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九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人

61 呪いの代償②

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 ラウムは呪文を唱えるだけで良いと言っていた。まさか、こんなに苦しいなんて思いもしなかった。
 やはり、先人の言うことは聞くべきだった。悪魔の呪いは恐ろしいものだと、レーヴは身をもって知らしめられる。

 その一方で、呪文が短くて良かったとも思った。術によっては本一冊分の詠唱が必要なものもあると聞く。こんな痛みを抱えながら唱え続けるなんて、どんなにデュークが好きでも出来なかったかもしれない。

「レーヴ!」

 どれくらいそうしていたのか。長かったような気もするし、ほんの数秒だったような気もする。
 怒鳴り声に、遠退いていた意識が浮上した。

 胸の痛みは引き、わずかに熱を持っているようだ。
 躊躇いながらゆっくりと深呼吸しても、痛みは感じない。

 地面に投げ出していた体が、そっと抱き上げられた。
 大事なものを扱う丁寧な手つきに、思わず笑みが浮かぶ。

 頭の上から足の先までくまなく観察された。
 それから、おもむろに着ていた軍服の胸元を寛げられる。手際が良すぎて、恥ずかしさも感じないくらいだ。

「あぁ……」

 見たくないものを見てしまったように、デュークの薄い唇から吐息が漏れた。

 デュークの視線を辿り、レーヴも視線を移す。
 左胸の心臓の上に、奇妙な痣が浮かんでいるのが見えた。チェスのナイトを模したような刻印だ。赤い肌が痛々しい。

 自分のことながら、痛そうだとレーヴは思った。
 見た目ほど、痛みはない。ただ、過敏にはなっているようだ。風が肌を撫でる感触が、やけに気になる。

 けれど、これくらいで済んで良かったのかもしれない。
 魔術を使えないはずのレーヴが、こうして呪いをかけたのだ。きっと、理を大きく逸脱する行為に違いない。

 レーヴは生きているし、デュークも生きている。
 それだけで、大成功な気がする。

「大丈夫、だよ?」

 ゆっくりと手を持ち上げて、デュークの頰を撫でる。
 つるりとした、人の肌。
 手を滑らせて輪郭を確かめると、髪に埋もれた、今までの彼には無かったものを見つけた。

「はは……出来ちゃった」

 むぎゅむぎゅと見つけたものを摘む。肌色をしたそれは、どう見てもレーヴの持つものと同じに見える。

「馬鹿!なにが、出来ちゃった、だ!一体誰に聞いた?こんな、死ぬかもしれない……禁呪だぞ⁈」

 デュークは見たことがないくらい怒っているようだ。紳士らしさのかけらもない。
 言葉遣いも余裕がないし、粗野さが滲んでいる。

「怒ってるデュークも、好きだなぁ」

「なに呑気なこと言ってる!」

「だって、好きなんだもの」

 ヘラリと力なく笑えば、デュークの目が更に吊り上がった。馬なのに、狐みたいだ。

「だからって、こんな……」

 ヘラヘラと笑い続けるレーヴに、デュークの怒りも続かない。
 だんだんとその目からは怒り消え、涙が浮かぶ。

「大丈夫だよ、デューク。痛かったけど……大丈夫。生きてる」

 証明するように頰を撫でたら、縋るように手を握られる。
 デュークの手は、震えていた。

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