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四章 王子様の告白
17 美形獣人の告白
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理性のある魔獣のほとんどは、人族が魔獣を忌み嫌っていることを理解している。それは、彼らが狩られていたことでも明らかだったからだ。
人族に、理性のある魔獣と理性のない魔獣の見分けはつかない。理性のない魔獣が人を襲う度、人は魔獣を恨み、そして討伐した。
それでも、魔獣は人に恋することをやめなかった。それは何故かーー。
「それは、本能だから」
「本能?」
「そう。理性のある魔獣が人に恋をするのは、獣人になるための本能。年齢という概念がない僕らは、獣人になることが大人になったという証になるんだ」
そう言ったデュークの向かいで、レーヴは「嘘でしょ」と言いたげな顔をしていた。魔獣を研究しているマリーですら知らないことだから、彼女の反応は当然とも言える。
「つまり、魔獣の時は人でいう幼少期で、成長過程だということ?」
「そうだね、そんなものかな」
どうしてそんな面倒なことになっているのかはデュークにも分からない。でも、本能だから、というのはよく分かる。求めずにはいられないのだ。例え寿命が半分になろうと、運命の相手を探すことを諦めようとは思えなかった。
理性があるから、すべての者が獣人になるわけではない。大人と認められなくても良いと、恋することを選択しない者もいる。あるいは、運命の相手を見つけることが出来ず、森に戻る者もいる。そういった者がいるから、理性のある魔獣が絶えることなく今に続いているのだ。
理性のない魔獣が人を襲うのも、そこに起因しているとデュークは思っている。理性より本能が勝るので、恋をする前に食べてしまいたい欲に負けるのだろう。
(同じ食べてしまいたいでも僕らのは食欲より性欲が勝るからなぁ)
レーヴのむっちりとしたお尻を見つめ、デュークはうんうんと頷いた。相変わらず彼女のお尻はデュークの好みドストライクである。形、大きさ、柔らかさ、全てにおいてパーフェクト。
何を隠そう、デュークはこのお尻に惚れてレーヴを気にするようになったのだ。
(あぁ、膝に乗せたい)
向かい合わせでも、隣り合わせでもなく、デュークは自らの上に乗ってもらいたくて仕方がない。膝に乗せてぎゅっと抱き締めたらどんなに満たされるだろう。
馬だったならば、なんて良い馬なんだと褒めたいところだ。しかし、彼は馬の性質を持つ獣人なのである。憂い顔で「レーヴに乗って貰いたい」なんて呟く美形の獣人は見た目だけなら絵になるのに、台詞のせいで全てが台無しだ。おかげでマリーからは「その麗しい顔に似つかわしくない変態のような言動はお控え下さいませ」ときつく言い含められている。
「それで、魔獣の恋の仕方だけど。僕らの恋は、ほぼ一目惚れだと思う。見てすぐに、この子が自分と合うのか分かるんだ」
魔獣の恋の仕方は、ほぼ一目惚れである。魔力を有する魔獣は、一瞬でその人と相性が良いのか嗅ぎ分ける。人族でいう勘が近い感覚かもしれない。
さて、その魔力で何を嗅ぎ分けるのか。それは、魔力の属性である。魔力を使えない人族だが、誰しも少なからず有している。木、火、土、金、水、光、闇、七種類のうちどれかを持っているのだ。
火属性の魔獣が水属性の魔獣を苦手とするように、木属性のデュークは火属性が苦手だ。そして、レーヴは水属性。デュークが苦手とする火属性を鎮静化し、木属性を活性化させる。
「なるほど」
属性の話を聞いて、レーヴは興味津々そうだ。彼女も女性らしく占いのようなタイプ分けが気になるのかもしれない。
「水属性の人は、流されやすい性格らしいよ」
デュークはマリーから聞いた情報を伝えた。レーヴは納得がいったのか、嫌そうな顔をして口をへの字にしている。そんな顔さえも可愛く見えるのだから、恋とは難儀なものである。
「とはいえ、所詮は獣。結局は見た目によるところが大きい」
デュークがレーヴのお尻に執着するように、どの魔獣もそれぞれフェチというか好みの場所がある。
(マルコシアスは髪、フラウロスは足、モラクスは胸、ラウムは目、だったかな)
デュークが知る元獣人たちも、それぞれこだわりがあったようだ。彼らの伴侶たちもレーヴのお尻に負けないくらい、それぞれ素晴らしいものを持っている。
「見た目?デュークは、私のどこが好きだっていうの?」
心底不思議だと言わんばかりに、レーヴは目を見開いてデュークを見てきた。どうも彼女は自分に自信がなさすぎる。こっちは寿命を減らしてまで好いているのにどうして、と思わざるを得ない。もどかしさに、デュークは苛々した。
自分で言うのもなんだが、デュークの見た目は悪くないはずだ。マリーの言葉を使うのならば、『美形』というやつである。そんな美形に好かれているのに、ちっとも自信にならないらしい。
(まだまだ足りないか)
デュークは、愛し方が足りないからだと結論付けた。しばし思案した後、どうしたものかとレーヴを見つめる。居心地悪さを感じて、レーヴが身じろぎした。まろやかなお尻がゆるゆると動くのを見て、デュークの喉がゴクリと鳴る。
デュークは所詮、獣だ。獣であるから、理性があるといっても人族のそれより緩い。だから、こう言ってしまっても仕方のないことだったのかもしれない。
「レーヴ。ちょっと、僕に乗って」
「……え?」
たっぷりと間を取ってから、レーヴはデュークを訝しげに見てきた。しかし、そんなことで堪えるデュークではない。彼女を愛し、自信をつけさせるんだという使命感で行動した。
「おいで、レーヴ」
殊更優しげな声で、デュークはレーヴを呼んだ。柔らかな笑みを浮かべ、エスコートするように手を差し伸べる。
「あの……」
「教えてあげるから、おいで」
早く来ないとどうなるか分からないぞ。そんな気持ちを視線に乗せ、デュークはにっこりと微笑んだ。するとレーヴがあわあわと戸惑いながら、慌てて手を乗せてくる。デュークは「やっぱり水属性は流されやすい」なんて心配を覚えながら、レーヴを引き寄せた。
「ここに座って」
言いながら、レーヴの脇の下から手を差し込んで掬い上げる。広くはない馬車内で暴れるわけにもいかず、レーヴはオロオロしながらもデュークの足の上に腰を下ろした。
向かい合うような形で跨いだレーヴの内腿に、力が入る。馬に乗る時の癖なのだろう。懐かしい感触に、デュークは思わずホッと息を吐いた。
「懐かしいなぁ」
「懐かしい?」
ガタンと馬車が揺れて、レーヴの体が傾ぐ。デュークは彼女の腰に腕を回すと、しっかりと抱えた。前に彼女を乗せた時には出来なかったことだ。あの時は、四脚で走っていた。
「そう。レーヴが僕に乗ることが、懐かしい」
「私、デュークに乗ったことなんか……」
「あるよ。レーヴ、君は確かに僕に乗った。五年前、軍事パレードの日に」
「軍事パレード……?」
レーヴの目が、過去を振り返るように左上を見た。五年前。そう昔のことではない。なにより、彼女が栗毛の牝馬と呼ばれるようになった所以がそこにある。思い出すのはそう難しいことではないはずだ。
レーヴはそっと目を閉じてため息を漏らした。
「青毛の駑馬が、デュークだっていうの?」
レーヴの声が、独り言のようにぽろりと溢れる。その目がゆっくりと開かれ、デュークを見つめた。デュークはそれを真摯に見つめ返した。
「そうだよ、あの駑馬が僕。魔獣だった時の僕だ」
レーヴの目が、確認するようにデュークを見た。頭の上からつま先まで、デュークの膝の上に座ったまま、じっくりと眺める。デュークはレーヴが倒れないよう腰を支えながら、その行動を静かに見守った。
「そうか。どうりで」
レーヴの言葉に、デュークは首を傾げた。感動の再会かと思いきや、レーヴの反応はあっさりとしている。文句を言おうと口を開いて、デュークは結局文句を言うことが出来なかった。レーヴが、彼の額に額を押し付けてきたからだ。
こつん、と互いの額が重なった。
「だから、最初から平気だったんだ」
レーヴはどうしてデュークに愛馬へ向けるような気持ちになるのかようやく理解した。デュークは紛れもなく、レーヴの相棒だ。彼のおかげで、今のレーヴがある。あの日以来一度だって乗っていなかったけれど、彼は間違いなくレーヴの愛馬だった。
「ずっと、探してたのに」
不満そうに唇を尖らせるレーヴに、デュークは申し訳なさそうに苦笑した。
デュークが獣人になったのは最近のことだ。レーヴを乗せてから五年弱ほどは彼女をずっと遠くから見てきた。レーヴに会わないようにしていたのは、もう一度彼女を乗せたら獣人になってしまいそうだったから。五年かけてゆっくり彼女を観察して、覚悟を決めて獣人になった。
デュークは、彼女に婚約者がいるということを知っていた。それが幼馴染のジョージ・アルストロという男で、彼女が彼との婚約にあまり乗り気でないことも。全て知った上で、獣人になった。獣人になっても消滅する確率が低くないことを知りながら、デュークは覚悟を決めたのである。
「ごめんね」
(そんなこと、レーヴは知らなくていい)
馬が鼻面を押しつけるように、デュークは彼女に頬ずりをした。それをレーヴが「仕方ないなぁ」と笑って許してくれる。
ささやかなやりとり。でも、デュークはそれで幸せだった。馬のままだったら、彼女を乗せることは出来てもこうして顔を近づけて笑い合うことは出来なかった。それだけで、獣人になった甲斐があると思えてしまう。
「また会えて、嬉しい」
レーヴがぎゅっとデュークの首に抱きついてきた。子供みたいに無邪気な抱擁に、デュークは物足りなさを覚える。レーヴにもっと触れたくて、指が疼いた。
デュークは獣人だ。つまり、大人である。もう子供だと言われる魔獣ではない。好きな女性に積極的に抱きつかれて、何もしないような男ではなかった。
「ねぇ、レーヴ」
「なぁに?」
レーヴは警戒心がなさすぎる。自信がなさすぎるのも困りものだが、警戒心のなさはもっと心配だ。
(だから、易々と僕に触られるんだよ)
「僕はね、君のここに惹かれてやまないんだ」
内緒話をするように、デュークはレーヴの耳元で囁いた。毒を仕込んだ甘いお菓子のような声に、レーヴは危機感を覚えた。そして、今更ながらに羞恥を思い出して、頰を赤く染める。
デュークはおもむろにレーヴのまろやかなお尻に手を伸ばした。やわやわと揉み解すような手つきで撫でる。
「え、やぁっ、だめっ、デュークッ」
離れようとデュークの胸に腕を突っ張っても無駄だ。すっかり発情してしまったデュークは止まらない。
咎める声を聞き流し、デュークは熱心に彼女のお尻を堪能する。逃げようとする彼女の腰を強く抱き、抗議するように鎖骨を甘噛みする。
「ひゃぁっ」
レーヴの色気のない声も、デュークには喘ぎ声のようにしか聞こえない。
「レーヴ……はぁ、たまらない……」
デュークの吐息混じりの声がレーヴの首筋を撫でていく。くすぐったさに身を捩りたくても、強く抱く腕に邪魔された。レーヴはふるふると小動物のように震えることしか出来ない。
「デューク、もう、だめぇ……」
レーヴが涙声で訴えても、獣と化したデュークに止まる気配はない。甘えたような声で駄目と言われても、彼には「もっと」と強請られているように聞こえるだけだ。
「愛しいレーヴ。誘っているの?」
「誘って、ないぃ……」
力の抜けた手でポカポカと胸を叩かれても、デュークは痛みを感じない。じゃれるような戯れに触発されて、不埒な手はますますレーヴを窮地に追いやっていく。
どれくらいそうしていただろう。
「デュークの、ばかぁ」
「それでも僕は、レーヴが愛しくて仕方がない」
ぐいぐいとデュークを押す手がぱたりと落ちる。諦めたのかな、とデュークが腕の中の彼女を見ると、意識を失っていた。どうやら彼女のキャパシティを超えてしまったらしい。かくりと傾ぐ彼女を自分の胸に凭れかけさせ、デュークは反省に深々と息を吐いた。
「やってしまった」
