99 / 153
八章
1、置いていかれて
しおりを挟む
その日は早朝から、霧雨が降っていた。
細かな雨は、屋根や木の葉に当たっても音を立てることがない。
廊下から聞こえる話し声に、アフタルは目を覚ました。
辺りはまだ薄暗い。
これまでは隣にシャールーズが眠っていたのに。結局、彼は自室を使っている。
(もちろん、使用するための部屋ですし。一人で眠るのが当たり前なんですけど)
なのに、どうしてこんなにもベッドを広く感じるのだろう。
机の上に置いた木箱を見やると、昨日の鳩が眠っていた。すぐに傷も癒えるだろう。
最近アフタルは、ベッドの真ん中ではなく少し端に寄って眠る癖がついてしまった。
彼と一緒に眠っていた頃を、懐かしく思うなんておかしいけれど。
近づいたかと思うと、また離れてしまう。
最近のシャールーズは、何を考えているのか分からない。
「気をつけて」
雨の音が大きければ、声もかき消されたかもしれないのに。
夜が明けたばかりの、まだすべてが寝静まっている時間では、押し殺したような小さな会話でも、耳についてしまう。
「……あとのことは頼む」
「殿下のことをよろしくお願いします」
「ああ、参るよな。お互い、本来守らなければならない相手と離れちまうんだからな」
「確かに」
囁くように会話している声は、シャールーズとラウルだ。
アフタルは慌ててベッドから飛び起きた。夜着の上からガウンを羽織り、扉を開く。
廊下に向かい合って立つ二人が、驚いたようにアフタルを見据えた。
「シャールーズ? その姿は」
剣を持ち、肩から荷物を提げた様子は、まるで今から旅立つようだ。
それも、遠くへ。
「ちょっと出かけてくる。ラウルに迷惑かけるなよ。間違っても昨日みたいに屋根に上がるんじゃないぞ」
「どこへ?」
「まぁ、散歩みたいなもんだ」
「待ってください。わたくしも参ります」
一人で行かせてはいけない。そう直感した。シャールーズは明らかに嘘をついている。
「来るな!」
激しい拒絶の言葉。アフタルの伸ばしかけた手が、宙で止まった。
「いやです。一緒に行きます」
勇気をふりしぼり、足を進める。すると、シャールーズに睨まれた。
その鋭い瞳に射すくめられて、動くこともできない。
「ラウル。アフタルに邪魔させるな」
「はい」
シャールーズに命じられて、ラウルは空間を撫でるように手を動かした。刹那、辺りが冷ややかな蒼に閉ざされた。
気づけば、アフタルは閉じ込められていた。シャールーズと契約を結んだ時と同じ、これは石の中だ。
「出してください!」
拳で蒼い壁を叩くが、びくともしない。
細かな雨は、屋根や木の葉に当たっても音を立てることがない。
廊下から聞こえる話し声に、アフタルは目を覚ました。
辺りはまだ薄暗い。
これまでは隣にシャールーズが眠っていたのに。結局、彼は自室を使っている。
(もちろん、使用するための部屋ですし。一人で眠るのが当たり前なんですけど)
なのに、どうしてこんなにもベッドを広く感じるのだろう。
机の上に置いた木箱を見やると、昨日の鳩が眠っていた。すぐに傷も癒えるだろう。
最近アフタルは、ベッドの真ん中ではなく少し端に寄って眠る癖がついてしまった。
彼と一緒に眠っていた頃を、懐かしく思うなんておかしいけれど。
近づいたかと思うと、また離れてしまう。
最近のシャールーズは、何を考えているのか分からない。
「気をつけて」
雨の音が大きければ、声もかき消されたかもしれないのに。
夜が明けたばかりの、まだすべてが寝静まっている時間では、押し殺したような小さな会話でも、耳についてしまう。
「……あとのことは頼む」
「殿下のことをよろしくお願いします」
「ああ、参るよな。お互い、本来守らなければならない相手と離れちまうんだからな」
「確かに」
囁くように会話している声は、シャールーズとラウルだ。
アフタルは慌ててベッドから飛び起きた。夜着の上からガウンを羽織り、扉を開く。
廊下に向かい合って立つ二人が、驚いたようにアフタルを見据えた。
「シャールーズ? その姿は」
剣を持ち、肩から荷物を提げた様子は、まるで今から旅立つようだ。
それも、遠くへ。
「ちょっと出かけてくる。ラウルに迷惑かけるなよ。間違っても昨日みたいに屋根に上がるんじゃないぞ」
「どこへ?」
「まぁ、散歩みたいなもんだ」
「待ってください。わたくしも参ります」
一人で行かせてはいけない。そう直感した。シャールーズは明らかに嘘をついている。
「来るな!」
激しい拒絶の言葉。アフタルの伸ばしかけた手が、宙で止まった。
「いやです。一緒に行きます」
勇気をふりしぼり、足を進める。すると、シャールーズに睨まれた。
その鋭い瞳に射すくめられて、動くこともできない。
「ラウル。アフタルに邪魔させるな」
「はい」
シャールーズに命じられて、ラウルは空間を撫でるように手を動かした。刹那、辺りが冷ややかな蒼に閉ざされた。
気づけば、アフタルは閉じ込められていた。シャールーズと契約を結んだ時と同じ、これは石の中だ。
「出してください!」
拳で蒼い壁を叩くが、びくともしない。
0
お気に入りに追加
488
あなたにおすすめの小説
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
待ち遠しかった卒業パーティー
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。
しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。
それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる