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五章 私のために争わないで、とはいきません
20 美形獣人と黄薔薇の騎士の試合③
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結局、レーヴは三回目の勝負をやめさせることが出来なかった。デュークの戦い方を見たいという、欲に負けたのである。
(だって、仕方ないじゃない。ものすごーく、見たいんだから!)
本来ならば、ジョージの怒りの矛先はレーヴが負うべきものだ。巻き込まれたデュークにレーヴは申し訳なさを感じた。
実のところ、ジョージの怒りの矛先がデュークに向かうのは至極真っ当なことだ。ジョージの言動は褒められたものではないが、彼はレーヴが好きなのだ。歪んでいるが、長年大事に守ってきた女がポッと出の男に、それも獣人とかいう謎の生き物に奪われたのである。黙っていられるわけがない。
三回勝負とはいえ、二敗している。ジョージは情けなさに唇を噛み締め、湧き上がる殺意を隠そうともせずにデュークを睨みつけていた。
「しっかりと見ていて。レーヴのために、戦うから」
ジョージに見せつけるように、デュークはレーヴの耳に唇を寄せて囁いた。男嫌いだと思っていたレーヴが気安くデュークを側に置くのを見て、ジョージはぎりぎりと歯を噛み締める。
「ご武運を」
レーヴの言葉に頷きを返して、デュークはゆっくりとジョージの前へ出た。
ギャラリーの熱気が、ブワリと増す。熱狂ーーこの場にはまさにその言葉が相応しい。デュークとジョージ、これから始まる強者たちの試合を今か今かと期待に打ち震えながら、固唾を飲んで開始の合図を待つ。
「では、始めよう。魔術はなし。使用するのは剣のみだ」
ジョシュアが朗々とルールを述べた。一拍置いて、
「始めっ」
試合が始まる。
皆、野次を飛ばすことも忘れ、奇妙なほど静かに彼らを見ていた。誰も彼もが二人の一挙手一投足に注目し、一つも見逃さないようにと瞬きさえ躊躇する。
二人の激しい剣戟は耳を貫く雷のようだ。
デュークは馬らしく軽快なステップで立ち回りながら、ジョージの攻撃をいなしている。攻撃は最小限。どちらかと言えば防御がメインのようだ。
対するジョージはレーヴが見慣れない剣技でデュークに攻め込んでいる。どこか優美さが漂うところを見るに、もしかしたら王族が教わる特殊なものなのかもしれない。
レーヴは睨むように二人を見つめた。呼吸することも憚られるような緊迫した空気が、場を満たしている。見つかれば即座に命を狩られのではないかと思わされる殺気。一声でも発すれば、容赦なく屠られそうだ。
知らず、レーヴはぎゅっと四肢に力を入れていた。こんなにも露骨な殺気は生まれて初めてかもしれない。気を抜けばあっという間にへたり込みそうで、レーヴはぎりぎりと拳を握りしめた。
乾いた土が二人の足元で土埃となって舞い上がる。ガキィンと剣を交えた二人が、同時に距離を取った。
(あぁ、次で決まる)
瞬間、勝敗は決した。金属のうねる音が響き、ジョージの剣が宙を舞う。くるくると回った剣は、まるで聖剣伝説のように地面へずぶりと突き刺さった。
あっという間の出来事に、ギャラリーは圧倒され、声も出ない。厩舎の馬が、デュークを祝うように一斉に嘶いた。
しばし呆然と立ち尽くしていたジョージだったが、デュークがレーヴのもとに行こうとしているのに気付いて逆上した。
「こんのっ……!」
ジョージの手から、小型ナイフが投擲された。怒りに任せた一投はデュークの横を過ぎ去り、レーヴへ迫る。
迫るナイフを見て、レーヴはまるで流れ星のようだなと思っていた。試合中に力み過ぎたのか、彼女の体は痺れて動くこともままならない。
「レーヴッ」
慌ててジョージがレーヴの名前を呼ぶが、レーヴはどうにも出来ない。
その時、レーヴの足元からシュルシュルと蛇が這うような音がした気がした。
ドスっと音を立ててナイフが突き刺さる。
「はっ……」
詰めていた息を僅かに吐く。緊張に強張っていたレーヴの体がぐらりと傾いだ。走り寄ったデュークが彼女の体を大事に掻き抱く。