大人とはいえ、まだまだなりたてである。経験豊富とは言い難いデュークは、申し訳なさと満足感と、愛しさと残念さと複雑な想いを抱いて、レーヴの髪を撫で梳いたのだった。
人族に、理性のある魔獣と理性のない魔獣の見分けはつかない。理性のない魔獣が人を襲う度、人は魔獣を恨み、そして討伐した。
それでも、魔獣は人に恋することをやめなかった。それは何故かーー。
「それは、本能だから」
「本能?」
「そう。理性のある魔獣が人に恋をするのは、獣人になるための本能。年齢という概念がない僕らは、獣人になることが大人になったという証になるんだ」
そう言ったデュークの向かいで、レーヴは「嘘でしょ」と言いたげな顔をしていた。魔獣を研究しているマリーですら知らないことだから、彼女の反応は当然とも言える。
「つまり、魔獣の時は人でいう幼少期で、成長過程だということ?」
「そうだね、そんなものかな」
どうしてそんな面倒なことになっているのかはデュークにも分からない。でも、本能だから、というのはよく分かる。求めずにはいられないのだ。例え寿命が半分になろうと、運命の相手を探すことを諦めようとは思えなかった。
理性があるから、すべての者が獣人になるわけではない。大人と認められなくても良いと、恋することを選択しない者もいる。あるいは、運命の相手を見つけることが出来ず、森に戻る者もいる。そういった者がいるから、理性のある魔獣が絶えることなく今に続いているのだ。
理性のない魔獣が人を襲うのも、そこに起因しているとデュークは思っている。理性より本能が勝るので、恋をする前に食べてしまいたい欲に負けるのだろう。
(同じ食べてしまいたいでも僕らのは食欲より性欲が勝るからなぁ)
レーヴのむっちりとしたお尻を見つめ、デュークはうんうんと頷いた。相変わらず彼女のお尻はデュークの好みドストライクである。形、大きさ、柔らかさ、全てにおいてパーフェクト。
何を隠そう、デュークはこのお尻に惚れてレーヴを気にするようになったのだ。
(あぁ、膝に乗せたい)
向かい合わせでも、隣り合わせでもなく、デュークは自らの上に乗ってもらいたくて仕方がない。膝に乗せてぎゅっと抱き締めたらどんなに満たされるだろう。
馬だったならば、なんて良い馬なんだと褒めたいところだ。しかし、彼は馬の性質を持つ獣人なのである。憂い顔で「レーヴに乗って貰いたい」なんて呟く美形の獣人は見た目だけなら絵になるのに、台詞のせいで全てが台無しだ。おかげでマリーからは「その麗しい顔に似つかわしくない変態のような言動はお控え下さいませ」ときつく言い含められている。
「それで、魔獣の恋の仕方だけど。僕らの恋は、ほぼ一目惚れだと思う。見てすぐに、この子が自分と合うのか分かるんだ」
魔獣の恋の仕方は、ほぼ一目惚れである。魔力を有する魔獣は、一瞬でその人と相性が良いのか嗅ぎ分ける。人族でいう勘が近い感覚かもしれない。
さて、その魔力で何を嗅ぎ分けるのか。それは、魔力の属性である。魔力を使えない人族だが、誰しも少なからず有している。木、火、土、金、水、光、闇、七種類のうちどれかを持っているのだ。
火属性の魔獣が水属性の魔獣を苦手とするように、木属性のデュークは火属性が苦手だ。そして、レーヴは水属性。デュークが苦手とする火属性を鎮静化し、木属性を活性化させる。
「なるほど」
属性の話を聞いて、レーヴは興味津々そうだ。彼女も女性らしく占いのようなタイプ分けが気になるのかもしれない。
「水属性の人は、流されやすい性格らしいよ」
デュークはマリーから聞いた情報を伝えた。レーヴは納得がいったのか、嫌そうな顔をして口をへの字にしている。そんな顔さえも可愛く見えるのだから、恋とは難儀なものである。
「とはいえ、所詮は獣。結局は見た目によるところが大きい」
デュークがレーヴのお尻に執着するように、どの魔獣もそれぞれフェチというか好みの場所がある。
(マルコシアスは髪、フラウロスは足、モラクスは胸、ラウムは目、だったかな)
