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十章

8、懐かしい未来

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「へぇ、意外。あんた、心が広くなったのね」

 ミトラが、感心したように呟いた。もちろんシャールーズに向かって。

「広くなんかねぇ」
「いいの?」
「よくねぇ。いいわけねぇだろ」

 ぶすっとした表情で、シャールーズは呟く。

「けど、ラウルが元気がないのも、俺は嫌なんだよ」
「あんた、寂しがりだもんね。それに弟妹のことも好きだし。あたしがいない間、寂しかったでしょ」
「うるせぇ」
「……素直になればいいのに」

 ミトラの言葉は、どうやら図星だったらしい。

 ◇◇◇

「そういえば、なんでラウルは元気なんだ?」

 ふと、シャールーズは思い出して尋ねた。

 自分が矢を受けた時と比べても、ラウルは傷の手当てを受けただけで動くことができている。
 無論、アズレットに射られて、シャールーズが三王国の湖に落ちた時に比べれば、ラウルの受けた矢は少ないが。

「力を分けて頂いたのです。私はまだ朽ちてはいけない、石に戻ってはいけない……と」
「力? 誰が」

 シャールーズとアフタルは顔を見合わせた。ラウルは柔らかに目を細める。

「懐かしい方です。またお会いできるとは思いませんでした。お姿が変わっても、あの方は私達の『おばさま』なんですよ」

 おばさま。
 ラウルがそう呼ぶ相手は、一人しかいない。

 シャールーズは、思わず身を乗りだした。
 その瞳は希望に輝いている。

「そうか、そうだな。ちゃんと約束したもんな」

 必ずまた会えると、おばさんは言った。
 堂々としながら、どこか陰りのある女神の姿ばかりを思い描いていたが。信仰の途絶えた地で、神の姿で存在し続けることはできないのだろう。

(にしても、反則だろ。おばさんの性別まで変わるなんてよ)

 やる気のない怠惰な近衛騎士団の副団長の姿に、シャールーズは思わず苦笑した。
 なるほど、確かに力がなくとも武芸に秀でていなくとも出世できるはずだ。

 正妃パルトは、ササンの正体に気づいていたのだろう。
 そしてティルダードがラウルの名前も正体も口にすることができなかったのは、おばさんの力によるものだろう。
 我が子そのものであるラウルの存在を守ったのだ。

「女神が人となって生きる。神話の終焉だな」

 でも、それも悪くはない。
 人々から忘れ去られて、あんなにも寂しい顔を見せられるくらいなら。
 人として巷間こうかんに生きる方がよほどいい。

「俺らのおばさんなら、ティルダードを護り、導いてくれるだろうさ。ま、今は兄ちゃんっつーか、将来はおばさんじゃなくておじさんになるんだろうけどな」

 もう戻ることの叶わない、遥かな島。
 けれど懐かしい光景は、形を変えて続いていく。これからも。
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