55 / 71
九章 魔法使いに見送られて旅立つ二人
54 いざ、魔の森へ②
しおりを挟む
振り落とされないようにしっかりと手綱を握りしめたレーヴは、馬の胴を挟む足に力を入れた。
魔馬の脚は、信じられないくらいに速い。魔獣保護団体の施設から魔の森までは大分あるというのに、あっという間に入り口まで到着してしまった。
あとはこの森を駆け抜け、ディンビエに駐在しているロスティの大使へ書状を届ければ良い。国王へ直接届けるほどの権限は、レーヴにはない。
ただ、気掛かりはある。
デュークは今も、レーヴの気持ちを知らないままだ。
他の男に靡いた女を背に乗せて、いつ消滅するとも知れない体で走っている。
ロディオンは後にしろと言っていたが、本当にそれで良いのだろうか。
(せめて気持ちを伝えるくらいは……良いよね?)
魔の森に入れば、のんびりとはしていられない。少々ロマンチックとはかけ離れている場所だが、やるなら今、この時だろう。
「あの、デューク……」
レーヴはデュークへ止まるように頼もうとした。
けれど、その声は魔の森の奥でギャアギャアと不気味な声を上げながら飛び立つ魔鳥の群れに掻き消される。
レーヴの掴む手綱がほんの少し緩んだのを感じ取って、デュークは脚を止めた。
何かあったのだろうか。そう思うデュークの耳に、森の奥から幾人かの声が聞こえてきた。
彼らはレーヴには聞かせたくないような、荒くれた言葉で喋っている。
所々耳慣れない言葉があるので、ロスティとは違う国の人間だろう。
緊張するデュークに、レーヴも同調するように気を引き締めた。
(森の様子が、おかしい?)
フワフワとした気持ちが、一気に霧散するようだった。レーヴは即座に、森の奥を見るように目を凝らす。
魔の森には初めて来たが、こういうものなのだろうか。
紫色をした霧は気味が悪いし、伸びた木々は老人の手のようで、今にもレーヴを捕まえてしまいそうだ。
勝気な見た目に反して怖がりな彼女は、悪寒を感じて怯えた。
デュークを見れば、彼の耳は忙しなく動いていた。警戒している証拠である。
それを見たレーヴは、先程まで浮き足立っていた自分が恥ずかしくなった。
デュークはこんなにも献身的に頑張っているのに、レーヴときたらいつ彼に告白するかなんて考えていたのだ。
(任務中なのに、こんなに心を乱してどうするの!)
甘ったれた気持ちを叱咤し、レーヴはデュークが見つめる森の奥を注視した。
けれど、ただの人であるレーヴには何も分からない。
「デューク?」
戸惑うレーヴの声を聞きながら、デュークはどうしようかと思案した。
声はどんどんこちらへ向かってきている。もたもたしていたら見つかり兼ねない。
デュークは嘶いた。キュイーンと高い嘶きは、警告の意味を持つ。馬を知るレーヴなら、デュークの警告に気づくはずだ。
案の定、手綱を持つ手に力が入るのが分かった。
デュークはちらりとレーヴを見た。警戒しながらも、デュークを見る目はとても優しい。
あぁ、好きだなぁ。
泣いている顔より、ずっと良い。欲を言えば、笑っている顔が一番だけれど。
寝ている顔も可愛かったと思い出したデュークの視線が、あるものを求めて彷徨った。
目にした彼女の唇は、熟したベリーのように甘そうで、デュークはゴクリと喉を鳴らす。
危機的状況は、馬の姿だと余計に本能が勝るらしい。そんな場面ではないと理性は訴えているのに、デュークはレーヴにキスをしたくてたまらなくなった。
戦地に向かう騎士が好きな女性に守護のキスを貰うのは、生命の危機に際して種の保存ーーつまり性欲が増すからではないか。
咄嗟に下らないことを考えて、湧き上がる欲望を押さえつける。
けれど、その努力は無駄なものだった。どんなにレーヴとキスがしたくても、馬の姿ではどうにもならないからだ。
もどかしさに、デュークは荒い鼻息を吐く。どうして馬の姿なんだとイライラした。
魔馬の脚は、信じられないくらいに速い。魔獣保護団体の施設から魔の森までは大分あるというのに、あっという間に入り口まで到着してしまった。
あとはこの森を駆け抜け、ディンビエに駐在しているロスティの大使へ書状を届ければ良い。国王へ直接届けるほどの権限は、レーヴにはない。
ただ、気掛かりはある。
デュークは今も、レーヴの気持ちを知らないままだ。
他の男に靡いた女を背に乗せて、いつ消滅するとも知れない体で走っている。
ロディオンは後にしろと言っていたが、本当にそれで良いのだろうか。
(せめて気持ちを伝えるくらいは……良いよね?)