デュークが知る元獣人たちも、それぞれこだわりがあったようだ。彼らの伴侶たちもレーヴのお尻に負けないくらい、それぞれ素晴らしいものを持っている。
「見た目?デュークは、私のどこが好きだっていうの?」
心底不思議だと言わんばかりに、レーヴは目を見開いてデュークを見てきた。どうも彼女は自分に自信がなさすぎる。こっちは寿命を減らしてまで好いているのにどうして、と思わざるを得ない。もどかしさに、デュークは苛々した。
自分で言うのもなんだが、デュークの見た目は悪くないはずだ。マリーの言葉を使うのならば、『美形』というやつである。そんな美形に好かれているのに、ちっとも自信にならないらしい。
(まだまだ足りないか)
デュークは、愛し方が足りないからだと結論付けた。しばし思案した後、どうしたものかとレーヴを見つめる。居心地悪さを感じて、レーヴが身じろぎした。まろやかなお尻がゆるゆると動くのを見て、デュークの喉がゴクリと鳴る。
デュークは所詮、獣だ。獣であるから、理性があるといっても人族のそれより緩い。だから、こう言ってしまっても仕方のないことだったのかもしれない。
「レーヴ。ちょっと、僕に乗って」
「……え?」
たっぷりと間を取ってから、レーヴはデュークを訝しげに見てきた。しかし、そんなことで堪えるデュークではない。彼女を愛し、自信をつけさせるんだという使命感で行動した。
「おいで、レーヴ」
殊更優しげな声で、デュークはレーヴを呼んだ。柔らかな笑みを浮かべ、エスコートするように手を差し伸べる。
「あの……」
「教えてあげるから、おいで」
早く来ないとどうなるか分からないぞ。そんな気持ちを視線に乗せ、デュークはにっこりと微笑んだ。するとレーヴがあわあわと戸惑いながら、慌てて手を乗せてくる。デュークは「やっぱり水属性は流されやすい」なんて心配を覚えながら、レーヴを引き寄せた。
「ここに座って」
言いながら、レーヴの脇の下から手を差し込んで掬い上げる。広くはない馬車内で暴れるわけにもいかず、レーヴはオロオロしながらもデュークの足の上に腰を下ろした。
向かい合うような形で跨いだレーヴの内腿に、力が入る。馬に乗る時の癖なのだろう。懐かしい感触に、デュークは思わずホッと息を吐いた。
「懐かしいなぁ」
「懐かしい?」
ガタンと馬車が揺れて、レーヴの体が傾ぐ。デュークは彼女の腰に腕を回すと、しっかりと抱えた。前に彼女を乗せた時には出来なかったことだ。あの時は、四脚で走っていた。
「そう。レーヴが僕に乗ることが、懐かしい」
「私、デュークに乗ったことなんか……」
「あるよ。レーヴ、君は確かに僕に乗った。五年前、軍事パレードの日に」
「軍事パレード……?」
レーヴの目が、過去を振り返るように左上を見た。五年前。そう昔のことではない。なにより、彼女が栗毛の牝馬と呼ばれるようになった所以がそこにある。思い出すのはそう難しいことではないはずだ。
レーヴはそっと目を閉じてため息を漏らした。
「青毛の駑馬が、デュークだっていうの?」
レーヴの声が、独り言のようにぽろりと溢れる。その目がゆっくりと開かれ、デュークを見つめた。デュークはそれを真摯に見つめ返した。
「そうだよ、あの駑馬が僕。魔獣だった時の僕だ」
レーヴの目が、確認するようにデュークを見た。頭の上からつま先まで、デュークの膝の上に座ったまま、じっくりと眺める。デュークはレーヴが倒れないよう腰を支えながら、その行動を静かに見守った。
「そうか。どうりで」
レーヴの言葉に、デュークは首を傾げた。感動の再会かと思いきや、レーヴの反応はあっさりとしている。文句を言おうと口を開いて、デュークは結局文句を言うことが出来なかった。レーヴが、彼の額に額を押し付けてきたからだ。
こつん、と互いの額が重なった。
「だから、最初から平気だったんだ」
レーヴはどうしてデュークに愛馬へ向けるような気持ちになるのかようやく理解した。デュークは紛れもなく、レーヴの相棒だ。彼のおかげで、今のレーヴがある。あの日以来一度だって乗っていなかったけれど、彼は間違いなくレーヴの愛馬だった。
「ずっと、探してたのに」
不満そうに唇を尖らせるレーヴに、デュークは申し訳なさそうに苦笑した。
デュークが獣人になったのは最近のことだ。レーヴを乗せてから五年弱ほどは彼女をずっと遠くから見てきた。レーヴに会わないようにしていたのは、もう一度彼女を乗せたら獣人になってしまいそうだったから。五年かけてゆっくり彼女を観察して、覚悟を決めて獣人になった。
デュークは、彼女に婚約者がいるということを知っていた。それが幼馴染のジョージ・アルストロという男で、彼女が彼との婚約にあまり乗り気でないことも。全て知った上で、獣人になった。獣人になっても消滅する確率が低くないことを知りながら、デュークは覚悟を決めたのである。
「ごめんね」
(そんなこと、レーヴは知らなくていい)
馬が鼻面を押しつけるように、デュークは彼女に頬ずりをした。それをレーヴが「仕方ないなぁ」と笑って許してくれる。
ささやかなやりとり。でも、デュークはそれで幸せだった。馬のままだったら、彼女を乗せることは出来てもこうして顔を近づけて笑い合うことは出来なかった。それだけで、獣人になった甲斐があると思えてしまう。
「また会えて、嬉しい」
レーヴがぎゅっとデュークの首に抱きついてきた。子供みたいに無邪気な抱擁に、デュークは物足りなさを覚える。レーヴにもっと触れたくて、指が疼いた。
デュークは獣人だ。つまり、大人である。もう子供だと言われる魔獣ではない。好きな女性に積極的に抱きつかれて、何もしないような男ではなかった。
「ねぇ、レーヴ」
「なぁに?」
レーヴは警戒心がなさすぎる。自信がなさすぎるのも困りものだが、警戒心のなさはもっと心配だ。
(だから、易々と僕に触られるんだよ)
「僕はね、君のここに惹かれてやまないんだ」
内緒話をするように、デュークはレーヴの耳元で囁いた。毒を仕込んだ甘いお菓子のような声に、レーヴは危機感を覚えた。そして、今更ながらに羞恥を思い出して、頰を赤く染める。
デュークはおもむろにレーヴのまろやかなお尻に手を伸ばした。やわやわと揉み解すような手つきで撫でる。
「え、やぁっ、だめっ、デュークッ」
離れようとデュークの胸に腕を突っ張っても無駄だ。すっかり発情してしまったデュークは止まらない。
咎める声を聞き流し、デュークは熱心に彼女のお尻を堪能する。逃げようとする彼女の腰を強く抱き、抗議するように鎖骨を甘噛みする。
「ひゃぁっ」
レーヴの色気のない声も、デュークには喘ぎ声のようにしか聞こえない。
「レーヴ……はぁ、たまらない……」
デュークの吐息混じりの声がレーヴの首筋を撫でていく。くすぐったさに身を捩りたくても、強く抱く腕に邪魔された。レーヴはふるふると小動物のように震えることしか出来ない。
「デューク、もう、だめぇ……」
レーヴが涙声で訴えても、獣と化したデュークに止まる気配はない。甘えたような声で駄目と言われても、彼には「もっと」と強請られているように聞こえるだけだ。
「愛しいレーヴ。誘っているの?」
「誘って、ないぃ……」
力の抜けた手でポカポカと胸を叩かれても、デュークは痛みを感じない。じゃれるような戯れに触発されて、不埒な手はますますレーヴを窮地に追いやっていく。
どれくらいそうしていただろう。
「デュークの、ばかぁ」
「それでも僕は、レーヴが愛しくて仕方がない」
ぐいぐいとデュークを押す手がぱたりと落ちる。諦めたのかな、とデュークが腕の中の彼女を見ると、意識を失っていた。どうやら彼女のキャパシティを超えてしまったらしい。かくりと傾ぐ彼女を自分の胸に凭れかけさせ、デュークは反省に深々と息を吐いた。
「やってしまった」
大人とはいえ、まだまだなりたてである。経験豊富とは言い難いデュークは、申し訳なさと満足感と、愛しさと残念さと複雑な想いを抱いて、レーヴの髪を撫で梳いたのだった。
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