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九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人

54 いざ、魔の森へ②

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振り落とされないようにしっかりと手綱を握りしめたレーヴは、馬の胴を挟む足に力を入れた。

 魔馬の脚は、信じられないくらいに速い。魔獣保護団体の施設から魔の森までは大分あるというのに、あっという間に入り口まで到着してしまった。

 あとはこの森を駆け抜け、ディンビエに駐在しているロスティの大使へ書状を届ければ良い。国王へ直接届けるほどの権限は、レーヴにはない。

 ただ、気掛かりはある。
 デュークは今も、レーヴの気持ちを知らないままだ。
 他の男に靡いた女を背に乗せて、いつ消滅するとも知れない体で走っている。

 ロディオンは後にしろと言っていたが、本当にそれで良いのだろうか。

(せめて気持ちを伝えるくらいは……良いよね?)

 魔の森に入れば、のんびりとはしていられない。少々ロマンチックとはかけ離れている場所だが、やるなら今、この時だろう。

「あの、デューク……」

 レーヴはデュークへ止まるように頼もうとした。
 けれど、その声は魔の森の奥でギャアギャアと不気味な声を上げながら飛び立つ魔鳥の群れに掻き消される。

 レーヴの掴む手綱がほんの少し緩んだのを感じ取って、デュークは脚を止めた。

 何かあったのだろうか。そう思うデュークの耳に、森の奥から幾人かの声が聞こえてきた。
 彼らはレーヴには聞かせたくないような、荒くれた言葉で喋っている。
 所々耳慣れない言葉があるので、ロスティとは違う国の人間だろう。

 緊張するデュークに、レーヴも同調するように気を引き締めた。

(森の様子が、おかしい?)

 フワフワとした気持ちが、一気に霧散するようだった。レーヴは即座に、森の奥を見るように目を凝らす。

 魔の森には初めて来たが、こういうものなのだろうか。
 紫色をした霧は気味が悪いし、伸びた木々は老人の手のようで、今にもレーヴを捕まえてしまいそうだ。
 勝気な見た目に反して怖がりな彼女は、悪寒を感じて怯えた。

 デュークを見れば、彼の耳は忙しなく動いていた。警戒している証拠である。

 それを見たレーヴは、先程まで浮き足立っていた自分が恥ずかしくなった。
 デュークはこんなにも献身的に頑張っているのに、レーヴときたらいつ彼に告白するかなんて考えていたのだ。

(任務中なのに、こんなに心を乱してどうするの!)

 甘ったれた気持ちを叱咤し、レーヴはデュークが見つめる森の奥を注視した。
 けれど、ただの人であるレーヴには何も分からない。

「デューク?」

 戸惑うレーヴの声を聞きながら、デュークはどうしようかと思案した。
 声はどんどんこちらへ向かってきている。もたもたしていたら見つかり兼ねない。

 デュークは嘶いた。キュイーンと高い嘶きは、警告の意味を持つ。馬を知るレーヴなら、デュークの警告に気づくはずだ。

 案の定、手綱を持つ手に力が入るのが分かった。

 デュークはちらりとレーヴを見た。警戒しながらも、デュークを見る目はとても優しい。

 あぁ、好きだなぁ。

 泣いている顔より、ずっと良い。欲を言えば、笑っている顔が一番だけれど。
 寝ている顔も可愛かったと思い出したデュークの視線が、あるものを求めて彷徨った。

 目にした彼女の唇は、熟したベリーのように甘そうで、デュークはゴクリと喉を鳴らす。

 危機的状況は、馬の姿だと余計に本能が勝るらしい。そんな場面ではないと理性は訴えているのに、デュークはレーヴにキスをしたくてたまらなくなった。

 戦地に向かう騎士が好きな女性に守護のキスを貰うのは、生命の危機に際して種の保存ーーつまり性欲が増すからではないか。

 咄嗟に下らないことを考えて、湧き上がる欲望を押さえつける。
 けれど、その努力は無駄なものだった。どんなにレーヴとキスがしたくても、馬の姿ではどうにもならないからだ。

 もどかしさに、デュークは荒い鼻息を吐く。どうして馬の姿なんだとイライラした。

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