろうか。

 暗雲立ち込めるこの先を思って、シュエットはこっそりため息を吐いた。
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