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番外編

7、我が主

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「何かあったらおっしゃってください。すぐに参りますから」

 塀の向こうから、ラウルの声が聞こえる。

「何かって、なんだよ」
「あなたに言っているのではありません。アフタルさまに、です。それに何かは……その」

 ラウルは言い澱んでしまった。
 まったく人をけだものみたいに。失礼だな。

 脱衣室がないので、シャールーズはすぱーんと全部脱いで、湖を眺めた。うん、いい風だ。
 風呂上がりに、火照った体を冷ますのにもちょうどいいだろう。

 そのまま入るのは良くないらしく、体を慣らすため、湯をかけるらしい。
 ざばーっと、豪快に頭から桶に入れた湯をかぶる。
 濡れた髪を撫で上げて、ひたいを出す。

「おい、アフタル。来いよ」
「でも。わたくしは」
「早くしないと、いつまでもラウルを待たせることになるぞ。あーあ、可哀想に。部屋に戻ることもなく、主を待ち続けるラウル。あいつ、雪が降ってもずーっと立ったまま待っていそうだぞ」

 良心の呵責をくすぐるのは効果的だ。今は夏だから、雪なんか降らないけどな。
 アフタルは観念したように、タオルを体に巻いて現れた。

 外でアフタルの素肌を見ることは滅多にない。当たり前だが。
 すらりと伸びた白い足が、陽光にさらされてとてもまぶしい。

「どうしてじろじろ見るんですか?」
「いやー、いい眺めだなと思って。太陽ってのはいいよな。蝋燭やランタンよりも明るいから、くっきりとよく見えるだろ」

 アフタルは急に頬を染めて、シャールーズに背中を向けた。
 きっとクッションがあったら投げられていただろう。さすがに木でできた桶を投げるような凶暴さは、彼女にはない。

 ああ、よかった。クッションもなくて。最近威力と精度が増しているからな。
 ラウルに言わせれば「あなたがアフタルさまをからかわなければ、威力は以前のままのはずです」なんだが。
 
 てっきり文句を言うかと思ったが、アフタルはそのまま振り向かずにいる。
 どうしたのかと見に行けば、恥ずかしそうに両手で顔を覆っているではないか。

「えーと、今さらだろ?」

 返事はない。

「アフタルの体のどこにほくろがあるか、とか俺の方が詳しいぜ。背中と、あとアフタルは知らないだろうが……膝の裏」
「……言わないでください。お願いですから」

 今にも消え入りそうなか細い声だった。
 ああ、国を率いる立場になっても、こういう所は昔と変わらないな。
 儚げな彼女が、今もそこにいる。

「ごめんな、意地悪しちまったな」
「シャールーズは本当に意地悪です」
「うん、そうだよな。自分でもそう思う」

 アフタルの金色の髪の一束を手に取って、シャールーズはくちづけた。そのまま肩越しに、彼女の頬にもキスをする。

「ひげがチクチクします」
「今日は剃ってねぇからな。アフタルに一刻も早く会いたくて、サラーマから馬を飛ばしたんだ」
「……わたくしも……会いたかったです」
「うん。分かってる」

 シャールーズはアフタルの正面にまわり、彼女の唇をふさいだ。

 アフタルは体を隠すタオルから手を離すわけにもいかず、なのにシャールーズの背中に手を回したそうにもぞもぞしていた。
 もどかしそうなその手の動きに、つい微笑んでしまう。

「ごめんな、アフタル」
「いえ、もういいんです」
「じゃなくて、先に謝っとこうと思って」
「え?」
 
 アフタルが驚いた声を出すのと、シャールーズの大きな手が彼女のタオルをはらりと落とすのが同時だった。

 顔を真っ赤にして、今にも悲鳴を上げようするアフタルの口を、とっさにキスでふさぐ。
 彼女は両手で拳を握り、シャールーズのたくましい胸を叩いた。
 うん、全然痛くないけどな。

「我が主。風邪を引いたら困るから、一緒に温まってもらうぞ」

 有無を言わせずにアフタルを抱え上げて、そのまま温泉に入る。
 湖畔からの風が涼しいので、湯の温度はさほど高くなくても、素肌に心地よい。

 見上げれば木々の葉の間から、木漏れ日がきらきらと輝いている。そして隣には愛する我が主。
 頬を赤らめて、なんとかシャールーズに背中を向けようと頑張っている。
 もちろん、彼女の胴に手を回しているから、無理なんだけどな。

「別に今更だろ。なんで、そんなに照れてるんだ?」
「いえ、その……」

 自分を拘束するシャールーズの腕に、アフタルは手を添えた。
 恥ずかしくて嫌がっているというよりも、彼女が妙に照れているように見えるのは気のせいだろうか? しかもちょっと嬉しそうにも見える。

「俺と風呂に入るのが気に入ったのか?」
「そっちではなくて。あの」

 歯切れが悪い。どうしたのかと問い詰めると、アフタルは真っ赤な顔をしてきつく瞼を閉じた。

「な、懐かしかったんです。あなたに命令されるのが。我が主って呼ばれるのも久しぶりで。それが嬉しいなんて……変ですよね」
「変じゃねぇよ。我が主」

 シャールーズは、アフタルの体をさらにぐいっと引き寄せた。
 温泉の湯が、ぱしゃんと跳ねる音がした。
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みんなの感想(1件)

伊予二名
2018.12.21 伊予二名

フォルトゥーナ教は王女に舐めた真似したので邪教認定して宗教弾圧待った無しですか(。-∀-)

真風月花
2018.12.21 真風月花

感想ありがとうございます。

王家の権威が失墜した国で、王女も大概舐められてるので、
ざまぁは別の方面ですねー。

解除

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