上 下
35 / 71
七章 所詮は軍人、姫になどなれません

35 囚われの姫を助けるのは騎士の務め

しおりを挟む
 扉の隙間に突き刺した、スプーンにナイフにフォークの数々。最後の一本が折れたのを見て、レーヴは舌打ちした。

「あぁ、もう!」

 悔し紛れに、ガンガンと扉を蹴る。扉は木製に見えるのに、レーヴの蹴りにビクともしない。それが余計に彼女を苛立たせた。

(もう!もうもうもう!)

 まるで牛のようにモーモーしていたレーヴだったが、唐突に「なら闘牛になってやろうじゃない」と物騒なことを呟いた。その目はギラギラと闘牛士を狙う闘牛のようにギラついている。レーヴは扉から少し離れると、助走をつけて蹴りつけようとした。

 その時である。

 ギ、と唐突に扉が開いた。

 刺さったままだった柄のないカトラリーが、次々と床に落ちる。カシャンカシャンと金属音が鳴り響く中、レーヴは間抜けな声を漏らした。

「え……!」

「なっ!」

 不意にジョージと目が合って、レーヴは驚いた。

(なんでジョージ⁈)

 扉に炸裂するはずだった闘牛の角、もといレーヴの脚が空を切る。着地しようと慌てて捻った体がドンっと力強い腕に押された。そのせいで、バランスを崩した体がべしゃっと床に叩きつけられる。

 ほんの一瞬の出来事。痛みに呻きながら顔を上げれば、閉まりつつある扉の隙間からジョージが叫んでいた。

「この部屋は必ず一人閉じ込められるように魔術がかけられている。だから、開けるな!お前は急いで部隊に戻れっ!そうでないと……」

 ギィ、バタン。重々しい音を立てて、分厚い扉が閉まる。ジョージの声が聞こえたのはそこまでだった。閉まりきった扉からは物音一つしない。

 あっという間のことで、レーヴは理解が追いつかなかった。それでも、残った理性が自分の身代わりにジョージが閉じ込められたのだと告げてくる。レーヴは、慌てて扉に駆け寄った。

「ジョージ!」

 力一杯叩いても、分厚い扉は壁のようにビクともしない。苛立たしげに歯噛みしながら、レーヴは扉を蹴りつけた。

「なんなのよ、もうっ!」

 レーヴは扉の取っ手に手を伸ばした。だが、彼女は何かを思い出したような顔をして手を止める。記憶の隅に、思い当たるものがあったのだ。

 貴人向けの牢獄ーーそれがこの部屋なのではないのか。もともとは宮殿として建設されたものの一部が、王族や地位のある人間を収容するための牢獄になっているのだと学校で習ったような気もする。

 豪華なベッドもテーブルも、謎の箱も、それならば納得がいく。そして、エカチェリーナがここを選んだことも。

(納得の処遇だわ)

 レーヴは大事にされていたんじゃない。エカチェリーナに投獄されていたのだ。

 ジョージはそんなレーヴの身代わりに、この牢獄へ入ったのだろう。誰かが身代わりになれば、中にいたものは助かる。

 法の抜け道だ。犠牲を払うことで、貴人は助かる。犠牲になる者は衣食住を約束されてウィンウィンとかいうのだろう。本当にウィンウィンなのかはかなり怪しいところではあるが。

「でも、どうしてジョージが?」

 レーヴの身代わりに彼が囚われの身になる理由などないはずだ。どうして、とレーヴはもう一度呟く。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

婚約拒否のために私は引きこもりになる!

たろ
恋愛
『私の何がいけなかったのですか。』 シルヴィアは未来の夫に殺された。 …目を覚ますとシルヴィアは子供に戻っていて、将来自分は婚約者に殺される運命だと気づく。 自分が殺されるのもごめんだし、彼が罪びととなることにも耐えられない!!! …ならばまず婚約なんてしなければいいのでは???そう考えたシルヴィアは手段として引きこもり姫になることを選ぶ。 さて、上手くいくのだろうか。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー
恋愛
 容姿端麗で文武両道、クラスの輪の中心に立ち、笑顔を浮かばす学園の人気者、渡口光。  そんな人気者の光と幼稚園からの付き合いがある幼馴染の男子、古坂太陽。  太陽は幼少の頃から光に好意を抱いていたが、容姿も成績も平凡で特出して良い所がない太陽とでは雲泥の差から友達以上の進展はなかった。  だが、友達のままでは後悔すると思い立った太陽は、中学3年の春に勇気を振り絞り光へと告白。  彼女はそれを笑う事なく、真摯に受け止め、笑顔で受け入れ、晴れて二人は恋人の関係となった。  毎日が楽しかった。  平凡で代わり映えしない毎日だったが、この小さな幸せが永遠に続けばいい……太陽はそう思っていた。  だが、その幸せが彼らが中学を卒業する卒業式の日に突然と告げられる。 「……太陽……別れよ、私たち」 前にあるサイトで二次創作として書いていた作品ですが、オリジナルとして投稿します。 こちらの作品は、小説家になろう、ハーメルン、ノベルバの方でも掲載しております。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...