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六章 悪い魔女はお嬢様
30 偽りの相談
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「ラウムの娘がどうして僕をつけている。何か用か?」
少しでも早くレーヴの元へ行きたくて、デュークは不機嫌を隠そうともせずにエカチェリーナを睨んだ。
美形の不機嫌そうな顔はなかなかに迫力があったが、同類の父と傾国の美女とも言われた美貌の母を持つエカチェリーナにはあまり効果がない。
「あの、父から聞いたのですが、あなたの想い人は栗毛の牝馬の二つ名を持つ、レーヴ・グリペンだとか」
「ああ、そうだが」
レーヴの名前を出されて、デュークはさっさと行こうとしていた足をエカチェリーナの方へ向けた。
デュークはレーヴに恋をしている。それは、紛れも無い事実であるし、隠しているものではない。だが、知り合いの娘とはいえ初対面の人間に言われて、デュークは苛立たしげに口を結んだ。
「大変申し上げにくいのですが……私、聞いてしまったのです。彼女……レーヴが、本当は幼馴染である黄薔薇の騎士との結婚を望んでいると」
「……まさか」
エカチェリーナの話はあまりに唐突だった。
しかし、デュークはそれを一笑に付すことが出来ずにいた。レーヴとジョージの婚約は、デュークが獣人になるにあたっての懸念材料だったからだ。
「私とレーヴは、訓練学校の時からの友人で、卒業後も親しくしておりました。そんな彼女から、相談したいことがあると呼び出されまして……それで、彼女は涙ながらに言ったのです。獣人に恋をされたので責任を取らなくちゃいけない。だけど、本当はジョージが好きだと気付いてしまったのだと」
「彼女が、そう言ったのか?」
「ええ……可哀想に、とても困っておりましたわ。先日、デューク様とジョージ様が決闘紛いの試合を行ったことが、決定打になったようで……責任は取らなくちゃいけない、でもあんな恐ろしい力を持った獣人が怖くて仕方がない、と」
ぶるぶる震えて痛ましい姿だったと続けたエカチェリーナに、デュークは信じられない気持ちでいっぱいだった。
どうして。なぜ。少しも気が付かなかった。そんな気持ちばかりが浮上してくる。お門違いにもレーヴを責めたくなって、デュークは唇を噛んだ。
レーヴは優しい。見た目ばかりで足は鈍い『青毛の駑馬』と呼ばれ、馬鹿にされていたデュークを「かっこいい」と言って、急がなくてはいけない時なのに彼を信じて乗ってくれた。あの時の高揚感といったら、生まれて初めてと言ってもいいくらいだ。魔力の波長もこの上なく良く、彼女が乗るとデュークの脚はとめどなく溢れる力で走ることが出来た。
そんな彼女が、デュークに敗れたジョージを改めて好きになることは十分あり得た。弱い者に、彼女は優しい。
「そうか……」
デュークの肩が、がくりと落ちる。彼の落胆に共鳴するように、足元にあった草が枯れていった。
瞬く間に枯れ果てた草に気付いたエカチェリーナは小さく息を飲んだが、次の瞬間にはそれを微塵も見せずに深刻そうな表情を浮かべた。
「デューク様……これから、どうなさいますの?」
「決まっている。レーヴがジョージを好いているなら、僕は身を引くだけだ。これ以上嫌われないように、魔獣保護団体の施設に引きこもって最期を迎えるさ」
「まぁ……」
エカチェリーナの哀れみの視線を振り払うように、デュークは踵を返した。
胸が痛くて仕方がない。けれど、彼の胸を満たすのは、それだけではなかった。
じくじくとした痛みの奥に、ほんのり浮かぶもの。それは、満足感ともいえるものだった。
(獣人になれて良かったじゃないか)
デュークの中に、後悔がないわけではない。けれど、命を賭して得られたものは代え難いものだった。
今はただ、レーヴの幸福を願うばかりである。
(彼女の幸福を願い、彼女との思い出を持って消滅できる。それほど素晴らしいことはない)
デュークの想いに偽りはない。馬のままでは出来なかったことを、成し遂げることが出来たのである。
(出来れば、起きている時にしてみたかったなぁ)
後悔があるとするならば、唯一、眠る彼女にキスをしたことだろうか。
起きている時にしてみせたら、彼女は一体どんな顔をしてくれたのだろう。
もう、見ることは出来ない。それだけが、心残りだった。
少しでも早くレーヴの元へ行きたくて、デュークは不機嫌を隠そうともせずにエカチェリーナを睨んだ。
美形の不機嫌そうな顔はなかなかに迫力があったが、同類の父と傾国の美女とも言われた美貌の母を持つエカチェリーナにはあまり効果がない。
「あの、父から聞いたのですが、あなたの想い人は栗毛の牝馬の二つ名を持つ、レーヴ・グリペンだとか」
「ああ、そうだが」
レーヴの名前を出されて、デュークはさっさと行こうとしていた足をエカチェリーナの方へ向けた。
デュークはレーヴに恋をしている。それは、紛れも無い事実であるし、隠しているものではない。だが、知り合いの娘とはいえ初対面の人間に言われて、デュークは苛立たしげに口を結んだ。
「大変申し上げにくいのですが……私、聞いてしまったのです。彼女……レーヴが、本当は幼馴染である黄薔薇の騎士との結婚を望んでいると」
「……まさか」
エカチェリーナの話はあまりに唐突だった。
しかし、デュークはそれを一笑に付すことが出来ずにいた。レーヴとジョージの婚約は、デュークが獣人になるにあたっての懸念材料だったからだ。
「私とレーヴは、訓練学校の時からの友人で、卒業後も親しくしておりました。そんな彼女から、相談したいことがあると呼び出されまして……それで、彼女は涙ながらに言ったのです。獣人に恋をされたので責任を取らなくちゃいけない。だけど、本当はジョージが好きだと気付いてしまったのだと」
「彼女が、そう言ったのか?」
「ええ……可哀想に、とても困っておりましたわ。先日、デューク様とジョージ様が決闘紛いの試合を行ったことが、決定打になったようで……責任は取らなくちゃいけない、でもあんな恐ろしい力を持った獣人が怖くて仕方がない、と」
ぶるぶる震えて痛ましい姿だったと続けたエカチェリーナに、デュークは信じられない気持ちでいっぱいだった。
どうして。なぜ。少しも気が付かなかった。そんな気持ちばかりが浮上してくる。お門違いにもレーヴを責めたくなって、デュークは唇を噛んだ。
レーヴは優しい。見た目ばかりで足は鈍い『青毛の駑馬』と呼ばれ、馬鹿にされていたデュークを「かっこいい」と言って、急がなくてはいけない時なのに彼を信じて乗ってくれた。あの時の高揚感といったら、生まれて初めてと言ってもいいくらいだ。魔力の波長もこの上なく良く、彼女が乗るとデュークの脚はとめどなく溢れる力で走ることが出来た。
そんな彼女が、デュークに敗れたジョージを改めて好きになることは十分あり得た。弱い者に、彼女は優しい。
「そうか……」
デュークの肩が、がくりと落ちる。彼の落胆に共鳴するように、足元にあった草が枯れていった。
瞬く間に枯れ果てた草に気付いたエカチェリーナは小さく息を飲んだが、次の瞬間にはそれを微塵も見せずに深刻そうな表情を浮かべた。
「デューク様……これから、どうなさいますの?」
「決まっている。レーヴがジョージを好いているなら、僕は身を引くだけだ。これ以上嫌われないように、魔獣保護団体の施設に引きこもって最期を迎えるさ」
「まぁ……」
エカチェリーナの哀れみの視線を振り払うように、デュークは踵を返した。
胸が痛くて仕方がない。けれど、彼の胸を満たすのは、それだけではなかった。
じくじくとした痛みの奥に、ほんのり浮かぶもの。それは、満足感ともいえるものだった。
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