魔の森に入れば、のんびりとはしていられない。少々ロマンチックとはかけ離れている場所だが、やるなら今、この時だろう。
「あの、デューク……」
レーヴはデュークへ止まるように頼もうとした。
けれど、その声は魔の森の奥でギャアギャアと不気味な声を上げながら飛び立つ魔鳥の群れに掻き消される。
レーヴの掴む手綱がほんの少し緩んだのを感じ取って、デュークは脚を止めた。
何かあったのだろうか。そう思うデュークの耳に、森の奥から幾人かの声が聞こえてきた。
彼らはレーヴには聞かせたくないような、荒くれた言葉で喋っている。
所々耳慣れない言葉があるので、ロスティとは違う国の人間だろう。
緊張するデュークに、レーヴも同調するように気を引き締めた。
(森の様子が、おかしい?)
フワフワとした気持ちが、一気に霧散するようだった。レーヴは即座に、森の奥を見るように目を凝らす。
魔の森には初めて来たが、こういうものなのだろうか。
紫色をした霧は気味が悪いし、伸びた木々は老人の手のようで、今にもレーヴを捕まえてしまいそうだ。
勝気な見た目に反して怖がりな彼女は、悪寒を感じて怯えた。
デュークを見れば、彼の耳は忙しなく動いていた。警戒している証拠である。
それを見たレーヴは、先程まで浮き足立っていた自分が恥ずかしくなった。
デュークはこんなにも献身的に頑張っているのに、レーヴときたらいつ彼に告白するかなんて考えていたのだ。
(任務中なのに、こんなに心を乱してどうするの!)
甘ったれた気持ちを叱咤し、レーヴはデュークが見つめる森の奥を注視した。
けれど、ただの人であるレーヴには何も分からない。
「デューク?」
戸惑うレーヴの声を聞きながら、デュークはどうしようかと思案した。
声はどんどんこちらへ向かってきている。もたもたしていたら見つかり兼ねない。
デュークは嘶いた。キュイーンと高い嘶きは、警告の意味を持つ。馬を知るレーヴなら、デュークの警告に気づくはずだ。
案の定、手綱を持つ手に力が入るのが分かった。
デュークはちらりとレーヴを見た。警戒しながらも、デュークを見る目はとても優しい。
あぁ、好きだなぁ。
泣いている顔より、ずっと良い。欲を言えば、笑っている顔が一番だけれど。
寝ている顔も可愛かったと思い出したデュークの視線が、あるものを求めて彷徨った。
目にした彼女の唇は、熟したベリーのように甘そうで、デュークはゴクリと喉を鳴らす。
危機的状況は、馬の姿だと余計に本能が勝るらしい。そんな場面ではないと理性は訴えているのに、デュークはレーヴにキスをしたくてたまらなくなった。
戦地に向かう騎士が好きな女性に守護のキスを貰うのは、生命の危機に際して種の保存ーーつまり性欲が増すからではないか。
咄嗟に下らないことを考えて、湧き上がる欲望を押さえつける。
けれど、その努力は無駄なものだった。どんなにレーヴとキスがしたくても、馬の姿ではどうにもならないからだ。
もどかしさに、デュークは荒い鼻息を吐く。どうして馬の姿なんだとイライラした。
0
お気に入りに追加
499
あなたにおすすめの小説
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる