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二章 初デートは小鳥が囀る晴天の下

08 キャロットラペのサンドイッチはいかが

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「待たせてごめんね」

 レーヴの妄想がひと段落したところで、子供たちから解放されたデュークが戻ってきた。怪しまれない程度にいくつか魔術で四葉のクローバーに変化させてきたらしい。向こうでは子供たちがそれぞれ一つずつクローバーを持ってはしゃいでいる。

(人数分とか、ちゃんとしてる!)

 収まりかけた妄想が再び加熱しそうになったので、レーヴは思わず額に手を当てて空を仰いだ。

(いけない。妄想、やめっ。あ、そんなっ……くぅぅ)

 内なるレーヴが悶えている。まるで何かされているような声をあげているが、妄想内容は至って健全だ。両手それぞれで子供と手を繋ぎ、仲良く散歩しているデューク。それだけで悶えている。その隣で微笑む自分を追加してしまい、彼女はますます悶えた。

 そんな時だった。きゅぅぅぅ、と小さな音が聞こえて、レーヴがふと我に帰る。妄想世界から帰還した彼女がおやっと周囲を見回せば、デュークが胡魔化し笑いを浮かべてお腹をさすっている。どうやら先ほどの音は彼のお腹の音だったらしい。

 公園に来てから結構時間が経っている。そろそろお昼にしても良い頃合いだった。

「そろそろお昼にしますか」

「そうしてくれるとありがたいな」

 バスケットから大判のブランケットを取り出すと、デュークが手を出してくる。今度は失敗しないぞとレーヴはその手にブランケットを渡した。デュークも朝の失敗を思い出したのだろう、やや苦い顔をしてそれを受け取る。

 芝生の上に広げたブランケットに二人で腰を下ろし、レーヴはバスケットを開いた。デュークがワクワクと期待した面持ちで中を覗く。

 今日のメニューはサンドイッチだ。なぜか事前にクララベル夫妻から指定があったキャロットラペのサンドイッチを多めに、他にオーソドックスなハムサンドや卵サンド、トマトとチーズとハーブのサンドイッチも外せない。バスケットにぎっしりと詰めたそれは、軽く五人前はありそうだ。

 デュークは迷いなくキャロットラペのサンドイッチを手に取った。すんすんと不思議そうに匂いを嗅いで、ぱくりと一口。初めて食べるような仕草に、見守るレーヴも緊張が伝染しそうだ。ドキドキと、まるでテスト結果を待つような気持ちでレーヴが見守る中、デュークが最初の一口をごくりと嚥下する。

「おいしい。これは、なんていう食べ物?」

「キャロットラペのサンドイッチ。人参のサラダをパンに挟んだ料理ね」

 料理というほど凝ったものではないが、レーヴが手間暇かけて作ったものだ。褒められて悪い気はしない。

 幸せそうに頰を緩めるデュークにレーヴはホッと胸を撫で下ろし、彼女のお気に入りの組み合わせであるトマトとチーズとハーブのサンドイッチを手に取った。バゲットに挟んだ具は、時間が経ってしっとり馴染んでいる。出来栄えに満足しながら隣を見れば、気に入ったのか、彼は早くも二切れ目を口に運んでいた。

(良かった。大丈夫みたい)

 今日のサンドイッチはレーヴがパンから作った力作だ。昨晩から準備した甲斐もあり、デュークはぱくぱくとサンドイッチを美味しそうに食べ続けている。よほど好きなのか、キャロットラペのサンドイッチばかり減っていく。

「人参、好きなの?」

 口いっぱいにサンドイッチを食べる姿は馬というよりリスを彷彿とさせる。大人の男がやると意地汚くも見えそうなものなのに、レーヴの質問にコクコク頷いて返事をする彼は可愛く見えた。もしかして、彼はレーヴが思っているよりも幼いのかもーーと彼女はこっそり彼を観察し始めた。

 年齢はレーヴとそう変わりないように見える。けれど、魔獣の寿命は人間と違うので成長速度も違うかもしれない。初顔合わせの時にマリーに聞いたのだが、魔獣には年齢という概念がないらしく、恋をするくらいなのだから大人なのだろうと頼りない回答だった。

(大人っぽかったり子供っぽかったり、よく分からないなぁ)

 そんなことを考えながら、少し長く見られるようになってきたデュークの顔を見つめていたら、唇の端にアクセントとして入れていたナッツのかけらがついているのを発見した。不意に、魔術でいたずらを仕掛けられたことを思い出す。

(ふむ……)

 するかしないか、考えるまでもない。やられたらやりかえすのがレーヴだ。

 デュークの唇に手を伸ばし、見せつけるようにゆっくりとかけらを取った。ぽかんと見ている彼にニヤリと笑ってみせると、レーヴはそれを食べてしまった。

「え、あ……え?」

 ワタワタとしている彼が面白くてたまらない。でも、慣れないことをした自覚があったレーヴは、何か言われる前にデュークの口に次のサンドイッチを突っ込んでしまった。好きなキャロットラペに文句を言う気もないのか、デュークはおとなしく口を動かしている。

 突っ込まれたサンドイッチを困惑顔で食べきったデュークだったが、バスケットを見てしょんぼりと肩を落とした。

「あ!ごめん、全部僕一人で食べちゃったね……」

「ううん、大丈夫。他の種類はまだあるし、気にしないで」

 そう言って、手近にあったハムサンドを差し出す。それをきょとんとした目で見つめたデュークは、いたずらっ子のような笑みを浮かべたかと思うとおもむろにレーヴの手にあるサンドイッチに噛み付いた。

(な、なあぁぁぁぁ!)

 レーヴの思考が停止した。最早、奇声しか上げることができない。ハムサンドを持ったまま硬直するレーヴが抗議しないことを良いことに、デュークはそのままサンドイッチを食べきり、レーヴの指先についたパン屑も舐め取るという偉業ーーレーヴからしたら破廉恥極まりないことを成し遂げたのだった。
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