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八章

15、心配無用

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 急遽、闘技場の出し物は変更された。

「お集りの皆さん。今日は特別な演目がございますよ」

 司会者が高らかに口上を述べる。

「なんと剣闘士と、か弱い淑女の決闘です。いやー、世も末ですね。たおやかな女性を、じわじわと殺していくんでしょうか」

 闘技場から、どよめきが起こる。悲鳴のように聞こえなくもないが、どうにも期待に満ちた叫びだ。

「腕をもぎ取るんでしょうか。腹をさばくんでしょうか。ああ、恐ろしい、恐ろしい」

 歓声はひときわ、大きくなる。
 短剣だけでは対抗できないからと、剣闘士がミトラに剣をさしだしている。

「やだぁ。あたしって、か弱い淑女で、たおやかな女性なんだってさ」
「黙って、体を動かさずに足を揃えて座っていらっしゃれば、淑女に見えますよ。ミトラ姉さまは」
「アフタル。あんた、あたしに死ねって言うの?」

「膝を開かずに座るだけですよ」
「あんた、恐ろしい拷問を考えるのね」

 どうしてそうなるのだろう。屈強なゲラーシーとの闘いは平然と受けるのに。ただ物静かに座っていることは、ミトラにはせないらしい。

「じゃ、後は任せて」
「頑張ってくださいね、ミトラ姉さま」
「心配無用よ」

 ひらひらと手を振って、ミトラは通用口からアリーナへと向かった。
 アフタルとラウル、ミーリャの三人は、アリーナの入り口で姉を見守る。

 砂に染み込んだ血のにおい、獣のにおいがする。
 向かい合ったミトラとゲラーシーは、すぐに剣を交えた。

「剣じゃないです。あれ、棒です」

 まさか、剣闘士の剣を断ったのか。姉さまは。

「何を考えているんですか。ミトラは」
「ど、どうしましょう。ラウル。いくら姉さまでも短剣だけで闘うなんて」

 アフタルは、ラウルの腕にしがみついた。だがラウルは、目をすがめてアリーナを見据えている。
 大声でわめきながら、ゲラーシーが飛び出した。振りかぶる剣を、ミトラはひょいひょいとかわす。
 そのたびにスカートの裾が翻り、まるで踊っているかのようだ。

「女だからと手加減はしねぇぞ」
「それはどうも」

 身軽なミトラに比べ、体の重いゲラーシーの動きは遅い。だが腕力では敵わないだろう。
 ゲラーシーの剣を、ミトラは釘つき棒で受けた。

「無理よ。あんなのじゃ」

 ミーリャが引きつった声を上げる。
 みしり、と木の裂ける音。次の瞬間、棒は砕け散った。

「あらま。新作なのに」

 掌が痛むのか、ミトラは手をぶらぶらと振っている。

「あのさー、釘を一本一本打っていくのって、結構大変なのよ。密度とか場所とか深さとか」

 軽口を叩いているけれど、ミトラの緑の目は真剣だ。

「姉さま!」

 アフタルは叫んだ。通用口に置いてあった剣を取り、アリーナに出ていこうとする。武器さえあれば、ミトラが負けるはずはない。

(でも、本当に?)

 アフタルの母の遺志だから、ミトラは自分のことを守ってくれているけれど。精霊の糧は、主の想いだとシャールーズは言っていた。

「ミトラ姉さま……」

 双子神ディオスクリの短剣を取りだしたミトラは、鞘を抜いた。
 その透きとおった柄が、仄明るく光る。
 にやっとミトラが笑みを浮かべた。
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