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八章
19、嘘でしょう
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信じられなかった。シャールーズにはっきりと拒絶されたことが。
アフタルは呆然と立ち尽くした。
目の前に引かれた一本の線。
アフタルはこの線の向こうへ進むことも、シャールーズはこの線のこちらへ戻ることもない。
「……嘘でしょう」
よろけたアフタルを背後から支えたのは、ラウルだった。
背中に感じる胸板の厚さが違う。抱きとめる腕の逞しさが違う。
それを考えるだけで、喉が塞がれたように苦しくなり、アフタルはラウルの腕から離れた。
「ラウル。どうしてなんですか? シャールーズはなぜわたくしを突き放すのですか」
訴えても、ラウルに驚いた様子はない。ただ平然と、ミトラの元に向かうシャールーズの背を眺めているだけだ。
「シャールーズの言う通りにした方がいいと思います」
「でも」
「これ以上の我儘を仰ると、彼の方から契約の解除を申し出る可能性があります」
そんな。
アフタルは、血の気が引くのを感じた。
契約は、約束は絶対だと信じていた。生きている限り、ずっと続くのだと。
(そんなことはないと知っているのに)
現に、ラウルとティルダードの契約は破棄されたではないか。
「わたくしの気持ちは、我儘ですか。迷惑なのですか」
シャールーズに嫌いと言われたも同然だ。
アフタルは拳を握りしめた。関節が白くなるほどに、力を込めて。
「シャールーズとミトラの決闘が始まるようです」
ラウルに促されて、アリーナの中央に目を向ける。ミトラは厳しい表情で、シャールーズと向き合っている。
「俺たちが闘うなんざ、天の女主人が見たら叱るだろうな」
「あたしは会ったことないのよ。創造主といっても、シンハにいた頃のあたしは石のままだったからね」
ミトラは腰に手を当てて、えらそうに顎を上げる。
「それもそうだな。あの南の島も天の女主人のことも、お前にとっては懐かしくはないか」
「まぁね。あんたが兄貴分っていうよりも、アフタルが妹っていう方がしっくりくるわ。あたしを石から解放してくれたのは、主であるタフミネフだし」
観客席にまで二人の声は届かないようだ。
「だから、妹を泣かせる奴は許せないのよ」
「……泣かしたいわけじゃねぇよ」
ぽつりとシャールーズは呟いた。その声は小さく、聞き取ったのはミトラだけだった。
「でも、また泣かせちまうんだろうな。あんたはアフタルと仲がいいからな」
ミトラは息を呑んだ。
つらそうに眉根を寄せるシャールーズの表情から、すべてを察したように。
「いいわよ、あたしは。中途退場は、ほんとは嫌いだけどね」
「悪ぃな」
「きっと新しい主が、あたしを目覚めさせてくれるでしょうよ」
ふっと笑うと、ミトラは通用口の方へ視線を向けた。
今見える全てを、記憶にとどめておこうとするように。
アフタルは呆然と立ち尽くした。
目の前に引かれた一本の線。
アフタルはこの線の向こうへ進むことも、シャールーズはこの線のこちらへ戻ることもない。
「……嘘でしょう」
よろけたアフタルを背後から支えたのは、ラウルだった。
背中に感じる胸板の厚さが違う。抱きとめる腕の逞しさが違う。
それを考えるだけで、喉が塞がれたように苦しくなり、アフタルはラウルの腕から離れた。
「ラウル。どうしてなんですか? シャールーズはなぜわたくしを突き放すのですか」
訴えても、ラウルに驚いた様子はない。ただ平然と、ミトラの元に向かうシャールーズの背を眺めているだけだ。
「シャールーズの言う通りにした方がいいと思います」
「でも」
「これ以上の我儘を仰ると、彼の方から契約の解除を申し出る可能性があります」
そんな。
アフタルは、血の気が引くのを感じた。
契約は、約束は絶対だと信じていた。生きている限り、ずっと続くのだと。
(そんなことはないと知っているのに)
現に、ラウルとティルダードの契約は破棄されたではないか。
「わたくしの気持ちは、我儘ですか。迷惑なのですか」
シャールーズに嫌いと言われたも同然だ。
アフタルは拳を握りしめた。関節が白くなるほどに、力を込めて。
「シャールーズとミトラの決闘が始まるようです」
ラウルに促されて、アリーナの中央に目を向ける。ミトラは厳しい表情で、シャールーズと向き合っている。
「俺たちが闘うなんざ、天の女主人が見たら叱るだろうな」
「あたしは会ったことないのよ。創造主といっても、シンハにいた頃のあたしは石のままだったからね」
ミトラは腰に手を当てて、えらそうに顎を上げる。
「それもそうだな。あの南の島も天の女主人のことも、お前にとっては懐かしくはないか」
「まぁね。あんたが兄貴分っていうよりも、アフタルが妹っていう方がしっくりくるわ。あたしを石から解放してくれたのは、主であるタフミネフだし」
観客席にまで二人の声は届かないようだ。
「だから、妹を泣かせる奴は許せないのよ」
「……泣かしたいわけじゃねぇよ」
ぽつりとシャールーズは呟いた。その声は小さく、聞き取ったのはミトラだけだった。
「でも、また泣かせちまうんだろうな。あんたはアフタルと仲がいいからな」
ミトラは息を呑んだ。
つらそうに眉根を寄せるシャールーズの表情から、すべてを察したように。
「いいわよ、あたしは。中途退場は、ほんとは嫌いだけどね」
「悪ぃな」
「きっと新しい主が、あたしを目覚めさせてくれるでしょうよ」
ふっと笑うと、ミトラは通用口の方へ視線を向けた。
今見える全てを、記憶にとどめておこうとするように。
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