上 下
18 / 71
五章 私のために争わないで、とはいきません

18 美形獣人と黄薔薇の騎士の試合①

しおりを挟む
 レーヴが目を覚ました時、そこは早馬部隊王都支部の応接室だった。客用の二人掛けのソファはふかふかで座り心地抜群なのは知っていたが、寝心地も悪くない。

(馬車に乗っていたはずじゃ……)

「あら、起きた?」

 テーブルを挟んだ向かい側のソファに腰掛けていたアーニャが、目を覚ましたレーヴに気付いて声をかけてきた。テーブルの上には消印待ちの手紙が山積みになっている。そして、彼女の手にはスタンプ。どうやら、レーヴが目覚めるのを待ちながら消印を押していたらしい。

「アーニャ?」

「よく寝てたわねぇ」

 答えながらもアーニャの手は止まらない。ぺったんぺったんとリズム良く消印が押されていく。さすが先輩、見事な手さばきである。

「なんで、私……」

「うふふ。みーたーわーよー!」

 スターンッと勢いよくスタンプを押し付けたアーニャは、その勢いのまますっくと立ち上がった。まるでオバケかなにかを見たような台詞だ。しかし、ホクホクとした様子からして、彼女が見たのはオバケなんかじゃないと分かる。

「デューク君!とっても美形ねぇ。眼福だったわぁ」

 頰に手を当て、キャッキャと笑うアーニャは心なしか若返って見える。ふっくらとした頰をほんのり上気させ、まるで憧れの人に声をかけられた少女のように興奮していた。その目はキラキラと輝いているようである。

(うん、分かる。デュークはとんでもない美形だから)

 アーニャの反応は女性として当然だと思う。あんな美形、滅多にいない。

 そんな美形とついさっきまで同じ馬車で二人きりだった。しかも、彼の膝の上で抱かれ、お尻を揉みしだかれたのである。レーヴは気を失う直前までのことを走馬灯のように思い出して、ソファに突っ伏した。

(うっわぁぁぁぁ‼︎)

 失神なんて、訓練で絞め技を食らって以来である。攻撃されて意識を失うならともかく、羞恥による酸素不足で気絶するとは。自分の耐性のなさに、レーヴは悲しいやら情けないやら複雑だ。

『愛しいレーヴ。誘っているの?』

 首筋に当たる獣のような吐息、耳をくすぐる甘ったるい声。思い出すだけで頭が沸騰して爆発しそうだ。レーヴは残滓を消すように耳から首筋にかけて、手で擦った。

「首、どうかしたの?」

「ううん、なんでもない」

 誤魔化すように笑って、レーヴはソファから起き上がった。「これ以上思い出すな」と呟きながら、湧き上がる羞恥心を振り落とすように首を振る。

「ところで、おじいちゃんはどこ?デュークとは会えたの?」

 アーニャだけ会ったとなれば、ジョシュアが拗ねるのは必至だ。応接室に見当たらない彼はどこにいるのだろうとレーヴがアーニャに問いかけたその時だった。

 ーードォォォォォォン。

「な、なにっ⁈」

「あー……なんというか、うーん……洗礼?」

「洗礼⁈」

 アーニャはなんともいえない表情でぎこちなく笑った。その笑みに嫌なものを覚えて、レーヴは慌てて応接室を飛び出す。どちらに向かえばいいのかなんて考える必要もないくらい、大きな音は何度も鳴り響いていた。

「なになになに!何が起きてるの⁈」

 アーニャが動かないところをみると、仕事に支障をきたすようなものではないのだろう。しかし、嫌な予感しかしない。

 レーヴが音を頼りに向かった先は、厩舎がある郵便局の裏手だった。馬の訓練場を兼ねるそこは、広々とした空き地になっている。

 その真ん中に、三人の人物がいた。一人は地べたに座り込み、もう一人はその人に手を差し伸べ、起こそうとしている。残る一人は二人からやや離れたところに立ち、レーヴを見つけた途端キラキラとした視線を向けてきた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

【完結】貧乏令嬢は自分の力でのし上がる!後悔?先に立たずと申しましてよ。

やまぐちこはる
恋愛
領地が災害に見舞われたことで貧乏どん底の伯爵令嬢サラは子爵令息の婚約者がいたが、裕福な子爵令嬢に乗り換えられてしまう。婚約解消の慰謝料として受け取った金で、それまで我慢していたスイーツを食べに行ったところ運命の出会いを果たし、店主に断られながらも通い詰めてなんとかスイーツショップの店員になった。 貴族の令嬢には無理と店主に厳しくあしらわれながらも、めげずに下積みの修業を経てパティシエールになるサラ。 そしてサラを見守り続ける青年貴族との恋が始まる。 全44話、7/24より毎日8時に更新します。 よろしくお願いいたします。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...