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五章 私のために争わないで、とはいきません

23 美形獣人の抱擁

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レーヴが彼に恋をすれば、デュークは消滅しない。そして、彼女のそばで人族の男として生きていける。

 しかし、それがどれだけ難しいことなのかデュークは知っていた。だから、彼は困ったように笑う。

「恋って、どうやって証明するんだろう?」

 今のレーヴはやけに素直にものを言う。久しぶりに泣いたせいで頭がぼんやりしているからかもしれない。

 こんな時は、ロクなことを言わないだろう。それでもデュークと話していると怖いことを思い出さずに済むので、レーヴは話すことをやめたくなかった。

「おとぎ話では、真実の愛が呪いを解くけど……」

 真実の愛とはなんぞや。以前にも似たようなことを考えた。けれど、答えは出ないまま、今も分からないままだ。

「キスをするとか?」

「それは、恋をしていなくても出来るじゃない」

「少なくとも僕はレーヴとしかしたくないよ」

「人族は、けっこう薄情なのかもね」

「レーヴは?誰彼構わずするの?」

「したことがないから、わかんない」

「してみる?」

「気軽にしたくない」

「ふぅん」

 不意に、会話が途切れた。デュークは持っていたカップをチェストに置き、ゆっくりと立ち上がってレーヴを見下ろす。

 解けた栗色の長い髪がベッドの上に広がっていた。いつもは結っているから、デュークの目には新鮮に映る。

 しなやかな筋肉をまとう、人族の女性。胎児のように丸くなっていると、デューク好みのお尻がふっくらと二つの丘を作って、垂涎ものである。

 しかし、今はその魅力的なお尻よりも見たいものがあった。

「レーヴ」

 デュークはそっと屈み込むと、レーヴの体の横に手を突いた。ベッドのスプリングが、デュークの重みにギシリと音を立てる。

 ぴくりとレーヴの体が跳ねた。

 宥めるようにデュークの唇がレーヴの手の甲に押し当てられる。柔らかな感触を感じて、レーヴの体がまたぴくりと跳ねた。

「僕だって、気軽にしていないよ。でも、君になら何度だってしたい」

 小鳥がついばむように、デュークは何度もレーヴの手に、腕に、キスを落としてくる。くすぐったさに思わず手を退かして睨めば、嬉しそうに笑ったデュークがレーヴの目尻に溜まる涙を拭った。

「やっと顔を見せてくれた」

 デュークが、子供のように顔を綻ばせて笑う。嬉しい、愛しい、とその顔がレーヴに伝えてくるから、彼女はまたポロリと涙を零してしまった。

「一人で泣かないで」

 ちゅ、と音を立てて涙を唇で拭ったデュークが離れていく。温もりが離れていくのがどうしようもなく悲しくて、レーヴは咄嗟に手を伸ばした。

「おいで」

 ベッドに腰掛けたデュークの膝の上に、レーヴは導かれるまま腰を下ろした。至近距離で向かい合うのはこれで二度目だ。恥ずかしさを誤魔化すように、レーヴはスンッと鼻を鳴らした。

 彼の腕の中は温かい。ぎゅっと抱きしめられて、その腕の中に閉じ込められると、ひどく安心した。

(離れ難いなぁ)

 おずおずと腕を上げて、レーヴはデュークの背に回してみる。遠慮しないで、と言うようにデュークの抱擁が強まったので、レーヴは遠慮なく抱き着いた。

 隙間なくぴったりとくっついた胸に、デュークの鼓動が伝わる。ドキドキと聞こえる心音は、レーヴと同じように緊張しているのかやや早い。

(今、どんな顔をしているの?)

 急にその顔を見つめたくなって、レーヴは顔を上げた。

 長い年月を経て海底で生まれた木の化石ーー魔除けの力を持つ黒玉ジェットのような目が、レーヴを見つめてくれている。慈愛に満ちた視線の中に混じる相反するものを見つけて、彼女は観察するように更にじっと見つめた。

 気になって、目が離せない。レーヴの中で目を離した方が良いと警鐘が鳴っているけれど、その正体を知るまで離せる気がしなかった。

「はぁ」

 デュークの唇から、熱い吐息が溢れた。気のせいか、彼の体温が上がっているように感じる。

「デューク?」

「あの、そんなに見つめないで貰えないかな。嬉しいけど、その……僕もオスだから色々と困る」

 そう言いながらも、デュークはレーヴを抱く腕を緩めようとはしなかった。

「ごめ、ん……」

「ううん、いいんだ。……でも、今日は君のために頑張って勝ったから、少しだけ、ご褒美を貰っても良い?」

 コクリとレーヴが頷くと、デュークは彼女を覗き込むようにして顔を近づけてきた。

 デュークの唇がレーヴの頰に触れる。彼の唇がゆっくりと、涙の跡を辿るように移動していく。そして、辿り着いたレーヴの火照った瞼にそっとキスを落とした。

「これが、ご褒美になるの?」

「うん……今は、これだけでいい……」

 ぼんやりと夢見るような声で、デュークは答えた。子守唄のような声音は優しく、レーヴの荒れた心が次第に凪いでいく。

 レーヴより高い体温。毛布のように柔らかくはないけれど、落ち着く彼の腕の中。レーヴのぽってりとした瞼の奥にある目がとろりと潤んだ。

「レーヴ。もう、おやすみ」

 レーヴの後頭部に添えられた手が、デュークの胸に凭れかかるように促してくる。残った手が宥めるようにトン、トンとレーヴの背中を叩いた。

「大丈夫。今夜は、なにもしないから。ゆっくり、おやすみ」

 デュークの唇が、レーヴの頭頂部の髪を僅かに食んだ。「それ、癖なの?」とレーヴは聞いてみたかったが、訪れた睡魔に抗う術はなく、ゆるやかに意識を手放したのだった。
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