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三章

69 妖精と不幸な女の子③

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「……少し風を起こしただけだろう。これくらいのことで対価を要求するほど、私は狭量ではない」

「きょう、りょう?」

「気にするなということだ」

 ヴィアベルがツンとそっぽを向きながらそう言うと、ペリーウィンクルは「ありがとう、妖精さん」と小さく笑った。
 子どもとは思えないはかなげな笑みに、ヴィアベルの胸がキュウッと締め付けられる。

 ぷっくりとした小さな手で胸を押さえていると、ペリーウィンクルが「あ!」と声を漏らした。
 思わずビクリと体をかたくするヴィアベルの前で、彼女はワタワタとミトンをつけてオーブンの扉に手を伸ばす。
 分厚い扉を開くと、熱気とともに香ばしいチーズとハーブの匂いがブワリと漂い、キッチンを満たした。

 天パンを両手で持ち上げたペリーウィンクルは、「んっしょ!」と台の上へ置く。
 焼き上がったクッキーを見て、彼女は落胆したようにため息を吐いた。

 納得がいっていない。と、そんな態度のペリーウィンクルに、ヴィアベルもどれどれと近寄る。
 天パンの上には、お世辞にも綺麗とは言い難い歪な形のクッキーが並んでいた。

「このクッキーは、私のために作ったのか?」

「うん、そうだよ。バジルとチーズのクッキー」

「私はオレガノの方が好みなのだが……」

 ヴィアベルの口から、ついて出た言葉。
 うっかりとしか言いようのない失言に、誰よりもヴィアベルが狼狽えた。
 言うべきではなかったと、今更ながらに「バジルも嫌いではない」だなんてフォローしたって、もう遅い。
 またいつものようにビービーメソメソ泣いてしまうか⁉︎ と焦るヴィアベルに、しかしペリーウィンクルは泣かなかった。

「……私って、なんにも知らないんだなぁ。パパのことも、ママのことも……おじいちゃんやあなたのことだって、私、なんにも知らない。ねぇ、あなたは知っている? 知らないってとても怖いことなのよ」

 ヴィアベルは、六歳の女の子という生き物をよく知らない。
 知らないが、幼い子どもはこんなことを言うものなのだろうかと疑問が浮かんだ。

(知らないことが怖いだなんて、大人でさえ言わないぞ……?)

 間違いではない。
 間違いではないが、それをまだ子どもの彼女が言っているということが、どうしようもなくつらくなった。
 ヴィアベルの胸は再び締め付けられるようにキュウッとなり、同時に言いようもない不快感に襲われる。

「知らないことで、失敗したり、傷つけたりすることはままあることだろう」

「私が知らなかったから、パパやママは死んじゃったのよ」

「そんなわけがないだろう」

「だって、言われたもん。おじいちゃんとおばあちゃん、それからパパの婚約者だったっていう人に」

 泣いている方がまだマシだと、そう思う日がくるなんてヴィアベルは思いもしなかった。
 つぶやいたペリーウィンクルの顔からは表情が抜け落ちていて、人形のように静かだ。
 ヴィアベルは彼女のことをオモチャのように思っていたが、こんな顔は嫌だと思った。
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