上 下
16 / 122
一章

16 ヒロインのうわさ②

しおりを挟む
「こんなうわさは知っているか?」

「……うわさ?」

「うわさ好きの妖精どもが騒いでいたのだ。虹色の髪を持つ娘のうわさをな」

「虹色……」

 それはつまり、ヒロインのことではないか。
 ペリーウィンクルが先を促すように興味津々の顔で見つめると、ヴィアベルはまるで寝物語を語るように「では話してやろうか」と滔々とうとうと話し出した。

 虹色の髪を持つ娘の名前は、リコリス。
 彼女は、妖精の中でもとびきり力が強いとされている、ひだまりの妖精と契約している。
 そのため、中央の国に来る前からうわさ好きの妖精たちは彼女のことが気になって仕方がなかった。

 この島に来た時も、妖精たちはあらゆるところからひっそりと、彼女を見ていた。
 一体どんな娘が、ひだまりの妖精と契約を結んだのだろうか、と。

 妖精たちの注目の中、リコリスは校門前で盛大に転んでしまったようだ。
 居合わせた学校長の息子であるシナモンが助け起こすと、彼女は涙ながらに訴えた。「わたし、誰かに足を引っ掛けられて転んじゃったんです!」と。

 妖精たちは首をかしげた。
 だってリコリスは、一人で勝手に転んだのだ。
 リコリスの近くにいたのは三人の娘だけで、彼女たちは何もしていなかった。
 三人中二人は、重いトランクを抱えていたし、残る一人は小さな体にゴテゴテしたドレスを身につけている。
 だからどうしたって、リコリスに危害を加えられるはずがない。

 リコリスがしていることは、故意なのか勘違いなのか定かではない。
 だが彼女は、よりにもよってシナモンに、誰かに転ばされたとうそをついて、犯人を探させているようなのだ。

 シナモンは、この学校の長の息子である。
 父がこの場所をどんなに大切にしているか、誰よりも理解していた。

 妖精である父は、シナモンにあまり関心がない。
 番であり、シナモンの母である冬の国の姫だけが特別だった。
 もともと息子に対して関心が薄かったが、番を喪ってからは皆無になってしまったらしい。

 残されたシナモンはなんとか父に認められようと頑張っているが、あまり芳しくはないようだ。
 そんな中、初めて誰かに頼られた。

 シナモンは嬉しかったのだろう。
 しかも、頼ってきたのは力の強い妖精と契約している、注目株のリコリス。
 彼は舞い上がり、現在は躍起になって犯人探しをしているらしい。

「……えぇ? でも私、近くで見ていたけど、本当に勝手に転んでいたよ?」

「うむ。三人の娘の特徴を聞いてよもやと思っていたが……やはりおまえだったか。もう一人はローズマリーだな?」

「そうだよ。でも、あの場にもう一人いたかなぁ?」

「私が聞いたのは、烏の濡れ羽色の髪に射干玉ぬばたまのような目、持っていたトランクは薄い衣に包まれていた……ということくらいだな」

 ヴィヴァルディにおいて、黒髪に黒目は珍しい特徴だ。
 まるで日本人みたいだなと思ったところで、ペリーウィンクルは「あ」と声を漏らす。

 遠い東の国、ルジャからやって来た異国の令嬢──セリ。
 シナモンルートにおける悪役令嬢というポジションである彼女は、まさに日本人らしい容姿をしている。

(ヒロインはシナモン狙い? だとしたら、何か対策しないと……逆ハーレム狙いならひとまず様子見かな)

 考え事に没頭しだしたペリーウィンクルを見つめ、ヴィアベルはホッと胸を撫で下ろした。
 彼女が何を言おうとしていたのか知らないが、とにかく嫌な予感しかしなかった。
 とっさにどうでもいい話を振ってしまったのだが、無事に回避できたようで一安心である。

 しかし、彼女は張り詰めたような顔をして何を言おうとしていたのか。
 気になるが聞くのも怖いと、ヴィアベルはらしくもなく気弱に思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される

未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」 目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。 冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。 だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし! 大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。 断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。 しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。 乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

処理中です...