上 下
97 / 122
四章

97 親離れは唐突に②

しおりを挟む
「ヴィアベル! あなたのせいでローズマリーお嬢様に嫌われちゃったじゃない! どうしてくれるのよ。もうあんな姿も、こんな姿も見せてもらえないわ。神絵師による美麗スチルよりも素晴らしい光景を、もう拝むことができないなんて……ひどすぎる!」

 ギャンギャンと文句を言いながら、ペリーウィンクルはヴィアベルの胸をたたいた。
 どこにでもいる女の子だが、ペリーウィンクルは庭師である。
 傍目からはポカポカとたたいているように見えても、実際はかなりのダメージがあった。
 だからヴィアベルはこっそり妖精魔法で衝撃を和らげたのだが、それに気付いたペリーウィンクルは、ますます憤った。

「素直に殴られろ、ばか!」

「先ほどから馬鹿馬鹿と。どうして私が馬鹿だと言うのだ。私にはさっぱりわからないのだが」

 煩わしげに眉を寄せるヴィアベルは、ペリーウィンクルの目には白々しく見えて仕方がない。
 もともとそういう顔だとわかっているが、怒りに身を任せているせいか、やけに鼻についた。

「ローズマリーお嬢様に、妖精王の茶会の招待状を出したでしょ!」

「ああ、出したな」

「しれっと言うな! よりにもよってソレル殿下と一緒に招待するなんて……あり得ない!」

「あり得なくはないだろう。ソレルとローズマリーは婚約しているのだから」

「そうだけど、違うの!」

「何が違う? もたもたしていたら、尻軽女にソレルを取られてしまうぞ? いや、もう遅いかもしれん……どうしてこうなるまで放っておいた。私を頼れば、もっとうまくやれたのに」

 そうじゃないと言っているのに、責めるような物言いをされて、ペリーウィンクルの怒りが頂点を超えた。

 普段ならこんなに容易く怒ったりしないのに、ヴィアベルが相手だと理性が働かない。
 さんざん甘やかされた弊害なのか、彼に対して遠慮というものがなくなっている。

 なにをしたってヴィアベルは受け入れてくれる。
 それを試すかのように、ペリーウィンクルの口は止まらない。
 頭のどこかで止まれと警鐘が鳴ったが、彼女が従うことはなかった。

「ローズマリーお嬢様は……お嬢様はねぇ、他に好きな人がいるの。だから、ソレル殿下から婚約破棄、その人と幸せになりたいのよ。このままじゃあ、お嬢様は私の両親みたいに駆け落ち婚しなくちゃならなくなるわね。ヴィアベルのせいで」

 ペリーウィンクルの口から吐き出されたとは思えない冷たい声に、ヴィアベルは反論も謝罪も忘れて黙った。
 とびきり強く、とびきり冷ややかに言われた『ヴィアベルのせいで』は、生まれ故郷の湖の水より冷たく感じる。

 ヴィアベルは、自身を構成する全てのものが、崩れていくような気がした。
 全身が氷のように冷たくなっていくのを感じながら、ヴィアベルは「ああこれが」と納得する。

 妖精は基本的に一人だ。
 だが、つがいを見つけた妖精は一人では生きられない。
 番から無視されたり、要らないと言われたりした日には死にそうになるのだ。

 誇張ではなく本当に、死にそうだった。
 人が死ぬ原因に凍死というものがあるらしいが、妖精にもあるのだろうか。聞いたこともないが。

 そもそも、番を失っても妖精は死なない。
 シナモンの父がそうであるように、番を失った妖精を待っているのは、緩やかな死である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される

未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」 目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。 冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。 だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし! 大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。 断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。 しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。 乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

転生悪役令嬢、物語の動きに逆らっていたら運命の番発見!?

下菊みこと
恋愛
世界でも獣人族と人族が手を取り合って暮らす国、アルヴィア王国。その筆頭公爵家に生まれたのが主人公、エリアーヌ・ビジュー・デルフィーヌだった。わがまま放題に育っていた彼女は、しかしある日突然原因不明の頭痛に見舞われ数日間寝込み、ようやく落ち着いた時には別人のように良い子になっていた。 エリアーヌは、前世の記憶を思い出したのである。その記憶が正しければ、この世界はエリアーヌのやり込んでいた乙女ゲームの世界。そして、エリアーヌは人族の平民出身である聖女…つまりヒロインを虐めて、規律の厳しい問題児だらけの修道院に送られる悪役令嬢だった! なんとか方向を変えようと、あれやこれやと動いている間に獣人族である彼女は、運命の番を発見!?そして、孤児だった人族の番を連れて帰りなんやかんやとお世話することに。 果たしてエリアーヌは運命の番を幸せに出来るのか。 そしてエリアーヌ自身の明日はどっちだ!? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

処理中です...