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八章

1、置いていかれて

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 その日は早朝から、霧雨が降っていた。
 細かな雨は、屋根や木の葉に当たっても音を立てることがない。

 廊下から聞こえる話し声に、アフタルは目を覚ました。
 辺りはまだ薄暗い。
 これまでは隣にシャールーズが眠っていたのに。結局、彼は自室を使っている。

(もちろん、使用するための部屋ですし。一人で眠るのが当たり前なんですけど)

 なのに、どうしてこんなにもベッドを広く感じるのだろう。
 机の上に置いた木箱を見やると、昨日の鳩が眠っていた。すぐに傷も癒えるだろう。
 
 最近アフタルは、ベッドの真ん中ではなく少し端に寄って眠る癖がついてしまった。
 彼と一緒に眠っていた頃を、懐かしく思うなんておかしいけれど。

 近づいたかと思うと、また離れてしまう。
 最近のシャールーズは、何を考えているのか分からない。

「気をつけて」

 雨の音が大きければ、声もかき消されたかもしれないのに。
 夜が明けたばかりの、まだすべてが寝静まっている時間では、押し殺したような小さな会話でも、耳についてしまう。

「……あとのことは頼む」
「殿下のことをよろしくお願いします」
「ああ、参るよな。お互い、本来守らなければならない相手と離れちまうんだからな」
「確かに」

 囁くように会話している声は、シャールーズとラウルだ。
 アフタルは慌ててベッドから飛び起きた。夜着の上からガウンを羽織り、扉を開く。
 廊下に向かい合って立つ二人が、驚いたようにアフタルを見据えた。

「シャールーズ? その姿は」

 剣を持ち、肩から荷物を提げた様子は、まるで今から旅立つようだ。
 それも、遠くへ。

「ちょっと出かけてくる。ラウルに迷惑かけるなよ。間違っても昨日みたいに屋根に上がるんじゃないぞ」
「どこへ?」
「まぁ、散歩みたいなもんだ」
 
「待ってください。わたくしも参ります」

 一人で行かせてはいけない。そう直感した。シャールーズは明らかに嘘をついている。

「来るな!」

 激しい拒絶の言葉。アフタルの伸ばしかけた手が、宙で止まった。

「いやです。一緒に行きます」

 勇気をふりしぼり、足を進める。すると、シャールーズに睨まれた。
 その鋭い瞳に射すくめられて、動くこともできない。

「ラウル。アフタルに邪魔させるな」
「はい」

 シャールーズに命じられて、ラウルは空間を撫でるように手を動かした。刹那、辺りが冷ややかな蒼に閉ざされた。
 気づけば、アフタルは閉じ込められていた。シャールーズと契約を結んだ時と同じ、これは石の中だ。

「出してください!」

 拳で蒼い壁を叩くが、びくともしない。
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