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「はぁ……どうしてこんなことに……」

「そうだね。困った勇者様だ」

 頭上から声をかけられて、アリスは「え」と顔を上げた。

「……どうしてここへ?」

 アリスの問いかけに、誰かは勢いよく木の上から降ってきた。

 風の魔法でも使っているのか、着地音もしない。

「勇者様の記念すべき第一日目を、目に焼き付けておこうと思ってね。でも、来て正解だったかもしれない。勇者様が犯した罪をもみ消せるのは、僕しかいないだろうから」

 国を動かす彼ならば、それも可能だろう。

 止めきれなかった自分の未熟さを恥じて、アリスは「申し訳ございません」と項垂れた。

「ヒナギクが謝ることはない。勇者様は、異世界に召喚されたばかりで、この世界の常識をまだご存じないのだ。同じ立場であるキミがフォローしてくれたら、きっとうまくいく」

 マシューの大きな手が、アリスの頭を優しく撫でる。

 王太子殿下という立場ながら、マシューは気安い。

 こうして頭を撫でられるのは、もう何度目だろうか。

 異世界へやって来てから定期的に顔を合わせているが、彼のスキンシップはいまだに慣れない。

 頭を撫でられるなんて序の口で、指先にささくれができていた時は、まるでお姫様の手のように大事に手当てしてくれて、「早く治るおまじないだ」と言って指先にキスまでされたこともある。

(は、恥ずかしい~~)

 その時のことを思い出して、つい頰が赤らむ。

 マシューは善意でやっていることで下心なんて一切ないのだから、こんな風に恥ずかしがるのはおかしいのだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

(……知ってる。男の人に触れられる経験がなさ過ぎるから、殿下を意識してしまうのよ)

 日本で女子高生をしていた時も、女子校だったせいで彼氏がいなかった。

 この世界にやって来て数年たっているが、コーディネーターになることに必死で、彼氏をつくる暇もなかったのだ。

 その上、ここ数年で最も会う回数が多かったのはマシューである。身分違いとは分かっていても、一番身近な異性が彼なのだから、多少意識してしまうのは仕方がないだろう。たぶん。

 この世界では、十六歳から二十歳あたりが結婚適齢期とされている。

 アリスの年齢は、二十二歳。結婚適齢期は、とうに過ぎていた。

 周囲からも「そろそろ身を固めては?」と打診されているところでもあるし、勇者のおともが終わったら、考えてみても良いかもしれない。

(気が重いけど)

 日本に帰れるかもしれない可能性は、まだなくなったわけじゃない。

 もしも帰れるとなった時、帰らなくても良いと思えるほど好きになれる人なんて、現れるのだろうか。

 黙りこくるアリスが、勇者のおともに難色を示していると思ったのか、マシューが「まぁまぁ」と言いながら彼女の手を取る。

「この件に関しては、僕もフォローするから。問題があったら、遠慮なく頼ってほしい。それ以外でも、僕が力になれることがあったら連絡してくれ。だって僕らは、友人だろう?」

 誓うように手の甲にキスを落とされて、アリスの顔にボッと火がつく。

 友人というには過激なスキンシップだが、なにせ、彼には友人と呼べる人がいない。

 距離感を見誤ってしまっていることを伝えられないまま、今日もアリスは押し黙った。

(この人は……もう~~!)

 アリスは精一杯平静を装って、「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。

 まさかその向かいで、マシューが彼女に愛おしげな視線を向けているとは、知る由もなかった。




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