彼女の体に、出血はなかった。かすり傷さえも。
ナイフはレーヴの前に突如生えてきたーーというより急成長を遂げた木の幹に刺さっている。レーヴが聞いたシュルシュルという音は、彼女の足元にあった小枝ほどの大きさだった木が成長する音だったようだ。
(デュークの、魔術)
植物に関する魔術を使えるデュークが、やったのだろう。彼は以前前、三葉のクローバーを四葉に変えたことがある。
「レーヴ、大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくるデュークに、レーヴは「はは」と乾いた笑みを返した。いろいろ立て続けにありすぎて、どうしていいのか分からなかったのだ。
「大丈夫……なのかなぁ?」
レーヴは自分でもよく分からなかった。とにかく痛いほど心臓がバクバクしていて、頭が働くことを放棄している。
「れ、レーヴちゃんっ!」
ジョシュアの震え声が聞こえた。デュークの影からそっと顔を出すと、ジョシュアがへなへなとその場に座り込んで涙を流している。レーヴは彼がこれ以上心配しないように、手を振って無事を知らせた。
(歳食って涙腺弱くなったのかなぁ)
場違いなことを考えながら、レーヴはジョシュアを見つめ続けた。でも本当は、ジョージのことを視界に入れたくなかったからだ。レーヴはジョージのことが怖くて仕方がなかった。デュークを狙っていたとはいえ、結果として彼女が危険に晒されたのである。それは仕方のないことだろう。
「ジョシュア!レーヴはこのまま家に帰しても良いですね?あなたの孫、きちんと叱っておいて下さい」
レーヴの無事にホッとした表情を浮かべるジョージを、殺意をありありと浮かべた目でデュークは一瞥した。射殺せそうな視線に晒されて、ジョージはぐっと押し黙る。
デュークはレーヴの体をゆっくりと抱き上げると、遅れて震え始めた彼女を慰めるように頭のてっぺんへキスを落とした。
「デューク」
「家まで送る」
「うん」
立ち去るレーヴとデュークの後ろで、ギャラリーの罵声とジョシュアの怒号が響いた。
「ジョージ様……」
一人の少女の悲痛な呟きは、ギャラリーの声に掻き消されて、誰の耳にも届かなかった。
(だって、仕方ないじゃない。ものすごーく、見たいんだから!)
本来ならば、ジョージの怒りの矛先はレーヴが負うべきものだ。巻き込まれたデュークにレーヴは申し訳なさを感じた。
実のところ、ジョージの怒りの矛先がデュークに向かうのは至極真っ当なことだ。ジョージの言動は褒められたものではないが、彼はレーヴが好きなのだ。歪んでいるが、長年大事に守ってきた女がポッと出の男に、それも獣人とかいう謎の生き物に奪われたのである。黙っていられるわけがない。
三回勝負とはいえ、二敗している。ジョージは情けなさに唇を噛み締め、湧き上がる殺意を隠そうともせずにデュークを睨みつけていた。
「しっかりと見ていて。レーヴのために、戦うから」
ジョージに見せつけるように、デュークはレーヴの耳に唇を寄せて囁いた。男嫌いだと思っていたレーヴが気安くデュークを側に置くのを見て、ジョージはぎりぎりと歯を噛み締める。
「ご武運を」
レーヴの言葉に頷きを返して、デュークはゆっくりとジョージの前へ出た。
ギャラリーの熱気が、ブワリと増す。熱狂ーーこの場にはまさにその言葉が相応しい。デュークとジョージ、これから始まる強者たちの試合を今か今かと期待に打ち震えながら、固唾を飲んで開始の合図を待つ。
「では、始めよう。魔術はなし。使用するのは剣のみだ」
ジョシュアが朗々とルールを述べた。一拍置いて、
「始めっ」
試合が始まる。
皆、野次を飛ばすことも忘れ、奇妙なほど静かに彼らを見ていた。誰も彼もが二人の一挙手一投足に注目し、一つも見逃さないようにと瞬きさえ躊躇する。
二人の激しい剣戟は耳を貫く雷のようだ。
デュークは馬らしく軽快なステップで立ち回りながら、ジョージの攻撃をいなしている。攻撃は最小限。どちらかと言えば防御がメインのようだ。
