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七章

15、つまらない

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 シャールーズは、自室のベッドにごろりと横になっていた。
 一人の部屋は静かすぎて、窓を閉めていても鳥のさえずりや湖の波音が耳につく。

「つまんねぇ」

 ぽつりと呟いた自分の言葉ですら、やたらと大きく聞こえてしまう。

 瞼を閉じると、アフタルとラウルの契約の場面が何度も繰り返し浮かんでくる。
 ラウルが、アフタルの手をひたいに触れさせた時、もう少しで「俺のアフタルに触れるな」と叫び出しそうになった。
 それを堪えるので、精一杯だったなんて。どれだけ心が狭いんだ。

 アフタルは大事だ。たった一人の、誰にも代えることのできない唯一の人。

 ラウルのことも、まぁ大事だ。
 本人にはあまり言いたくはないけれど。

(俺の中では、あいつはまだ後追いばかりする生意気で泣き虫のガキなんだよな)

 そんな大切な二人が、互いに契約を結び、さらに後のことを任せられるのだから。こんなに幸いなことはない。

(なのに、なんでため息が出ちまうんだよ)

 考えるのは性に合わない。
 シャールーズはベッドから降りると、王都へ向かう用意を始めた。
 とはいえ、持って行く物は多くない。双子神ディオスクリの長剣と正妃から持たされた金貨や銀貨、着替えくらいだ。

 ガタッ、という音が上の方から聞こえた。
 何だろうと思いつつ窓を開くと、あろうことか隣の部屋のアフタルがベランダの手すりに足をかけているではないか。

「あと、もう少し……」

 両手を屋根にかけ、背伸びした状態で足はふるふると小刻みに震えている。

「待っていてくださいね」
(おいおい、屋根に上るつもりかよ。っていうか、誰に話しかけてんだ?)

 いつもならすぐに飛び出して、助けるところだが。これから先、しばらく自分は離宮を不在にするのだ。

(ああ、もう早く来いよ、ラウル。これからはお前がアフタルを支えるってのによ)

 なんとかアフタルは屋根によじ登った。
 王女が何やってんだ、と呆れながらも見守ることしかできない。

 ベランダの手すりから身を乗りだして眺めると、どうやら屋根の上で何かを拾っているらしい。
 大事そうにそっと両手で包みこみ「もう大丈夫ですよ」と声をかけている。
 屋根から降りられなくなった猫でも助けたのだろうか。

(だが「大丈夫」って、そこからどうやって降りるつもりだよ)

 案じた通り、アフタルは屋根から下を見て怖気づいたように固まってしまった。
 立つこともできないようで、座りこんだままだ。

「シャ……」

 呼びかけてやめたその名は、シャールーズのものだった。
 不思議だ。ラウルと契約を結んだばかりとはいえ、真っ先に頼ってくれるのは自分なのだと、うぬぼれてしまう。
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