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七章 所詮は軍人、姫になどなれません

36 少女よ、優秀な軍人たれ

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「罪滅ぼしのつもり……?」

 レーヴにナイフを投げた、その謝罪の代わりだろうか。

「ううん、違う」

 けれどレーヴは、そんな憶測を瞬時に消し去った。

 普段のジョージなら、こんな雑な助け方はしないはずだ。なんだかんだ彼は真面目なのである。石橋を叩いて渡るタイプの男だ。レーヴを助け出すなら、用意周到に準備してから来るはず。

 叫ぶジョージの様子は尋常じゃなかった。レーヴは彼があんなに取り乱す顔を見たことがない。

「それだけ、事態は深刻だということ」

 レーヴは扉から一歩後退ると、一呼吸した。そうすると、逆上せていた頭が冷静さを取り戻していく。

(ジョージは何を訴えていた?)

「急いで部隊に戻れ」

 そうだ。ジョージは確かにそう言っていた。

「早馬部隊になにかあったの……?」

 レーヴの心が、不安でいっぱいになった。ジョシュアやアーニャ、他のみんなは無事だろうか。しばらく会えていない彼らに何があったのかと、胸が押しつぶされそうになる。

 ジョージはジョシュアから何か指示されたのかもしれない。早急にレーヴが必要となるようなことがーー早馬を必要とするようなことが起きたのだろう。

「戦争が始まる……?」

 早馬部隊が必要になるなんて、それくらいしかない。

 何十年も平和だったから、必要ないと思っていた。「もう郵便屋さんでいいじゃないか」なんて仲間と笑い合っていたくらいなのに。

「どうして、今!」

 本当に間が悪い。レーヴとデュークは前世で何か悪いことでもしたのだろうか。熱心な信者ではないけれど、レーヴは神を恨みたくなった。

「こんちくしょう!」

 レーヴは女性に有るまじき言葉をイライラと吐き出した。もしもここにデュークがいたら、苦笑いしながらレーヴをそっと抱き締めて遠回しに黙らせていたに違いない。手は早いが、デュークは意外と紳士なのである。

 しかし、レーヴにそんなことを考える余裕はない。狼の咆哮の如く耳に優しくない言葉を吐きながら、ダンダンと地団駄を踏んだ。

 せっかく自覚した初恋がここまで拗れるのは一体どうしてなのか。初恋は実らないなんて聞くけれど、実らせないとデュークは消滅してしまうのである。

(そんな根拠のないジンクスなんて糞食らえ!)

 とはいえ、まずは部隊に戻るのが先決だ。

 いくら仲違い中とはいえ、ジョージをこんな所に置き去りにするのも気が引けた。けれど、軍事国家で任務を無視することは死を意味する。

 わりと穏やかな国ではあるが、軍関係は容赦がない。二つ名を持つレーヴだって、吹けば飛ぶような存在なのだ。

 躊躇っている場合ではなかった。少なくとも、エカチェリーナにさえ会えればジョージの件は解決するはずだ。

(エカチェリーナにとってはジョージがここにいることが何よりの罰でしょうね)

「ジョージ、ごめんっ」

 レーヴは、扉に向かって深々と頭を下げた。そして勢いよく上げた顔に使命感を滲ませて、駆け出していく。

 スッと伸びた背は凛として美しく、靡く髪は勇ましい駿馬の尾のようだった。
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