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九章
11、囚われの姫じゃねぇから
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しばらくすると、慌てた様子でエラがやって来た。
塔の階段を駆け上がったのか、化粧が流れるほどに汗をかいている。
もういっそ化粧などしない方が、いいのではないかと感じるほどだ。
「シャルちゃん。大変よ。賊が侵入したの」
「賊?」
さっきササンが言っていた件か。
「賊ってどんな奴らだよ」
格子に手をかけ、シャールーズはエラに顔を寄せる。それだけでエラは頬を染めた。
いい年をして、そういう反応をされても困る。
これが演技なのか、それとも根は純情なのか分からないが。
(ま、気に食わない相手を毒殺しておいて、純情もないか)
「むさくるしい剣闘士よ。アフタルが手引きしたらしいわ」
「アフタルが?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
しばらくは唇を噛んで我慢していたが、とうとうシャールーズは笑い出した。
(何やってんだよ、アフタル。どんだけ突き放しても、やってくるんだよ)
ティルダードを救いたいから、自分に冷たくされようが、諦めないのだとは思うが。
精神がタフすぎるだろ。
儚く頼りない見た目に反して、あいつの中には剣闘士のおっさんが入ってんじゃねぇのか?
「俺をここから出してくれよ」
「だめよ、シャルちゃん。外は危ないわ」
「俺が剣闘士にやられるとでも?」
「アフタルが狙っているのよ。あの子を裏切ったあなたを、きっと許さないに決まっているわ」
エラは人差し指で、シャールーズの唇に触れた。
この女の考えることは分からん。
唇を指でふさがれたまま、シャールーズは途方に暮れた。
(なんで、俺の取り合いになってんだ? アフタルは別に俺を取り返すために、剣闘士に王宮を襲撃させてんじゃねぇだろ。どこまで俺を囚われの姫扱いしてんだ)
呆れてものが言えない。
だが、エラはさらに斜め上の思考をしていた。
「大丈夫よ、シャルちゃん。アフタルは私が始末してあげるわ」
「はぁぁ? なんだ、それ」
◇◇◇
裏門から王宮に入ったアフタルとラウルは、ティルダードの部屋へと向かった。
行く手を阻む衛兵を、剣闘士達がなぎ払ってくれる。
王宮内でサラーマとカシアの兵が戦っている状態なのだから、考えてみると恐ろしい。しかもカシア側の兵を率いているのは、サラーマの王女であるアフタルなのだから。
「まぁ、裏切り者と謗られても、文句は言えませんよね。以前のわたくしなら、誹謗中傷に傷ついたと思いますが」
「そうですね。アフタルさまは、ねんねでいらっしゃいましたから」
アフタルと共に進んでいるミーリャが、妙なことを口走った。
「ねんね……?」
耳にしたことがないが。カシアの言葉だろうか。俗語なら辞書にも載っていないから、知らなくて当たり前かもしれない。
ミーリャは時々、珍妙な言葉を使う。
広間に入ろうとした時、ラウルに腕を掴まれた。そのまま後ろに引っ張られる。
突然、一斉に矢が降ってきた。
石の床に跳ね返った矢が、四方八方に散る。
「お怪我はありませんか?」
「ええ、ラウルのおかげです」
そう答えると、ラウルはにっこりと微笑んだ。
「俺に任せておけ」
刀身が曲線を描いた剣を持ち、カイが広間に突っ込んでいく。剣闘士が用いる丸い盾で矢を避けながら、一気に階段を駆け上がっていった。
「危ないっ。カイ!」
ミーリャが叫んだ。
まだ階段を上りきらないカイの背中に向けて、矢が放たれる。カイはとっさにふり返り、その矢を剣で叩き落とした。
仲間の剣闘士が、広間へと駆けつけた。
「よ……よかったぁ」
へなへなと力なく、ミーリャが床に座りこむ。
大事な人を想う気持ちが、痛いほどに伝わってくる。
ミーリャは母親との決別を覚悟して、味方についてくれているのだ。それに憎まれ口を叩くほどに親しいミトラも、今はいない。
押し込めていた寂しさが、カイの危機で溢れだしてしまったのかもしれない。
アフタルはミーリャに手を貸して、彼女を立たせた。
「参りましょう。皆さんとの約束を果たし、まだ寂しがっているティルダードを救いましょう」
「アフタルさま……」
「なにか?」
「いえ」
シャールーズのことをアフタルが口にしないからなのか、ミーリャが怪訝そうな表情を浮かべる。
忘れたわけではない。忘れられるはずがない。
でも、自分がすべきことをまずは優先させなければ。
「ここは俺達が食い止める。今のうちに、先に進め」
カイに命じられ、アフタル達はティルダードの部屋を目指した。
塔の階段を駆け上がったのか、化粧が流れるほどに汗をかいている。
もういっそ化粧などしない方が、いいのではないかと感じるほどだ。
「シャルちゃん。大変よ。賊が侵入したの」
「賊?」
さっきササンが言っていた件か。
「賊ってどんな奴らだよ」
格子に手をかけ、シャールーズはエラに顔を寄せる。それだけでエラは頬を染めた。
いい年をして、そういう反応をされても困る。
これが演技なのか、それとも根は純情なのか分からないが。
(ま、気に食わない相手を毒殺しておいて、純情もないか)
「むさくるしい剣闘士よ。アフタルが手引きしたらしいわ」
「アフタルが?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
しばらくは唇を噛んで我慢していたが、とうとうシャールーズは笑い出した。
(何やってんだよ、アフタル。どんだけ突き放しても、やってくるんだよ)
ティルダードを救いたいから、自分に冷たくされようが、諦めないのだとは思うが。
精神がタフすぎるだろ。
儚く頼りない見た目に反して、あいつの中には剣闘士のおっさんが入ってんじゃねぇのか?
