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二章 初デートは小鳥が囀る晴天の下
06 最初は手を握るところから
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雪国であるロスティの夏は短い。人々は暖かな陽気を楽しむために庭や公園にブランケットを広げ、思い思いに過ごす。この国の夏は、そういうものだ。
レーヴも仕事の合間にはパン屋で買ったサンドイッチを持って公園で過ごすことが多い。秋は収穫で忙しくなるし、冬になれば問答無用で引き籠もらざるを得ない。春は軍事パレードの準備があったりと忙しなく、夏が一番まったりしているのだ。存分に楽しむべきだろう。
顔合わせから三日後、レーヴの休日に合わせてデュークが迎えに来た。誘拐まがいのことをされた翌日に顔合わせだったので、連日会うのかと身構えていたレーヴは肩透かしを食わされたような気分だった。
けれど、数日とはいえ猶予があったのは彼女にとって必要なことだったようだ。いつも通りに過ごしたことで、デュークのことを少しは冷静に見られるようになった気がする。
顔合わせの時のような、激しく動揺した状態であれこれされても余計に混乱するだけだ。好きになるとかそういう次元じゃない。
後になって冷静になったところで吊り橋効果を狙ってたのかもと思ったが、よくよく考えればそんなに特異なことをされたわけでもない。近衛騎士など王族と接することも多い者は、先日のデュークのような行為をすることも少なくないとレーヴは知っていた。
(まさかされる側になるとは思わなかった)
片膝を折り、恭しく手の甲にキスをされた記憶は数日経っても鮮やかに思い出せるほどのインパクトがある。思い出す度にベッドへダイブしてジタバタしたくなるので、ここ数日は思い出さないように仕事に打ち込んでいたのだが、本人を前にして思い出さないわけがない。
(あー……恥ずかしい)
とはいえ、のんびりし過ぎていないかともレーヴは思う。恋した相手に同じ想いで応えてもらわねば消滅ーーそんな過酷な状況だというのに、ピクニックとは。
どんな条件で両思いを立証するのか定かではないが、レーヴの考えとしてはキス又はその先の行為くらいは必要だと思っている。おとぎ話の定石なら真実のキスをしてハッピーエンドとなるだろうが、そもそも真実のキスとは何だという疑問が湧く。
(うーん……よく分からない)
乙女憧れのシーンを思い出して勝手に赤くなる頰を、諌めるようにレーヴは軽く叩いた。ペチンという音に、前を歩いていた耳ざとい獣人が心配そうに振り返ってくる。
「レーヴ、どうかしましたか?」
今日のデュークは軍服姿ではなかった。黒のサマーニットに黒のパンツと相変わらずの色合いだが、細身ながら鍛えられた体にはどんな服も似合うものらしい。袖を捲って見せている腕がたまらない。夏らしいハットは日焼け対策というより獣耳を隠すためかもしれない。
「なんでもないです」
レーヴが誤魔化すように笑えば、心配そうにしているデュークが手を伸ばしてきた。
「……あの?」
「どうぞ」
差し出された手のひらの意味が分からないほどレーヴは鈍感ではないつもりだ。否、子供だって分かるだろう。ほらと手のひらを差し出されれば、誰だって同じことをする。
(叩くか、あるいは)
戸惑いはあったものの、嫌悪感はない。レーヴは差し出された手のひらに、そっと自分の手のひらを乗せた。
「あっ、す、すまない。バスケットを預かるつもりで……」
「うっ……‼︎」
慌てて手を引っ込めたデュークのせいで、レーヴは死にそうだった。
(紛らわしい!うぅ……恥ずかしい。恥ずか死ぬ!)
せっかくデュークとまともな状態で会うことが出来たのに、台無しである。デュークがどんな顔をしているのか見るのも怖くて、レーヴは俯いた。
「じゃあ、お願いします」
申し訳なさそうに静々と手を下ろしたレーヴは、持っていたバスケットをデュークに差し出した。
「はい、お預かりします」
しっかりした大きな手が、バスケットを受け取る。触れた手は熱く、思わず顔を上げたら真っ赤な顔をしたデュークが頭を掻きながら何か言いたげに口をムニムニさせていた。
(美形って変な仕草も様になるなぁ)
何か言いたいことがあるのだろうかとレーヴは足を止めて彼を見た。
「あ、あの……手、繋いでも良いですか?」
美形が恥ずかしそうに手を差し出すという構図は、破壊力がある。恥ずかしさもあって、レーヴは心の中で叫んだ。
(あまずっぺぇぇぇ‼︎)
少々乱暴な言葉遣いだが、本来のレーヴはこんなもんである。田舎生まれの田舎育ち。彼女の母の一人称は田舎者らしく『おれ』であり、そんな母に育てられたレーヴも実は女性らしい言葉遣いが苦手だ。
「あの、駄目ですか?」
身長差もあって上から見下ろされているというのに、まるで上目遣いでおねだりされているような気分だった。堕天使のようだと称した美形がずぶ濡れの子犬のように見つめてくるのは、卑怯だと思う。
(俺に跪けとか言いそうな見た目なのに)
悪い気分ではないが、申し訳ない気持ちになる。謝罪の代わりに、レーヴはそっとデュークの手を取った。
どんな反応をするのだろうとデュークを見てみれば、一瞬驚いたような顔をして、それから力加減を探るようにゆっくり握り返してくる。優しすぎる握り方はこそばゆく、レーヴは手本を示すように握り返した。
じんわりと馴染むデュークの体温はレーヴのものよりも少し高い。獣だからだろうかと隣に立つ彼を見上げれば、帽子の中身がピクピクと動いていた。
(馬の耳が忙しなく動くのは緊張してるからだけど……)
彼がどんな種族なのかまだ聞いていないが、状況から察するにあながち間違いではないのだろう。
自分と同じように戸惑い、空回っているデュークにレーヴは親近感を抱いた。獣人だから当たり前なのかもしれないが、人間離れした美貌は男であっても身構えてしまう。そんな人がレーヴ相手にオロオロしている様は可愛らしく見えて、警戒していた臆病な心が溶けていくようだった。
レーヴも仕事の合間にはパン屋で買ったサンドイッチを持って公園で過ごすことが多い。秋は収穫で忙しくなるし、冬になれば問答無用で引き籠もらざるを得ない。春は軍事パレードの準備があったりと忙しなく、夏が一番まったりしているのだ。存分に楽しむべきだろう。
顔合わせから三日後、レーヴの休日に合わせてデュークが迎えに来た。誘拐まがいのことをされた翌日に顔合わせだったので、連日会うのかと身構えていたレーヴは肩透かしを食わされたような気分だった。
けれど、数日とはいえ猶予があったのは彼女にとって必要なことだったようだ。いつも通りに過ごしたことで、デュークのことを少しは冷静に見られるようになった気がする。
顔合わせの時のような、激しく動揺した状態であれこれされても余計に混乱するだけだ。好きになるとかそういう次元じゃない。
後になって冷静になったところで吊り橋効果を狙ってたのかもと思ったが、よくよく考えればそんなに特異なことをされたわけでもない。近衛騎士など王族と接することも多い者は、先日のデュークのような行為をすることも少なくないとレーヴは知っていた。
(まさかされる側になるとは思わなかった)
片膝を折り、恭しく手の甲にキスをされた記憶は数日経っても鮮やかに思い出せるほどのインパクトがある。思い出す度にベッドへダイブしてジタバタしたくなるので、ここ数日は思い出さないように仕事に打ち込んでいたのだが、本人を前にして思い出さないわけがない。
(あー……恥ずかしい)
とはいえ、のんびりし過ぎていないかともレーヴは思う。恋した相手に同じ想いで応えてもらわねば消滅ーーそんな過酷な状況だというのに、ピクニックとは。
どんな条件で両思いを立証するのか定かではないが、レーヴの考えとしてはキス又はその先の行為くらいは必要だと思っている。おとぎ話の定石なら真実のキスをしてハッピーエンドとなるだろうが、そもそも真実のキスとは何だという疑問が湧く。
(うーん……よく分からない)
乙女憧れのシーンを思い出して勝手に赤くなる頰を、諌めるようにレーヴは軽く叩いた。ペチンという音に、前を歩いていた耳ざとい獣人が心配そうに振り返ってくる。
「レーヴ、どうかしましたか?」
今日のデュークは軍服姿ではなかった。黒のサマーニットに黒のパンツと相変わらずの色合いだが、細身ながら鍛えられた体にはどんな服も似合うものらしい。袖を捲って見せている腕がたまらない。夏らしいハットは日焼け対策というより獣耳を隠すためかもしれない。
「なんでもないです」
レーヴが誤魔化すように笑えば、心配そうにしているデュークが手を伸ばしてきた。
「……あの?」
「どうぞ」
差し出された手のひらの意味が分からないほどレーヴは鈍感ではないつもりだ。否、子供だって分かるだろう。ほらと手のひらを差し出されれば、誰だって同じことをする。
(叩くか、あるいは)
戸惑いはあったものの、嫌悪感はない。レーヴは差し出された手のひらに、そっと自分の手のひらを乗せた。
「あっ、す、すまない。バスケットを預かるつもりで……」
「うっ……‼︎」
慌てて手を引っ込めたデュークのせいで、レーヴは死にそうだった。
(紛らわしい!うぅ……恥ずかしい。恥ずか死ぬ!)
せっかくデュークとまともな状態で会うことが出来たのに、台無しである。デュークがどんな顔をしているのか見るのも怖くて、レーヴは俯いた。
「じゃあ、お願いします」
申し訳なさそうに静々と手を下ろしたレーヴは、持っていたバスケットをデュークに差し出した。
「はい、お預かりします」
しっかりした大きな手が、バスケットを受け取る。触れた手は熱く、思わず顔を上げたら真っ赤な顔をしたデュークが頭を掻きながら何か言いたげに口をムニムニさせていた。
(美形って変な仕草も様になるなぁ)
何か言いたいことがあるのだろうかとレーヴは足を止めて彼を見た。
「あ、あの……手、繋いでも良いですか?」
美形が恥ずかしそうに手を差し出すという構図は、破壊力がある。恥ずかしさもあって、レーヴは心の中で叫んだ。
(あまずっぺぇぇぇ‼︎)
少々乱暴な言葉遣いだが、本来のレーヴはこんなもんである。田舎生まれの田舎育ち。彼女の母の一人称は田舎者らしく『おれ』であり、そんな母に育てられたレーヴも実は女性らしい言葉遣いが苦手だ。
「あの、駄目ですか?」
身長差もあって上から見下ろされているというのに、まるで上目遣いでおねだりされているような気分だった。堕天使のようだと称した美形がずぶ濡れの子犬のように見つめてくるのは、卑怯だと思う。
(俺に跪けとか言いそうな見た目なのに)
悪い気分ではないが、申し訳ない気持ちになる。謝罪の代わりに、レーヴはそっとデュークの手を取った。
どんな反応をするのだろうとデュークを見てみれば、一瞬驚いたような顔をして、それから力加減を探るようにゆっくり握り返してくる。優しすぎる握り方はこそばゆく、レーヴは手本を示すように握り返した。
じんわりと馴染むデュークの体温はレーヴのものよりも少し高い。獣だからだろうかと隣に立つ彼を見上げれば、帽子の中身がピクピクと動いていた。
(馬の耳が忙しなく動くのは緊張してるからだけど……)
彼がどんな種族なのかまだ聞いていないが、状況から察するにあながち間違いではないのだろう。
自分と同じように戸惑い、空回っているデュークにレーヴは親近感を抱いた。獣人だから当たり前なのかもしれないが、人間離れした美貌は男であっても身構えてしまう。そんな人がレーヴ相手にオロオロしている様は可愛らしく見えて、警戒していた臆病な心が溶けていくようだった。
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