対するジョージはレーヴが見慣れない剣技でデュークに攻め込んでいる。どこか優美さが漂うところを見るに、もしかしたら王族が教わる特殊なものなのかもしれない。
レーヴは睨むように二人を見つめた。呼吸することも憚られるような緊迫した空気が、場を満たしている。見つかれば即座に命を狩られのではないかと思わされる殺気。一声でも発すれば、容赦なく屠られそうだ。
知らず、レーヴはぎゅっと四肢に力を入れていた。こんなにも露骨な殺気は生まれて初めてかもしれない。気を抜けばあっという間にへたり込みそうで、レーヴはぎりぎりと拳を握りしめた。
乾いた土が二人の足元で土埃となって舞い上がる。ガキィンと剣を交えた二人が、同時に距離を取った。
(あぁ、次で決まる)
瞬間、勝敗は決した。金属のうねる音が響き、ジョージの剣が宙を舞う。くるくると回った剣は、まるで聖剣伝説のように地面へずぶりと突き刺さった。
あっという間の出来事に、ギャラリーは圧倒され、声も出ない。厩舎の馬が、デュークを祝うように一斉に嘶いた。
しばし呆然と立ち尽くしていたジョージだったが、デュークがレーヴのもとに行こうとしているのに気付いて逆上した。
「こんのっ……!」
ジョージの手から、小型ナイフが投擲された。怒りに任せた一投はデュークの横を過ぎ去り、レーヴへ迫る。
迫るナイフを見て、レーヴはまるで流れ星のようだなと思っていた。試合中に力み過ぎたのか、彼女の体は痺れて動くこともままならない。
「レーヴッ」
慌ててジョージがレーヴの名前を呼ぶが、レーヴはどうにも出来ない。
その時、レーヴの足元からシュルシュルと蛇が這うような音がした気がした。
ドスっと音を立ててナイフが突き刺さる。
「はっ……」
詰めていた息を僅かに吐く。緊張に強張っていたレーヴの体がぐらりと傾いだ。走り寄ったデュークが彼女の体を大事に掻き抱く。
彼女の体に、出血はなかった。かすり傷さえも。
ナイフはレーヴの前に突如生えてきたーーというより急成長を遂げた木の幹に刺さっている。レーヴが聞いたシュルシュルという音は、彼女の足元にあった小枝ほどの大きさだった木が成長する音だったようだ。
(デュークの、魔術)
植物に関する魔術を使えるデュークが、やったのだろう。彼は以前前、三葉のクローバーを四葉に変えたことがある。
「レーヴ、大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくるデュークに、レーヴは「はは」と乾いた笑みを返した。いろいろ立て続けにありすぎて、どうしていいのか分からなかったのだ。
「大丈夫……なのかなぁ?」
レーヴは自分でもよく分からなかった。とにかく痛いほど心臓がバクバクしていて、頭が働くことを放棄している。
「れ、レーヴちゃんっ!」
ジョシュアの震え声が聞こえた。デュークの影からそっと顔を出すと、ジョシュアがへなへなとその場に座り込んで涙を流している。レーヴは彼がこれ以上心配しないように、手を振って無事を知らせた。
(歳食って涙腺弱くなったのかなぁ)
場違いなことを考えながら、レーヴはジョシュアを見つめ続けた。でも本当は、ジョージのことを視界に入れたくなかったからだ。レーヴはジョージのことが怖くて仕方がなかった。デュークを狙っていたとはいえ、結果として彼女が危険に晒されたのである。それは仕方のないことだろう。
「ジョシュア!レーヴはこのまま家に帰しても良いですね?あなたの孫、きちんと叱っておいて下さい」
レーヴの無事にホッとした表情を浮かべるジョージを、殺意をありありと浮かべた目でデュークは一瞥した。射殺せそうな視線に晒されて、ジョージはぐっと押し黙る。
デュークはレーヴの体をゆっくりと抱き上げると、遅れて震え始めた彼女を慰めるように頭のてっぺんへキスを落とした。
「デューク」
「家まで送る」
「うん」
立ち去るレーヴとデュークの後ろで、ギャラリーの罵声とジョシュアの怒号が響いた。
「ジョージ様……」
一人の少女の悲痛な呟きは、ギャラリーの声に掻き消されて、誰の耳にも届かなかった。
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