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三章 シュエット・ミリーレデルの非日常

31 嫁選びの書②

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 禁書と呼ばれる三冊の魔導書は、絶対に使用してはいけない、そして持ち出してはいけない代物なのだが、一カ月後に迫った魔導書院の引っ越しの準備の最中さなか逃げ出してしまったらしい。

 逃げ出した禁書の名前は、嫁選びの書。

 魔導書で、一度ひとたびその魔術が発動すると、どんな強大な魔力を保有する魔導師も逃げることはかなわない、強制力を持っている。

 本来魔導書とは、書に書かれた術式を実行することではじめて発動するわけだが、三冊の禁書は例外だった。

 ただの魔導書と侮るなかれ。禁書には、自我がある。

 自らの意思で、対象の男性の嫁を選び、術を発動させ、選んだ嫁候補と独身男性が特定の試練をクリアするまで一定距離離れられないようにする──らしい。

(いやいやいや、嫁選びってなに? それくらい、自分で決めなさいよ)

 恋愛結婚推奨派にして恋人いない歴イコール年齢のくせに、シュエットは突っ込んだ。

 ここに彼女をよく知る友人たちが同席していたら、苦笑いを浮かべて言っただろう。「あんたにピッタリな魔術じゃないの」と。

「そして、その証がこれなんだ」

 コトリとカップをテーブルへ置いたエリオットは、そう言って右腕を上げた。

 ──シャラリ。

 男性がするにはいささかかわいらしいデザインのブレスレットが、エリオットの手首で揺れる。

 パールとゴールドの二連のブレスレットだ。シュエットの左腕にあるのと、同じデザインの。

「まさか……」

 シュエットはブレスレットを隠すように、右手で左手首を覆った。

 ぷっくりとしたパールが、手のひらに当たる。

「その、まさかだ。嫌かもしれないが……あなたは、僕の嫁候補になってしまったらしい」

 秀麗な眉をわずかに下げて、エリオットは言った。

(うそでしょう⁉︎)

 だってそんなの、有り得ない。

(エリオット先輩は、私のことを好意的に思っていないはず……)

 エリオットは今、困っているだろう。
 嫌かもしれないが、なんて言っているが、それはエリオット自身が思っていることに違いない。

(よりにもよって、私なんかを選ぶなんて……)

 非難めいた目でモリフクロウを見ると、「間違いなんかじゃないわよ?」と言いたげに首をかしげていた。

 どう考えても、第一段階嫁選び失敗だろう。

 だって、学生時代のエリオットを思い出してみれば、簡単にわかる。

 決して好意的とは思えない物言いたげな視線を送るような人物が、シュエットに好意を抱くなんてあるわけがない。
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