16 / 71
四章 王子様の告白
16 不貞腐れる美形獣人
しおりを挟む
レーヴを抱きかかえたまま馬車のある地域まであっという間に戻ってきたというのに、デュークは荒い息さえ吐くことはなかった。涼しい顔をしたまま、馬車を調達し、今はレーヴと馬車内で向かい合って座っている。
馬車に入るなり隣に座ろうとしていたデュークだったが、レーヴに制され渋々向かい側に座ることとなった。離れていた期間の分を取り戻そうとするかのように過剰にスキンシップをしようとしてくるので、レーヴは気が気ではない。
彼女には聞きたいことが山ほどあるのである。イチャイチャなんてしていたら、聞きたいことなんて一つも聞けなくなってしまう自信があった。
(情けないけど、手を繋いだだけで黙りかねないっ)
未練がましくつま先を突いてくるデュークのつま先から離れるように足を組んだレーヴは、わざと威嚇するようにまるで尋問官のような鋭い目つきでーーデュークからしたら慈愛に満ちた優しい目つきで彼を見つめ、こう言った。
「それで?どうして、こんなことになっているの?」
「だって、マリーがいけない」
シャープな頰をぷぅっと膨らませるデュークに、レーヴはまるで拗ねた子どものようだと思った。だからだろうか、レーヴの問いも子供への問いかけのように優しい。
「どうして、マリーがいけないの?」
「せっかく君に会いたくて獣人になったのに、会いに行かせてくれなかった」
「マリーに止められていたの?」
「うん。押してダメなら引いてみろって言っていた。どんな意味なんだろう?レーヴを押したことなんてなかったはずだけど。押してみたら分かるのかな」
「……どうだろうね」
レーヴは想像した。
デュークの手がレーヴの手を握り、グイッと引き寄せられる。バランスを崩した彼女へ足払いをして、そのままバーンと引き倒しーー
(って、色気がない!もっと、こう、乙女チックなやつ!)
うっかり訓練学校で習った押し倒し方で想像してしまい、レーヴは慌てて打ち消した。そうしてレーヴはあらん限りの想像力を総動員して、乙女チックな押し倒しを思い描く。
(そもそも、立った状態だから無理があるんだよ)
並んで座る、レーヴとデューク。二人の距離が徐々に近づいて、間に置かれた手と手が触れ合って、絡み合う。少しずつ体重をかけるようにデュークの上半身がレーヴの方へ傾いてーー
(ギャァァァァ、無理、無理ぃぃぃぃ)
デュークに押し倒される自分を想像して、レーヴは顔を赤らめた。
「レーヴ、顔が赤いけど大丈夫?」
(大丈夫じゃない。恥ずかしくて死にそう)
とはいえ、妄想して恥ずかしくなって死にそうになってますなんて正直に言えば破廉恥だと思われてしまうかもしれない。
「な、なんでもない」
「そう?」
赤い顔を隠すように、レーヴは俯いた。だから、レーヴは気付かない。デュークが今、正に魔王のような意地の悪そうな顔をしているなんて。
「今度やってみても良い?」
「今度……?」
無邪気そうに聞いてくるデュークが、本当は分かっているくせに無知なふりをしているなんて気付きもしない。くるくると表情を変えるレーヴを見て、かわいいなぁなんてしみじみしていることもまた然り。
(想像だけで叫び声を上げそうなのに、本当にされたら失神するんじゃないの?)
とにかくそれだけは回避しようとしたレーヴの脳裏に、天啓のようにある出来事が思い起こされた。
「あ!そういえば、職場の上官がデュークに会いたいって言っているんだけど、どうする?断っても大丈夫だけど」
「ふふ。レーヴは可愛いなぁ」
デュークにはレーヴのことなんてお見通しだ。一生懸命に話題を逸らそうとしているが、あからさま過ぎて滑稽なほどである。とはいえ、その愚かさが可愛く思えてしまうのが魔獣の性。素直じゃない彼女が可愛くて仕方がないデュークは、抱き締めたくなる衝動をなんとか耐えた。
「私は、可愛くない」
どこが可愛くないというのか。怒ったような顔をしているが、それだって恥ずかしいのを隠しているだけだろう。抱き締めて頰にキスをして、「レーヴは可愛い」「レーヴが好きだ」と言ったらどんな顔するのだろうとデュークは思案する。
「そういえば、僕はまだ言っていなかった」
「なにを?」
デュークは完全に言ったつもりになっていたが、彼女に「好きだ」と言ったことがないことを思い出した。レーヴの態度を見るに、デュークの気持ちは存分に伝わっているだろうが、人族の女性は言葉にするのが大事だとマリーから聞かされている。
「きっと、そこから伝えるべきなんだろうな」
「デューク?」
「この前、言っていた約束、どうしようか?」
デュークの脈絡のない問いにレーヴは不思議そうにきょとんとした後、思い出したのか小さく「あぁ」と吐息のような声を漏らして返答した。
「運命の子の話?」
「そう。聞きたい?」
「うん。聞きたい」
「今、話しても良いかな」
「分かった」
そう言って、レーヴは組んでいた足を解くと、背をしゃんと伸ばして座り直した。こういう、きちんとしたところも好きだなとデュークは改めて思う。
