上 下
123 / 153
九章

5、あどけなさ

しおりを挟む
「よかった。死んでなくて」

 塔にある牢に顔を出したのは、ティルダードだった。

 夜更けなので、辺りは寝静まっている。この牢には見張りもいない。ティルダードに護衛が一人ついているだけだ。
 おそらくは、正妃パルトの従弟いとこだという騎士団の副団長、ササンだろう。
 とうてい男には見えぬ、たおやかな姿。
 もし髪を伸ばしたら、肉のついていない女性で通用しそうだ。

 なんでこいつが副団長を務められるんだ、とシャールーズは訝しんだ。

「別に死ぬとも思ってなかっただろ」
「まぁね。でも見ものだったよ、エラ伯母さま。あなたが倒れて、すっごく慌ててたから」

 倒れた後の記憶はない。
 元の部屋ではなく、牢にぶち込まれたのは、ティルダードの命令によるものだろう。

「お前の方が、エラに依存してると思ったけどな」
「だってか弱くて力のない子どもの方が、守られるでしょ。まぁ、ワインの件は、ちょっと強引だったけどね」

 そりゃあ、飼い犬……しかも子犬が牙を剥いたら驚くよな。
 シャールーズは胡坐をかいて座り、格子の向こうのティルダードに向き合った。

「俺が死んでたら、どうするつもりだったんだ?」
「うーん、伯母さまにばれないように吐いてたから、平気だとは思ったけど。ちょっとは毒がまわっちゃった? ごめんなさい」

 上目づかいで謝られ、一瞬絶句した。
 なんなんだ、こいつ。

「いい加減にしろ!」
「え?」

 シャールーズに怒鳴りつけられて、ティルダードはびっくりしたように瞠目した。

「謝れば、何をしてもいいってもんじゃねぇだろ」
「……だって、あなたは人間じゃないし。要はただの宝石でしょ」

 なるほどな。シャールーズは納得して頷いた。

「ラウルとお前の契約が間違っていたってのが、今なら分かるぜ」
「どういうこと? ねぇ、変な雑音が聞こえるよ」

「自分で考えろ。お前はこの先、一生精霊の加護を受けることはないだろうけどな。ま、ラウルを解放してくれたことは、礼を言うぜ」

 ティルダードは、言葉を発しようと口を閉じたり開いたりしている。
 けれどやはり、ラウルの名を口にすることはできないし。そもそもラウルの名前だけが耳に入らないようだ。

 焦る王子を、背後に立つササンが憐れむように見つめている。

 宝石精霊を宝石が変化したものとしか認識できない相手に対しては、たとえ主従の契約を交わしたとしても、それは仮でしかないようだ。

「とりあえず、王家の事情は分かったぜ。あのワインには毒草が浸けこんであり、王はそれで暗殺された。お前の母親、正妃もその毒のせいで、離宮で静養してるんだろ。もちろん、犯人はエラだ」

 窓から差し込む月光が、ティルダードの足元まで伸びている。
 彼が持つ手燭の灯が風に揺らめき、顔に陰影を落とす。

「伯母さまのことが分かったのは、最近だよ。料理長が古いワインを利用しようとした時、伯母さまがすごく怒ったんだ。すぐに捨てろって」

 現在ワインは貴重なので、ビネガーとして使用できるかもしれない、火を通せば料理に使えるかもしれないと主張する料理長を、エラはその場で殺したのだそうだ。

「えぐいな」
「直接に手を下したのは、騎士団長のアズレットである」

 一礼してから、ササンが口を挟んだ。やけに古風な喋り方をする。
 女性っぽく見えたが、声の低さは男性だ。
 その現場を思い出したのか、ササンは手巾ハンカチを取りだすと口を押さえた。

「おい、大丈夫か?」
「済まぬな。我は……血に弱くてな」

 おいおい、マジかよ。よくそれで、近衛騎士団に入団できたな。っていうか、こんなので副団長まで出世できたのが不思議だ。
 シャールーズの考えを察したのか、ササンは口を押さえながらも背筋を正した。

「我が副団長にまで成り上がったのは、従姉いとこである正妃パルトの七光りである。こんな使えぬ騎士など、戦場で戦えるはずもなかろう」

 自信満々に、己が非力であると主張されてもなぁ。
 あんたの方が、俺よりも囚われのお姫さまが似合いそうだぜ。

 シャールーズは呆れるしかなかった。

 話を聞くと、ワインのことを不審に思ったティルダードは、ササンと共にこっそりとワインを盗みだし、庭に来る鳥に飲ませてみたらしい。

 鳥は体が小さいこともあるが、即死だったそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

あの方の妃選定でしたら、本気で勝ちに行きますわ

もぐすけ
恋愛
 ソフィアは代々著名な軍人を輩出するリッチモンド侯爵家の令嬢だった。  女性らしい生活に憧れるが、十六歳になっても剣のみに生きる生活を強いられていた。  そんなソフィアに、隣国の皇太子から、皇太子の妃選定に出て欲しいとの書状が舞い込む。  勝負となると徹底的に勝ちに行く一族の支援を受け、皇太子の妃になるべく特訓するソフィアは、生まれて初めて経験する淑女教育が楽しくてたまらなかったが、見たこともない皇太子の妃になることには、あまり気乗りがしなかった。  だが、ソフィアは、皇太子を見て、本気で勝ち抜くことを誓うのであった。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...