「俺をここから出してくれよ」
「だめよ、シャルちゃん。外は危ないわ」
「俺が剣闘士にやられるとでも?」
「アフタルが狙っているのよ。あの子を裏切ったあなたを、きっと許さないに決まっているわ」
エラは人差し指で、シャールーズの唇に触れた。
この女の考えることは分からん。
唇を指でふさがれたまま、シャールーズは途方に暮れた。
(なんで、俺の取り合いになってんだ? アフタルは別に俺を取り返すために、剣闘士に王宮を襲撃させてんじゃねぇだろ。どこまで俺を囚われの姫扱いしてんだ)
呆れてものが言えない。
だが、エラはさらに斜め上の思考をしていた。
「大丈夫よ、シャルちゃん。アフタルは私が始末してあげるわ」
「はぁぁ? なんだ、それ」
◇◇◇
裏門から王宮に入ったアフタルとラウルは、ティルダードの部屋へと向かった。
行く手を阻む衛兵を、剣闘士達がなぎ払ってくれる。
王宮内でサラーマとカシアの兵が戦っている状態なのだから、考えてみると恐ろしい。しかもカシア側の兵を率いているのは、サラーマの王女であるアフタルなのだから。
「まぁ、裏切り者と謗られても、文句は言えませんよね。以前のわたくしなら、誹謗中傷に傷ついたと思いますが」
「そうですね。アフタルさまは、ねんねでいらっしゃいましたから」
アフタルと共に進んでいるミーリャが、妙なことを口走った。
「ねんね……?」
耳にしたことがないが。カシアの言葉だろうか。俗語なら辞書にも載っていないから、知らなくて当たり前かもしれない。
ミーリャは時々、珍妙な言葉を使う。
広間に入ろうとした時、ラウルに腕を掴まれた。そのまま後ろに引っ張られる。
突然、一斉に矢が降ってきた。
石の床に跳ね返った矢が、四方八方に散る。
「お怪我はありませんか?」
「ええ、ラウルのおかげです」
そう答えると、ラウルはにっこりと微笑んだ。
「俺に任せておけ」
刀身が曲線を描いた剣を持ち、カイが広間に突っ込んでいく。剣闘士が用いる丸い盾で矢を避けながら、一気に階段を駆け上がっていった。
「危ないっ。カイ!」
ミーリャが叫んだ。
まだ階段を上りきらないカイの背中に向けて、矢が放たれる。カイはとっさにふり返り、その矢を剣で叩き落とした。
仲間の剣闘士が、広間へと駆けつけた。
「よ……よかったぁ」
へなへなと力なく、ミーリャが床に座りこむ。
大事な人を想う気持ちが、痛いほどに伝わってくる。
ミーリャは母親との決別を覚悟して、味方についてくれているのだ。それに憎まれ口を叩くほどに親しいミトラも、今はいない。
押し込めていた寂しさが、カイの危機で溢れだしてしまったのかもしれない。
アフタルはミーリャに手を貸して、彼女を立たせた。
「参りましょう。皆さんとの約束を果たし、まだ寂しがっているティルダードを救いましょう」
「アフタルさま……」
「なにか?」
「いえ」
シャールーズのことをアフタルが口にしないからなのか、ミーリャが怪訝そうな表情を浮かべる。
忘れたわけではない。忘れられるはずがない。
でも、自分がすべきことをまずは優先させなければ。
「ここは俺達が食い止める。今のうちに、先に進め」
カイに命じられ、アフタル達はティルダードの部屋を目指した。
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