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九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人

64 胸を彩るは二人の想い②

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(ぴゃぁぁぁぁ)

 思わず奇声を上げてしまうくらいのこの気持ちは、どこへぶつければ良いのだろう。
 ベッドに飛び込んで枕に顔を押し付け、思う存分叫べば良いのか。それとも、恥ずかしさに熱を帯びる体でジタバタと暴れたら良いのか。

 どちらにしても、今すぐベッドに飛び込みたい。デュークの膝では落ち着くこともままならないのだ。

 レーヴがこんなだというのに、デュークはぽやぽやと幸せそうなオーラを出して微笑んでいる。
 腕の中に収まるレーヴをぎゅうぎゅうと抱きしめ、「ふふっ」なんて笑って、頭のネジが何本か外れてしまったのかもしれない。

 だが、締まりのない顔をさせているのが自分だと思うと、レーヴの不機嫌も続かない。
 不満げに歪んでいた唇も、ゆるゆると笑みを浮かべた。

 アハハ、ウフフと笑い合う。
 まるで、バカップルのようだ。
 今まで眉を潜めていた状態に、まさか自分が陥ろうとは。それを悪くないどころか幸せだと思ってしまうレーヴも、頭のネジが何本か外れているに違いない。

 デュークは、ようやく笑ってくれた彼女の胸元に、そっと視線を落とした。
 寛げられた胸元に、馬の紋様が見える。
 自分のせいで浮かぶことになったものだが、デュークは面白くなかった。
 彼女が傷ついたことが、悲しい。まるで自分の所有印のような痣が、彼女を縛り付けているようにも思えた。

「これ……」

 そっと指を這わせると、レーヴの肩がピクリと跳ねる。抱きしめる腕を緩めて、彼女の顔を覗き込んだ。

「痣?もう、痛くないよ」

 安心させようとしているのだろう。レーヴは、気遣わしげに笑う。
 そしてそっと痣を撫でるその顔は、どこか満足そうにも見えた。呪いの証であるそれを、彼女は勲章のように思ってるらしい。堂々として、恥じている様子はなかった。

 けれど、デュークはその証が嫌でたまらなかった。
 なんとか消せないかと昨夜こっそり頑張ってみたが、禁呪であるそれが消えることはなかった。

「ここに、キスをしてもいいかな?」

 昨夜されたことを思えば、それくらいはなんてことはなかったから、レーヴはあっさり「いいよ」と答えた。「でも一回だけね?」と釘をさすことも忘れない。

 もとより一回きりのつもりだったデュークは、おとなしく頷いてレーヴの胸元に唇を寄せた。痣の部分は過敏になっているのか、唇が触れるとレーヴは小さな声を漏らす。

 ゆっくりと唇を押し付け、デュークは目を閉じた。脳裏に、彼女のために咲かせたミルクティー色の小さな薔薇を思い浮かべる。

 解呪が出来ないなら、デザインを変えるまでである。
 馬だけの紋様がデュークの所有印のように思えるならば、レーヴをイメージした紋様を加えれば良い。
 そうすれば、忌まわしい呪いの証もレーヴとデューク、二人の記念になる気がするのだ。

 デュークは魔術を使い、少しだけ干渉することにした。
 この呪いはデュークとレーヴの命を繋ぐものである。関係者であるデュークがデザインを足すくらいは問題がない。

 馬の紋様に薔薇の紋様を組み合わせたそれは、ステンドグラスのデザインのように美しい。
 一見すると貴族の紋章のようなそれは、後にオロバス家の紋章となるのだが、それはまだ先の話である。

 唇を離すと、痣が変わっていた。
 不思議そうに見つめてくるレーヴに、デュークは苦笑いを浮かべる。

「こういうのは、嫌い?」

「ううん、綺麗」

 嬉しそうに頰を緩めて痣を眺めるレーヴに、デュークはそっと安堵した。

 レーヴは、デュークが胸の痣に責任を感じていることを察していた。
 いつかこの痣を見ながら「こんなこともあったね」と笑い合えれば良い。そう思っていたが、思わぬサプライズに愛しさが溢れそうだ。

 胸を彩る薔薇の紋様は、とても美しい。どんな彫り師だって、こんな精巧なデザインを刻むことは出来ないだろう。

 この気持ちを伝えたくて、レーヴはデュークの頰を引き寄せると唇を押し付けた。
 一回、二回と続けるうちに、デュークがモゾモゾし始める。どうしてなのか思い至ったレーヴは、わざと焦らすように頰にキスをし続けた。

「ねぇ、レーヴ……」

「なぁに?デューク」

「キス、させて」

「しているでしょう?」

「分かっていて、言ってるよね?」

「もちろん」

 クスクスとレーヴは笑う。
 デュークはそんな彼女が小悪魔のようだと思った。

 純粋で初心だと思っていた彼女は、次々に違う面を見せてくれる。
 これからデュークは、彼女の新たな一面を知っていくのだろう。知っていくだけじゃ足りなくて、探してしまうかもしれない。

 そうして彼女の全てを愛して生きていく。それは、とても幸せな日々だろう。

「振り回されるんだろうな」

「そう?」

 ガタリと馬車が揺れる。
 傾くレーヴの体を支えるついでに、デュークは彼女の唇にキスを落とした。

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