レーヴに習って自身も姿勢を正すと、すぅっと一つ深呼吸をする。そうしてデュークは話し始めた。魔獣の初恋の話だ。
馬車に入るなり隣に座ろうとしていたデュークだったが、レーヴに制され渋々向かい側に座ることとなった。離れていた期間の分を取り戻そうとするかのように過剰にスキンシップをしようとしてくるので、レーヴは気が気ではない。
彼女には聞きたいことが山ほどあるのである。イチャイチャなんてしていたら、聞きたいことなんて一つも聞けなくなってしまう自信があった。
(情けないけど、手を繋いだだけで黙りかねないっ)
未練がましくつま先を突いてくるデュークのつま先から離れるように足を組んだレーヴは、わざと威嚇するようにまるで尋問官のような鋭い目つきでーーデュークからしたら慈愛に満ちた優しい目つきで彼を見つめ、こう言った。
「それで?どうして、こんなことになっているの?」
「だって、マリーがいけない」
シャープな頰をぷぅっと膨らませるデュークに、レーヴはまるで拗ねた子どものようだと思った。だからだろうか、レーヴの問いも子供への問いかけのように優しい。
「どうして、マリーがいけないの?」
「せっかく君に会いたくて獣人になったのに、会いに行かせてくれなかった」
「マリーに止められていたの?」
「うん。押してダメなら引いてみろって言っていた。どんな意味なんだろう?レーヴを押したことなんてなかったはずだけど。押してみたら分かるのかな」
「……どうだろうね」
レーヴは想像した。
デュークの手がレーヴの手を握り、グイッと引き寄せられる。バランスを崩した彼女へ足払いをして、そのままバーンと引き倒しーー
(って、色気がない!もっと、こう、乙女チックなやつ!)
うっかり訓練学校で習った押し倒し方で想像してしまい、レーヴは慌てて打ち消した。そうしてレーヴはあらん限りの想像力を総動員して、乙女チックな押し倒しを思い描く。
(そもそも、立った状態だから無理があるんだよ)
並んで座る、レーヴとデューク。二人の距離が徐々に近づいて、間に置かれた手と手が触れ合って、絡み合う。少しずつ体重をかけるようにデュークの上半身がレーヴの方へ傾いてーー
(ギャァァァァ、無理、無理ぃぃぃぃ)
デュークに押し倒される自分を想像して、レーヴは顔を赤らめた。
「レーヴ、顔が赤いけど大丈夫?」
(大丈夫じゃない。恥ずかしくて死にそう)
とはいえ、妄想して恥ずかしくなって死にそうになってますなんて正直に言えば破廉恥だと思われてしまうかもしれない。
「な、なんでもない」
「そう?」
赤い顔を隠すように、レーヴは俯いた。だから、レーヴは気付かない。デュークが今、正に魔王のような意地の悪そうな顔をしているなんて。
「今度やってみても良い?」
「今度……?」
無邪気そうに聞いてくるデュークが、本当は分かっているくせに無知なふりをしているなんて気付きもしない。くるくると表情を変えるレーヴを見て、かわいいなぁなんてしみじみしていることもまた然り。
(想像だけで叫び声を上げそうなのに、本当にされたら失神するんじゃないの?)
とにかくそれだけは回避しようとしたレーヴの脳裏に、天啓のようにある出来事が思い起こされた。
「あ!そういえば、職場の上官がデュークに会いたいって言っているんだけど、どうする?断っても大丈夫だけど」
「ふふ。レーヴは可愛いなぁ」
デュークにはレーヴのことなんてお見通しだ。一生懸命に話題を逸らそうとしているが、あからさま過ぎて滑稽なほどである。とはいえ、その愚かさが可愛く思えてしまうのが魔獣の性。素直じゃない彼女が可愛くて仕方がないデュークは、抱き締めたくなる衝動をなんとか耐えた。
「私は、可愛くない」
どこが可愛くないというのか。怒ったような顔をしているが、それだって恥ずかしいのを隠しているだけだろう。抱き締めて頰にキスをして、「レーヴは可愛い」「レーヴが好きだ」と言ったらどんな顔するのだろうとデュークは思案する。
「そういえば、僕はまだ言っていなかった」
「なにを?」
デュークは完全に言ったつもりになっていたが、彼女に「好きだ」と言ったことがないことを思い出した。レーヴの態度を見るに、デュークの気持ちは存分に伝わっているだろうが、人族の女性は言葉にするのが大事だとマリーから聞かされている。
「きっと、そこから伝えるべきなんだろうな」
「デューク?」
「この前、言っていた約束、どうしようか?」
デュークの脈絡のない問いにレーヴは不思議そうにきょとんとした後、思い出したのか小さく「あぁ」と吐息のような声を漏らして返答した。
「運命の子の話?」
「そう。聞きたい?」
「うん。聞きたい」
「今、話しても良いかな」
「分かった」
そう言って、レーヴは組んでいた足を解くと、背をしゃんと伸ばして座り直した。こういう、きちんとしたところも好きだなとデュークは改めて思う。
レーヴに習って自身も姿勢を正すと、すぅっと一つ深呼吸をする。そうしてデュークは話し始めた。魔獣の初恋の話だ。
0
お気に入りに追加
499
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる