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十章

5、新たなる契約

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 アズレットは、剣の柄を持ち直した。

「お前っ!」

 とっさに異変を察知したシャールーズが、声を荒げる。
 鮮血がしたたり落ちるやいばは、アズレット自身に向けられている。

「王女を騙る二人の精霊。無能な王。たとえ放蕩にふけろうとも、毒で制裁を加えようとも、この国を牽引できるのは、強さを備えたエラさまだと信じていた。だが」

 アズレットは、シャールーズの腕の中に閉じ込められているアフタルに視線を向けた。
 これまでのような冷ややかな目つきではない。瞼を伏せ、哀しそうに瞳が揺らいている。

「すまなかった。正直、あなたのことなど眼中にもなかった。殿下と共に、人の言いなりになるただの人形、おとなしく愛らしいだけの愛玩物程度にしか思えなかった」
「アズレット」
「私の目は曇っていたようだ」

 深い息をつくと、アズレットは天を仰いだ。

「カシアの妃殿下であるエラさまを殺したのは私だ。近衛騎士団長でありながら私は、サラーマ王家に謀反を起こした。その犯人は自刃したとなれば、妃殿下殺しの咎は、他には及ばぬだろう」

 己の過ちを認め、残るアフタル達に咎が及ばぬよう、すべてを背負ったまま逝くつもりなのか。

「だめです」

 アフタルは手を伸ばした。

「これまでの無礼を許してほしいとは申しません。さらばです、アフタル王女」

 アズレットは自身の胸を突こうとした。
 シャールーズはアフタルを抱えたまま、飛び出したが間に合わない。

「ミーリャ! 契約はまだか!」

 その時だった。
 轟という音と共に、突風が上空から吹き下ろしてきたのは。
 アズレットの手から剣が落ち、地面で回転する。それをシャールーズが足で踏みつけた。

「遅ぇぞ」
「間に合えばいいんでしょ!」

 風に翻るスカートと、くせの強い赤毛。勝ち気な瞳が輝いている。

「ミトラ姉さま……」

 消えてしまった姉が、そこにいた。以前と変わらぬままで。勇ましく凛と立っている。
 アフタルは胸が熱くなるのを感じた。

「よく頑張ったわね、アフタル。話はまた後で」

 ミトラは顎を上げ、えらそうに腰に手を当ててアズレットと向き合う。
 アズレットは腰に佩びた短剣を抜くと、喉を掻き切ろうとした。

「ミトラ。そいつを殺させるな」
「えーっ? 納得いかない」
「いいから。早く」

 アフタルを抱えているので、シャールーズはアズレットにこれ以上歩み寄ることができない。

 ミトラは渋い表情を浮かべたが、どこから取り出したのか、釘を打った短めの棒を投げつけた。アズレットに向かって。
 至近距離から剛腕のミトラが放った棒。まっすぐに短剣にぶち当たり、凶器が弾かれて落ちる。

「何を……」
「簡単に死なせるかよ。ただでさえサラーマには人材が足りねぇんだ。生きて次代の王に仕えろ。罪滅ぼしがしてぇなら、生き続けて搾取でもされてろ」

 手が痺れているのだろう。アズレットは右手を庇っている。

「シャールーズの言う通りです。冥府までエラおばさまの供をすることはありません。実際、カシアでも伯母さまを持て余していたからこそ、サラーマへ戻るのを認めたのでしょうし」

 アフタルは両足に力を入れて、立ち上がろうとした。
 だが、長時間水に浸かっていた体は、思うように動かない。
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